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原稿用紙と下手な芝居

1人で考え事をする時、私の頭の中には原稿用紙が登場する。原稿用紙の枡を埋める様にして一枡ずつ、一枡ずつ、丁寧に自分の気持ちや考えを書き込んでいくことにより、気持ちが落ち着き、ゆっくりと考えをまとめることができるのだ。

実は、この原稿用紙は頭の中を整理するという役割だけではなく、カンニングペーパーとしての役割も担っている。(画期的!)

私は即興で人と話をすることに対して苦手意識を持っている。しかし、そもそも会話とは即興劇のようなものなので、日常生活はアドリブで溢れている。その為、私はアドリブを防ぐ対策として事前に原稿用紙を書き上げ、それらをカンニングペーパーとして常に頭の中に入れておくという策をとっているのだ。特に高校生時代にはカンニングが酷く、友人と遊びに行く前日にその子専用の原稿を書き上げそれを一通りシュミレーションしてから遊びに出かけるという徹底したカンニングぶりを見せていた。今思えばこの上なくアホな話である。今は流石にそれほど酷いカンニングを行なっているわけでは無いが、ある程度会話の内容が想定できる場面があれば事前に原稿用紙を書き、そのページを捲る様にして原稿用紙に書いた内容を音読するかのように会話をしてしまう(それはもはや会話と呼べないのかもしれない)。こんなことを無意識に毎日やっているので、ふとした時に自分はいつ舞台裏に捌けることが出来るのだろうかと酷く虚しい気持ちになる。みんなは客席から紅茶を片手に気軽に私に話しかけてくれているのに、私だけはいつまでもステージに立ち続け、カンニングをしながら下手な一人芝居を打っているのである。

しかし、最近は私の頭の中に原稿用紙があまり出てこなくなった。これは嬉しいことであると同時に恐ろしいことでもある。なぜなら、原稿用紙が出てこなくなるという事は私の卒業公演が近いことを意味しているからだ。1月に誕生日が来れば私は21歳になる(記憶が正しければ)。21歳にもなって、カンニングペーパー無しに人と話をするのが不安だというのは、如何なものかと思う。いや、21歳などという年齢は関係なくて、そもそも人間として、人と共に生きるということが全く出来ていないことが如何なものか、というのが正しいだろう。そう思うと、一刻でも早く卒業公演を終え、舞台を降り、カンニングペーパーを燃やしたい衝動に駆られてきた。

と、書いたところで、なんとなくキリがよくなってしまったので、特にオチもないまま、卒業公演のお知らせと共にこの文章を締めることとする。

















かりんこ卒業公演のお知らせ

日頃よりかりんこへのご声援、誠にありがとうございます。本日のnoteにてかりんこ本人からも報告があった通り、かりんこは2023/12/31をもってカンニング一人芝居を卒業することとなりました。

かりんこは中学生の頃からカンニング一人芝居の活動に取り組んでおり、それが悪いことだと分かりながらも、それでも人間と交流をしたい一心で誠心誠意活動に励んで参りました。しかし、カンニング一人芝居は年々熱を帯びる一方であり、このまま一人芝居を続けると人間としての大切なものを失ってしまうのではないかと言われている状況です。そのため、本人と運営側で何度も話し合いを重ね、この度かりんこは舞台を卒業して、人間の活動に専念するという決断に至りました。

急なご報告となり申し訳ございません。彼女の今後の活動については現段階では未定です。運営側としましては、舞台から降りて人間的な生活を送って欲しいと考えております。今後彼女が舞台に立つことはないとは思いますが、彼女がいつでも戻ってこれるように本事務所との契約は解除せず、本人の活動をを見守ろうという所存です。

卒業までに残された時間は短いですが、いつも応援してくださる皆様への感謝を伝えられるよう運営一丸となって活動してまいりますので、引き続きかりんこの応援をよろしくお願い致します。

2023/11/23
かりんこのスタッフ一同

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