ビジネス・エシックスにおける二つのアプローチ

ビジネス・エシックスは一つの学問領域としてとらえることができる。この学問領域は倫理という人文科学領域の研究者と経営学という社会科学領域の研究者が研究を進めている。この意味で、ビジネス・エシックスは学際的な側面を持ち、学習する上ではこの二つの科学的観点から物事を考えることが重要となる。人文科学領域としてのビジネス・エシックスは、哲学や倫理学といった学問的背景を持つ人々によって研究がなされている。こうした人々が取る代表的なアプローチは、規範的アプローチである (Trevino and Weaver 1994)。規範的アプローチは評価という点を重視する。具体的には「どうすべきか」という問いへの解答を重視するのが規範的アプローチである。例えば、企業はどのような存在であるべきか、企業や他の組織体と社会との関係はどのようにあるべきか、といったことを分析・評価することがあげられる。また、理想と現実とのギャップを分析することで、理想に近づくことを求めるのも規範的アプローチにみられる考え方である。この意味で、規範的アプローチでは分析・評価するための基準となる規則や規範の役割を重視する。功利主義 (Bentham 1789/1907) や義務論 (Kant 1785/2009)、正義論 (Rawls 1971) などがこの規則や規範の代表例である。

もう一つのアプローチは記述的アプローチである。この記述的アプローチは現象を描写・説明・予測することに焦点を当てる (Trevino and Weaver 1994)。つまり、組織自体の行動や組織に所属する人々の行動を引き起こす原因は何か、行動の結果、どのようなことが起こり得るのかを説明・予測するのが記述的アプローチである。この意味で、記述的アプローチは「どうすべきか」ではなく、「どうなっているのか」という問いへの解答を重視する。例えば、組織のリーダーの道徳に関する意識の高さと組織における不正の発生確率の関係はどのようになっているのか、といったことを探求するのが記述的アプローチである。それゆえ、記述的アプローチをとる研究者は社会学や心理学と言った社会科学の学問的背景を持っている。また、現実にある現象を分析するという側面から、記述的アプローチは規範的アプローチよりもより具体的な側面を持っている。そして、様々な統計手法という帰納的方法によって現象の一般化を試みるのが記述的アプローチと言える。

この二つのアプローチを統合的にとらえるためには、規範的アプローチに基づく手法と記述的アプローチに基づく手法を理解する必要がある (Weaver and Trevino 1994)。すなわち、ビジネス・エシックスを学習する者は、現象を理解する場合に規範的な思考に基づいているのか、それとも記述的に事象を説明・予測しようとしているのか、常に意識している必要がある。さもなければ、事実と当為の混同、すなわち、ある事実関係から「そうすべきである」、という規範を導こうとしてしまうであろう。例えば、身の回りに銃火器があれば、自分の嫌いな人物を殺すことができる、という事実があるとする。事実関係から規範を導く、ということを乱暴に言えば、身の回りに銃火器があれば、自分の嫌いな人物を殺すべき、という規範を導いてしまうことを意味する。もちろん、このような論法は受け入れがたいことは明白である。しかしながら、ビジネス・エシックスの領域ではこうした混同をしてしまう人や研究者が少なくない。一般的に良くみられる混同は、社会的に良いことをすれば企業にとっての長期的な利益につながる、という事実から、企業は長期的な利益につながるのだから社会的に良いことをすべき、という当為を導いてしまうことである。しかし、ビジネス・エシックスを学ぶ上では、こうした当為(すべき)という根拠がどのような規範的理論に基づいているのかを考慮する必要があると言える。

References

Bentham, J. (1789/1907). An introduction to the principles of morals and legislation. Oxford: Clarendon Press.
Kant, I. (1785/2009). Groundwork of the metaphysic of morals (H. J. Paton, Trans., Harper Perennial Modern Thought ed., Harper Perennial Modern Thought). New York: Harper Collins Publishers.
Rawls, J. (1971). A theory of justice. Cambridge, Mass.: Belknap Press of Harvard University Press.
Trevino, L. K., and Weaver, G. R. (1994). Business ETHICS/BUSINESS ethics: One field or two? Business Ethics Quarterly, 4(2), 113-128.
Weaver, G. R., and Trevino, L. K. (1994). Normative and empirical business ethics: Separation, marriage of convenience, or marriage of necessity? Business Ethics Quarterly, 4(2), 129-143.


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