ひまわり
皆さん「ひまわり」という映画はご存知だろうか。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ主演の、戦争によって引き裂かれた夫婦の話だ。この作品には若い皆さんにはピンとこないであろう、戦争の爪痕、義理人情、仁義がある。水曜日、昭和歌謡の懐かし曲をSpotifyで聞いていたら、ひまわりの主題歌が聞こえてきたのだ。もう観てから何十年もたっているのに、涙が滝のように流れた。これは私が今語りたい戦争、義理人情、仁義全てが入っていることに気づいた。恋愛映画のように思われているが、実は反戦映画だ。
この話に入る前に、戦争を知らないことが日本人の現在の残虐の原因になっていたと紹介したが、まずなぜ第二次世界大戦に日本が参戦したかと検索するとそこだけしか出ない。今は何でも検索で済ますが、それでは意味がないのだ。歴史は脈のように続いている。機会があったら世界史に詳しい人に聞いてみると良いが、解釈が日本側だし、個人の考え方もある。私が近所の大卒のおじさんに聞いた解釈では、まず西洋列強のアジア諸国植民地化の動きを制するためと教えてもらった。解釈たくさんあるといっても、学校で学ぶとしたら、現実に日本がしたことを年表にして、なぜこんなことしたか、しなかったらどうなっていたかを、みんなで考えながら勉強するのもとてもいいと思う。昔の日本「社会」はサムライと農民と職人と商人で構成されていた。それまで日本を植民地にされないようサムライたちは鎖国をしていたが、いざ開国すると、職人が作った工芸品を商人が輸出したり、また輸入したり、外国語を学んだり、日本を守るためサムライは本気になり、留学しイギリスやフランスで軍隊の作り方を学び、経済、工業を学び、そうやって西洋を尊敬しながら、お互いに工芸品美術品の素晴らしさを体験しながら、一緒に仲良くしていけば良かったが、サムライには我慢できないことが起こった。いわゆる国捕り合戦が世界で起きていたのだ。そしてイギリスが手を伸ばしていた中国に危機感を感じた日中戦争(あくまでも日本側からの考えなので、中国の方すみません)でそれまで友好関係であったイギリスやフランスと関係悪化、日独伊三国同盟を経て、世界大戦に至った。そう、それまで日本は軍人のプロ、サムライが国を制していた。しかし明治になり、現人神(あらひとがみ)である天皇を国の象徴として国作りをはじめた。それが私の好きな明治の時代だ。武士が戦争をしなくなった。聡明な明治天皇。日本の形。そして昭和になり、226事件が起こり次第に軍人が国を掌握し始める。天皇は226事件を許さなかった。しかし軍人からさえも反対意見が出たアメリカへの戦線布告へ時代が導き、戦争が起きた。
さて、「ひまわり」である。この作品はイタリア、フランス、ソビエト連邦、アメリカの合作映画だ。ソビエト連邦には初めて外国のカメラが入った。合作であることが素晴らしい。
最初はテレビで小学生の時に見た。昔テレビで名画をやっていた良い時代だ。マルチェロ・マストロヤンニが実にイタリアーノで女好きでヤラシイ男に映り、ソフィア・ローレンのキリリとした美しさが刺さり、あんな情けない男はさっさと忘れて、キレイなんだから、早くいい人見つけたらいいんだと悲しいより腹が立った映画だった。そのつぎに見たのは思春期の真っ只中。今度はソフィア・ローレンの女ごころを引きちぎられるような哀しみに、止めどなく涙が流れた。戦争があんなに愛し合っていた二人を引き裂いてしまった。彼は戦争なんて行きたくなかったのに、彼女は戦争には行かせたくなかったのに。
次に20代に見た時は二人のアツアツぶりの表現のストレートさと、戦争に行きたくなくて、離れたくなくてその方法を考える彼らに新鮮な発見をした。日本の戦争作品はみな戦争に行くのが当たり前に描かれ、行きたくない意志を示せば、情けない男、非国民と蔑まれ、恐らく命を取られていたであろう。そして、幼い頃はひまわり畑の意味がわからなかったが、あの死体が埋まっている咲き誇る広大なひまわり畑がソフィア・ローレンの彼を吹っ切る気持ちの後押しをしたんだなと映像とその挿入歌の哀しみが相まって息ができないくらい泣いた。
イタリアから戦争に行った夫が帰って来ず、諦めきれなくて、ロシアまで夫を探しに行き、やっと探し当てた夫はロシアの捕虜収容所で死にかけたところを助けてくれた命の恩人の女性と子どもを作り、幸せに暮らしていた。ソフィア・ローレンはキリリとそのままきびすを返してイタリアに帰って行った。その後マルチェロ・マストロヤンニはイタリアにソフィア・ローレンを探して、会いに来る。彼女はしかし、キッパリ彼を追い返す。ロシアには彼の子どもがいて、彼女が見たロシアの見渡す限りのひまわり畑の下にはその時に死んだ人たちが埋まっている。以前のような幸せはもう戻ってこないのだと悟る。
戦争、彼とロシア女性、子どもに対する義理人情、イタリア女としての心意気、仁義。
たくさんの人が埋まっているひまわり畑を見たあとの彼女のあきらめたような変化。そこにあの有名な曲である。心がどんなに愛であふれていても、あらわせないむなしさ、哀しみを背負って生きて行かなければならない二人の男女。
反戦映画の傑作で、人とは戦争とはこうなのだとあきらめと哀しみが胸を満たす。