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2020-2021 R&B Talk : 林 剛×Yacheemi

R&Bは常に進化し続け、いつの時代も新しく刺激的な作品を届けてくれる。ステイホームを余儀なくされた2020年(2021年が始まった現在も)は、自宅で音楽に接する時間が増え、R&Bをよく聴いたという声が例年以上に多かった。一方で、聴いてはみたが、2010年代以降のR&Bがどういう状況になっているか、よくわからない…という声もあった。個人的にはウェブ・メディアで2020年のベスト・アルバムを選んだりもしたが、シーン全体の総括はしておらず、2020年のR&Bがどんなものだったか、また、2021年に向かってどう進んでいるか、自分用にまとめておきたいと思った。そんなわけで、放置状態だった拙ブログ(2022年1月にnoteへ移行)にて、2020年の大晦日にZoomで行ったR&Bファンどうしによる趣味全開のトークを一方的にお届けする。

対談のお相手は、ダンサー/DJとして活動するYacheemi(ヤチーミ)さん。ヒップホップ・グループ、餓鬼レンジャーのマスコット的存在であるタコ神様としても会場を熱狂させている鬼才で、R&Bを中心に、ヒップホップやレゲエなどを嗜む彼は、時に筆も握る。字数制限がない個人ブログなので、約3時間にわたってお喋りしたものを、ここではほぼそのままテキスト化した。なお、最後には2020年の個人ベストR&Bアルバム20を発表、ベストR&Bシングル30曲のプレイリストも公開している。聴きながらお読みいただけると嬉しい。(構成:林 剛)

Yacheemi https://twitter.com/yacheemi
林 剛 https://twitter.com/hystys

■2020年の気分

林剛(以下H):Yacheemiさんには、何度かイヴェントでDJをやってもらったりしていましたが、初めてお会いしたのがニューオーリンズ、Essence Festivalの時なんですよね。
Yacheemi(以下Y):そうですね。僕が初めてニューオーリンズに行ったのが2009年、20歳の時でした。雑誌『bmr』に掲載されていたEssence Fest.のリポートを読んで、こんな楽園みたいなフェスがあるのか!と思い、何の予備知識もないまま渡米。まさにR&Bファンにとってのパラダイスで大きな衝撃を受けました。それからEssecne Fest.には4回行っていますが、2回目の2015年に初めて林さんとお会いしました。
H:共通の友人による遠隔操作で現地合流しましたね。2019年は成田から一緒に行きましたが、『ESSENCE』誌の創刊50周年でもあった2020年は例のウィルスの影響で中止になってしまい…。結局オンライン・フェスとして配信されたわけですが、既に発表されていた(中止になった)ラインナップには、ジャネット・ジャクソンやパティ・ラベルのようなヴェテラン、初出演のブルーノ・マーズ、小会場のラウンジにはアリ・レノックスやキアナ・レデイ、SiR、Dスモークなどの名前があって、特にラウンジの出演者はこれぞ2020年!といった感じで期待も大きかった。現地開催の中止は残念でしたが、とはいえ、フェスに行かなくても音楽そのものは十分楽しかった2020年ではありました。

幻に終わったEssence Fest.2020の出演予定者

Y:今年のキーワードのひとつとして大きく感じたのは“癒し”でした。混乱した社会での精神的な癒しもそうだし、R&Bに関して言うと、アメリカで黒人として生きることへの不安を和らげるための癒しだったりと、少しでもネガティヴな状況を打開するような音楽が必要とされていた気がします。
H:それは例えば、ジェネイ・アイコ『Chilombo』のサウンド面におけるヒーリング感だったり、ティヤーナ・テイラーが“Still”で、アメリカで黒人として生きることとは?と問いかけたそういう歌のこと?
Y:まさにですね。ジェネイ・アイコの場合はサウンドにシンギング・ボウル(orクリスタル・ボウル。ネパール仏教やチベット密教にて使われてきた法具)が使われて瞑想的な一面もあったり、アリシア・キーズ『ALICIA』も2020年の日常に寄り添って作られた力強い作品だった。気持ちを上げてくれるような作品という意味では、パーティ・ソングも充実していましたね。
H:ポップ・フィールドでもジェシー・ウェアやカイリー・ミノーグらが直球なディスコ・アルバムを出してきたりする中、ドージャ・キャットの“Say So”とか、ヴィクトリア・モネイとカリードの“Experience”みたいなダンス・ナンバーが注目を集めた。密なダンス・フロアでは踊れないけど、脳内でミラーボールを回してくれるような、自宅でも気分を上げてくれる曲は確かに多かったかもしれない。
Y:踊りがもたらす効果も結果的には癒しなのかな、と。あとはSNSを中心に若い世代でよく使われるVibeやMoodといった、抽象的な心地よさを重視した楽曲も増えた印象。いわゆるR&B/ゴスペル的なスキルフルさはなくても、耳心地のよいMoodyなヴォーカルを携えた新人アーティストが顕著に見られました。
H:加えて、ここ数年の女性アーティストの活躍、ウーマン・パワーが炸裂した年という印象もあったかも。2010年前後に再スタートを切ったジェネイ・アイコ、あと、ケラーニあたりが土壌を作って、3年くらい前にエラ・メイやH.E.R.がブレイクしてっていう流れで女性シンガーの勢いが増してきたこともあるけど、アリシア・キーズやアリアナ・グランデみたいなポップ・アイコンと呼べる人がフェミニズムの先頭に立って、それがR&Bシーン全体に及んでいるというのが、2020年は特に強く感じられた。2000年前後のデスティニーズ・チャイルドやTLCなんかのダメ男叩きの曲とは違った、より思慮深さが感じられるというか、人種や性も含めた、より幅広い層にアピールする曲が増えている。それだけに、ティヤーナ・テイラーが第63回グラミー賞の〈最優秀R&Bアルバム部門〉にノミネートされたのが男性ばかりだったことに対して、「これじゃ〈最優秀“男性アルバム”部門〉でしょ…」と不満をぶちまけた気持ちもよくわかる。

■サンプリング、オマージュから見る近年のR&B

H:2020年に始まったことではないけど、R&Bの曲で使われるサンプリング・ソースやオマージュの対象がガラッと変わった。90~00年代のR&Bは70〜80年代のソウルやファンクのネタが目立っていたのが、2010年代以降になると90〜00年代前半のR&Bやヒップホップを使う曲が増えてきて、特にここ数年はその傾向が一段と強くなった。歌い手や作り手の世代が切り替わったんですね。
Y:そうですね。特に2020年は、アルバムに必ず1曲は90〜00年代前半のネタ使いがあるんじゃないかと思うくらい頻用されました。
H:例えば、エムトゥーメイの“Juicy Fruit”(83年)は昔から定番中の定番ネタで、2020年にリリースされた曲では、キアナ・レデイfeat.マネーバッグ・ヨー&ビア“Labels”、エイドリアン・マーセル“NoWhere”、V.ボーズマン“Juicy”、Ne-Yo feat.ジェレマイ“U 2 Luv“などと続いて、つい最近もレイトン・グリーンの“Chosen One”で使われていた。おそらく、これも“エムトゥーメイの曲”として使ったというより、“Juicy Fruit“を引用したビギー(ノトーリアスBIG)の“Juicy”(94年)などを経由してのネタ使いなのでしょうね。
Y:(ビギーの“Juicy”経由で)“Juicy Fruit”をサンプリングしたキーシャ・コールfeat.ミッシー・エリオット&リル・キムの“Let It Go”だったりもするのかも。あと、2020年はザップの“Computer Love”(85年)…ここにきて何でこんなに被るんだというくらい使われている。
H:これも以前から使われていた超定番ネタだけど、2020年は続きましたね。チャーリー・ウィルソンfeat.スモーキー・ロビンソン“All Of My Love”のトークボックスでザップ/ロジャーを匂わせているのは直球でザップ/ロジャーへのオマージュだと思うんだけど、若手シンガーの場合は2パックとかを経由しての引用のはず。例えばクイーン・ナイジャが新作『missunderstood』の収録曲でメイズの“Happy Feelin’s”とかデバージの“A Dream”を引用していたけど、あれはきっと両曲を使っていた2パックへのオマージュ。“サグライフ”への共感みたいなところもあるのかもしれない。それらの曲を使うというアイディアはナイジャ本人ではなく、プロデューサーなのだろうけど。

Y:聴く世代によって思い起こす曲が30年以上違うこともありますよね。サンプリングのサンプリングじゃないけど、ワンクッションあることで新しい楽しさもある。ヒップホップ界隈でいうとヤング・バーグことヒットメイカのプロデュース作はR&Bファンのツボをついてくる曲も多かった。O.T.ジェナシスの“Back To You”(ボンゴ・バイ・ザ・ウェイとの共同プロデュース)ではギャップ・バンドの“Outstanding”(82年)をサンプリングして、本家のチャーリー・ウィルソンをクリス・ブラウンと共に迎えて歌わせたり。それこそ2000年代初期のジャ・ルールとアシャンティのような、ヒップホップとR&Bが元気に交わってる空気感がありましたね。
H:そういう元気な感じは、確かに2000年代ぽい。共演ではないけど、ジョニー・ギルの“My My My”(90年)を速回しで引用したリル・モジーの“Blueberry Faygo”も2000年代感ありましたね。
Y:あと今年カーディ・Bとの“WAP”で大躍進したミーガン・ジー・スタリオンの『Good News』も、ミシェレイ“Something In My Heart”やアディーナ・ハワード“Freak Like Me”などR&B曲の引用が多かった。
H:確かに。クイーン・ナイジャの話に戻すと、“Pack Lite”がそうだけど、エリカ・バドゥの曲を引用したオマージュも目立った。タイ・ダラー・サインの“Tyrone 2021”とか。存在自体がエリカへのオマージュみたいなアリ・レノックスもいますけど、80~90年代生まれの世代にとってはエリカの存在は大きい。
Y:サンプリングとして引用している部分が、歌詞の内容も引き継いでいるのが面白いですね。タイ・ダラー・サインの“Tyrone 2021”も、エリカの“Tyrone”への男性側からのアンサーになっていたりとか、クイーン・ナイジャの“Pack Lite”もエリカの“Bag Lady”のフレーズを男性に向けて使ったりと、サウンド面だけじゃなくてリリックでも強烈な影響を与えているんだなというのは再確認しました。
H:ティヤーナ・テイラーの“Lowkey”はエリカの“Next Lifetime”を引用した上にエリカ本人も招いて、“現世では恋人になれない関係だから来世で恋をしましょう”みたいな歌にしていた。それにエリカ本人も、ステイホーム期間にわりと早い段階でライヴ配信をしたり、バトル配信シリーズのVerzuzでジル・スコットと組んだり、自分のアルバムは出さなかったけど、露出が多かった。そういえば、エリカのバック・ヴォーカルをやっているデュランド・バーナーが強力な新作『Dur&』を出しましたね。ここでもアリ・レノックスと共演した“Stuck”がザップの“Computer Love”使いでしたが。
Y:デュランドは、やっと世に名前が知れ渡ってきた、という感じですよね。アクロバティックかつフェミニンなヴォーカルはラサーン・パターソンにも近いかな。彼の楽曲しか聴いたことのない人は、普段のハイテンションなキャラクターを知ったらびっくりするかも。人柄も含めてクセになる存在です。

H:エリカの繋がりで言うと、エリカやロイ・ハーグローヴの出身校として有名なダラスのブッカー・T.ワシントン高校舞台芸術校に通っていたLiv.e(リヴ)が個人的には気になる存在で。2020年に出した『Couldn’t Wait To Tell You…』はジョージア・アン・マルドロウやエンダンビみたいなプログレッシヴでローファイな質感のネオ・ソウル〜オーガニック・ソウル・アルバムで、気に入ってアナログも買った。この人、RC&ザ・グリッツやコリー・ヘンリーのザ・ファンク・アポストルズのメンバー、タロン・ロケットの妹(or姉)なんですよね。個人的にメチャクチャ注目しています。

Y:ネオ・ソウルといえば、パリ生まれでNY育ちのアデュリーンのEP『Intérimes』もエイドリアナ・エヴァンスみたいでお気に入りでした。あとはアッシャーも2019年あたりから活動的で、ここにきて若々しさを取り戻していますよね。エラ・メイを迎えた“Don’t Waste My Time”などのシングルもありましたが、サンプリングでは2019年にサマー・ウォーカーと共演した“Come Thru”で“You Make Me Wanna…”(97年)が使われていたり、2020年もdvsn feat.スノー・アレグラの“Between Us”で“Nice & Slow”(97年)が使われていたりとか。あと、自分の曲では“Bad Habits”が、それこそザップの“Computer Love”使いだった。
H:今や、アッシャーの90年代ヒットをR&Bクラシックとして親しんできた世代が主流なんですね。アッシャー自身は、ゼイトーヴェンと組んだ2018年のEP『“A“』から、改めて現行シーンに乗り込んできた感があります。対して、90〜00年代にR&Bのキングとして君臨したR.ケリーがR&Bの世界から完全に消えた。『サバイビング・R.ケリー』という、R.ケリーに被害を受けた女性たちの告発ドキュメンタリーを観ると、そりゃダメだ…となるのだけど、今後彼の作品を聴くか聴かないかはリスナー次第として、それでも過去の作品は無視できないし、捨て去ることもできない。カーディ・Bとブルーノ・マーズの“Please Me”が、どう聴いてもR.ケリー“Sex Me”(93年)のオマージュだったように、今も誰かがケリーのムードを求めている。2020年の曲でいえば、タイ・ダラー・サインの“By Yourself”feat.ジェネイ・アイコ&マスタードは、R.ケリーが手掛けたチェンジング・フェイシズ“G.H.E.T.T.O.U.T.”(97年)の、ビリー・パイパーのヴァージョンを使っていて。
Y:R.ケリーというキーワードを出さずにR.ケリーにオマージュを捧げている、と。
H:“G.H.E.T.T.O.U.T.”はR.ケリーが書いているからクレジットは入るけど、R.ケリーが楽曲制作に直接タッチしていないビリー・パイパーのヴァージョンを使うという屈折したネタ使い。推測ですけどね。とにかく、R.ケリーが作ったムードは今もうっすら漂っていて、おそらく今後も引き継がれていくと思う。本当はR.ケリー以上に人間的に問題があったとされる(のに神格化されている)マーヴィン・ゲイのムードがいまも健在なように。
Y:そういう意味では、今年アルバムを出したトレイ・ソングス(『Back Home』)やオーガスト・アルシーナ(『The Product III: stateofEMERGEncy』)も、それぞれ自分をクリーンに保ちつつ、サウンド的にはR.ケリーの影響をモロに受けている。まぁ、オーガストはジェイダ・ピンケット・スミスとの過去の恋仲を暴露して世間を騒がせていましたが…。一方で、シリーナ・ジョンソンはR.ケリーが書いた曲はもう歌わないという宣言をしましたね。

H:シリーナは、代表曲と言える曲がR.ケリーのソングライティング/プロデュースだったりするから複雑というか、これまでのキャリアが否定される感じになってしまったわけだから本当に気の毒で…
Y:それでもR.ケリーの曲を歌わないという道を選んだシリーナの最新アルバムのタイトルが『Woman』だったのもグッときました。
H:90〜00年代R&Bネタの話で言えば、ブライソン・ティラーがデビュー・アルバム『Trap Soul』からかなり意識的に使っていて、それをトラップ・ビートのR&Bとして今の音楽として成立させている。2020年に出した“Inhale”も、その流れを汲んだ一曲。
Y:“Inhale”は文章で説明しづらいですが、SWVの“All Night Long”とメアリー・J.ブライジの“Not Gon’ Cry”、どちらも映画『ため息つかせて(Waiting To Exhale)』のサントラ(95年)からのサンプリングで、Exhaleの反対語で“Inhale”だと。でも、そのトラックは別の(DpatことDavid Patinoの)楽曲“Exhale”としてリリースされていたという…
H:そのややこしい経緯をTwitterに書いた記憶がありますが、まあ、映画『ため息つかせて』へのオマージュなのでしょう。ブライソン・ティラーの新作は、最初『Serenity』というタイトルがアナウンスされていたのが、それは後で発表されるようで、その前に『Trap Soul』の5周年で『ANNIVERSARY』というタイトルで出したという。
Y:さすがトラップ・ソウルの先駆者だけあって、“Inhale”を含め随所にサンプリングのセンスを感じた作品でした。ネタさえ良ければ何でもいい、というわけにはいかないですからね。
H:ネタというかビートに関して言うと、近年はType Beat(※音楽クリエイターが“○○っぽいビート“として制作し、オンライン販売しているインストのビート)の使用もあるようで。どの程度R&Bの曲に用いられているかは把握できていないのですが。

■存在感を示したアーティスト

Y:H.E.R.の存在感は相変わらず大きかったですね。アルバムは出さなかったですけど、スキップ・マーリーとの“Slow Down”も含めて、2020年に出したシングルをまとめただけでアルバムになるんじゃないかというくらい。
H:トニ・ブラクストンのアルバム『Spell My Name』にはギタリストとしてフィーチャーされていた。特にDマイルが手掛けた“I Can’t Breathe”が2020年を象徴するという意味ではインパクトが大きかったですね。ミネアポリスでのジョージ・フロイド殺害事件を受けて作られた、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動に関連したプロテスト・ソング。ビル・ウィザーズやジェイムス・ブラウンのバラードに通じるディープな曲で、スポークンワーズの部分にギル・スコット=ヘロンの“The Revolution Will Not Be Televised”の一節を交えていたのも印象的で。これを奴隷解放記念日(JUNETEENTH)にあたる6月19日にリリースするという。

Y:一曲ごとのインパクトやクオリティの高さに、アーティストとしての成熟を感じましたね。
H:存在として突き抜けた。2000年代にアリシア・キーズが、楽器を弾くシンガー/ソングライター的な風情でスーパースターになっていった時のことを思い起こさせるのが今のH.E.R.。そういえばアリシアもH.E.R.も、MBKプロダクションを主宰するジェフ・ロビンソンに育てられた人で、育て方、売り出し方が似ているのかもしれない。
Y:H.E.R.と名乗る前に、ギャビ・ウィルソンとしてTVショウでアリシアの曲を披露していましたね。“Do To Me”でのレゲエ路線やYGとハードコアに絡む“Slide”だったり、ストリートとの距離感も近しいものがあります。あと客演の数で言うと、『Featuring Ty Dolla $ign』というアルバムを出したタイ・ダラー・サインはもちろんですが、アリ・レノックス、ラッキー・デイ、キアナ・レデイは重要な作品には必ず名前が出てきた。しかも参加している曲がどれも良い出来で、今必要とされている存在なんだなと思います。アリとラッキーは2020年にアルバムを出していないけど(デラックス・ヴァージョンを除く)、今年の客演の顔かなと。
H:キアナ・レデイのアルバム『KIKI』にアリもラッキーが登場して、3人揃い踏み。あと、クイーン・ナイジャの『missunderstood』にもアリとラッキーが出てくる。キアナのアルバムは歌が良いのに加えて、デラックス版で加わった共演者も含めて、ゲストの人選がツボだった。特にジャクイースを招いた“Only Fan”はキース・スウェットの“Merry Go Round”(90年)あたりをモチーフにしたようなスロウ・ジャムで最高だった。
Y:90年代R&Bファンの心をくすぐるメロディーが多いですね。もっと全米的にチャート・アクションがあってもいい才能だと思います。
H:確かに。アリ・レノックスとラッキー・デイに関しては、年末に出たGlobal Citizen Prizeの企画でラファエル・サディークが音頭を取ったカヴァー・アルバム『Stand Up』にも登場した。ラッキー・デイ×ビッグ・フリーダ×BJRNCKによるウィリアム・デヴォーン“Be Thankful for What You Got”は我が意を得たりというか、ラッキーとフリーダのニューオーリンズ出身者がこの名曲で繋がったのは本当に感慨深くて。ニューオーリンズも僕ら的に外せないキーワードだけど、PJモートンも相変わらず精力的に活動しているし、タンク・アンド・ザ・バンガスも含めて、お互いの作品で共演し合ってソウル・コミュニティっぽいシーンが形成されているようで、今後がますます楽しみ。
Y:ビッグ・フリーダのシャウトが入るだけで一気にニューオリンズ気分になれる。アトランタでいうリル・ジョンみたいな存在感ですね。
H:まさに! 2000年代のリル・ジョン、そして、2000年代から活動していたけど、現代のビッグ・フリーダ。
Y:タンク・アンド・ザ・バンガスのEP『Friend Goals』にもニューオーリンズ・バウンスの曲がありましたが、最近はR&B界隈でも増えてますね。クリス・ブラウンとヤング・サグの“Go Crazy”もそうですし、コリン・ホーソーンの“Sunday“みたいなゴスペル・バウンスみたいなのも。バウンスがくるとつい喜んじゃう。

H:コリンはニューオーリンズの人なので、それなりに意識しているでしょう。ニューオーリンズのアーティストは今後も追い続けていきます。で、2020年は、さっきも名前が上がったクイーン・ナイジャがフル・アルバムを発表して、客演もそれなりに多かった。ルー・ケルの“Want You”もそうだし。
Y:Ne-Yo feat.ジェレマイ“U 2 Luv”のリミックスにもフィーチャーされていましたね。日本の知名度は高くないですが、本国でのファンベースは確固たるものがある。言葉の詰め方だったりソングライティングのセンスは、エクスケイプのキャンディに近いものを感じたり。アルバムも良かったです。
H:個人的には、2017~2018年に出した“Medicine”や“Karma”、2019年の“Away From You”みたいなシングルを改めて入れてくれたらもっとパキッとしたんじゃないか?とも思ったのだけど、懐かしさが先に立ってしまうからかな?ともあれ、あのペタペタした人懐っこいヴォーカルはクセになる。『アメリカン・アイドル』で途中敗退するも、ユーチューバーとして注目されてシンガーへ…というキャリアは今っぽいけど、本当にしっかり歌える人だから。オーディション番組で敗れても、今はSNSでセルフ・アピールできる。それを最大限に活かしたのが彼女。
Y:そっちの方がパワフルだったりしますからね。オーディション番組で勝ち上がったという肩書きがあまり意味をなさなくなった。
H:ルーベン・スタッダードやジェニファー・ハドソンあたりは、『アメリカン・アイドル』のファイナルまで行ったことが強みになって信頼に繋がったけど、現代はもう何かの権威に頼ることが最良とは限らない。そういえば、“YouTubeでのパフォーマンスが注目を集めてデビュー”みたいな売り文句が、まだ新しく思えた時代に登場したのがジャスティン・ビーバー。ジャスティンは2020年、自分のルーツだと言うR&Bを意識したアルバム『Changes』を出したけど、先行シングルの“Yummy”を含めて個人的には相当ハマった。
Y:“Yummy”のリミックスにはサマー・ウォーカーも参加しましたね。ケラーニとの“Get Me”もバッチリだった。
H:カナダ出身者だと、サヴァンナ・レイという女性シンガーがいて、彼女のシングル“Solid”がキーシャ・コールの“Love“を現代に蘇らせたみたいなオーセンティックなスロウで、たまらなかった。旦那さんがYogiTheProducerっていう、ケラーニの新作『It Was Good Until It Wasn't』にも関わっている人で、本人もベイビーフェイスと曲を書いていたこともあるようなので、今後が楽しみ。それこそ、タミアとかデボラ・コックス、メラニー・フィオナみたいに、カナダを飛び越えてアメリカでブレイクしそうな予感。
Y:そう思うとカナダ勢はザ・ウィークエンドやdvsn、パーティーネクストドア、ジェシー・レイエズなど、今年リリースがあった人たちだけでも個性的なタレント揃い。ケイトラナダもモントリオール出身だし、ダンス・ミュージックのセンスがピカイチですね。

■ヴォーカルの傾向

Y:新人のアーティストも耳馴染みのいい楽曲がたくさんあったんですが、いかんせんヴォーカルの匿名性も強い。K.ミシェルだったり、今度ニュー・アルバムを出す(2021年1月8日に『Heaux Tales』を発表した)ジャズミン・サリヴァンを聴いちゃうと、やっぱり歌声のパンチ力はR&Bに必要不可欠だな、と思ってしまった。
H:まずヴォーカルありきのジャンルだから。ただ、近年のR&Bにおけるヴォーカル・スタイル、特に女性シンガーに顕著なのが、ジェネイ・アイコに代表される、ソウルフルとは言えない、舌足らずというか甘えたような声。2000年代半ば、Ne-Yoが出てきた時、よく言えばセクシーでスウィート、でも従来のR&Bシンガーと比べると薄口な、高めのトーンの声が苦手というリスナーも多かったけど、そういう人が主流になっていくとこちらの耳も慣れてきて、だんだんいいなーと思えてくる。Ne-Yoの歌声は、呟くような歌い方をする人が主流の今では、むしろ“濃い”と感じるほどですが。とにかく現代の女性シンガーは、あの舌ったらずな声が主流で…
Y:元を辿るとアシャンティ、10年代だとティナーシェとかの系譜なんですかね。思えばキャシーの舌ったらず感は今っぽい…。
H:やっぱりジェネイ・アイコの影響が大きいかも。そうやって似た声のシンガーが次々と出てくる状況も含めて、現代の女性シンガーの台頭は、90年代にメアリー・J.ブライジのフォロワーが雨後の筍の如く出てきた感じにも似ている。ジェネイ・アイコ以降と言っていいのかわからないけど、クイーン・ナイジャやレイトン・グリーンみたいな人もアイコの流れを汲んでいる。『5th Element』というEPを出したアイヴィ・ジェイ(2002年生まれ)に至っては、クイーン・ナイジャからの影響を公言していて、時代がどんどん進んでいるなと。

Y:なるほど。ヒップホップ・ソウル期と同じく、今後も活動していく上で頭ひとつ抜けるには、自分のシグネチャーとなる歌唱スタイルが必要になりそうですね。あとは近年再評価の高いブランディをアイドルとする人も多い。アンダーソン・パークがサポートするインディア・ショーンなんかは、コーラスの重ね方や声のトーンもブランディ的。
H:ブランディは今年、DJキャンパーと組んで現代風に攻めた新作『b7』を出しましたね。ブランディの歌唱は“ヴォーカル・バイブル”として崇められているけど、彼女の影響力は今も大きい。近年は“I Wanna Be Down”(94年)のリミックス・ヴァージョンがフェスやアウォードなどでブランディを含めた女性シンガー/ラッパーが歌っているのをよく目にするけど、今年はRoeという女性シンガーがこれ引用した“Wanna Be”という曲も出した。
Y:ブランディに加えて、アリーヤの影響も大きいでしょうね。
H:2010年代以降の女性R&Bシンガーって、大雑把に言うとアリーヤとシャーデーのミックスというか、サウンドがシャーデー、歌がアリーヤ。そんな中、シャーデーが久々のアルバムで帰ってきそうな予感もあるけど
Y:スノー・アレグラがまさにそのタイプと言えそう。
H:そう考えると、ジェネイ・アイコ以降と言っても、エラ・メイやH.E.R.はアイコと似ているようでタイプが違うというか、音の感触通り、懐かしさを含んだ、よりオーセンティックなソウルフルなヴォーカルで。だから、〈R&B is Alive!〉みたいなことを結構な頻度で言っているのもよくわかる。ヤングMAが「最近のR&Bにあんまりいいのがない」と言って、PJモートンみたいな人が「そんなことはない」とはっきり言ってくれたりするのは本当に頼もしいです。
Y:これだけ良い新譜が出ているのに、聴かずして判断されるのは悔しいですしね。しかしヤングMAの発言をきっかけにしてか、タンクが〈R&B Money〉と謳って「今このR&Bが熱い」とSNSでリコメンド投稿したり(現在はほぼ筋肉写真のみ)、R&Bアーティストを自認する人たちのコミュニケーションが増えた気がします。
H:タンクは、自分のレーベルの名前がR&B Moneyですからね。2020年は『While You Wait』『Worth The Wait』というピアノ弾き語りのEPを2枚出しましたが、数年前、Esssence Fest.で、まんまこのスタイル弾き語りのライヴを観ていて、R&Bの真髄を見せられた気分でした。R&B一直線。ハードコアR&Bって感じの。
Y:最近は音楽活動がご無沙汰のジェイミー・フォックスを思い出します。“ハードコアR&B“というネーミング、いいですね。
H:脇目もふらず、その道を極める人。女性ならK.ミシェル。彼女の最新作『All Monsters Are Human』は2020年で最もガッツリ歌っているR&Bアルバムだったかもしれない。
Y:気持ちがいいくらいにド直球。逆に言うと、あまり気を衒わないR&Bアルバムは近年スポットが当たりづらいですね…。リル・ロニーが手がけた“Something New”とか本当に素晴らしいです。シングルの“The Rain”はニュー・エディションの“Can You Stand The Rain”のサンプリングが話題になりました。
H:ニュー・エディションといえば、トレイ・ソングスfeat.サマー・ウォーカーの“Back Home”もニュー・エディション“If It Isn't Love”をモチーフにしていましたね。で、K.ミシェルだけど、今度カントリーのアルバムを出すそうで(2021年2月リリース予定)。ビリー・レイ・サイラスと一緒にやった曲も入ると。
Y:2020年の頭に出したミックステープでもカントリーの楽曲がありましたし、新作のMVではカウボーイ・ハットを被っていましたね。
H:キャリー・アンダーウッドのカヴァーをやったり、カントリーへのアプローチは今に始まったわけではないけど、メンフィスっ子というか、テネシー州出身者としての矜持みたいな感じなのかも。だから、「リル・ナズX“Old Town Road”のヒットに便乗して黒人シンガーの私もカントリーをやってみました、ではない」的なことを本人も言ってます。最近亡くなった黒人カントリー・シンガーの草分けとして知られるチャーリー・プライドとか、フーティ&ザ・ブロウフィッシュのダリアス・ラッカーとか、その系譜にあるのかも。ドリー・パートンの書き下ろし曲を含むというカントリー・アルバムは楽しみにしています。と、話が少しそれましたが、男性シンガーだと、タンクやトレイ・ソングス以外にガッツリ歌える人というと…
Y:個人的にはVedoが良かったですね。2013年にオーディション番組『The Voice』に出場して、審査員を務めたアッシャーのお気に入りだった人。ジャネット・ジャクソン“I Get Lonely”使いの“You Got It”がTikTokをきっかけにバイラル・ヒットしています。

H:VedoはまさにハードコアR&B。『For You』は素晴らしいアルバムだった。アッシャーfeat.エラ・メイ“Don't Waste My Time”でコ・ライトした実力派。あと、R&Bファンの間で人気が高かったのが、ジェイコブ・ラティモアのEP『Leo Season』。ジェイコブは俳優でもあるけど、お父さんが2001年にMCAからアルバムを出したジャージー・アヴェニューのメンバーで、ケニー・ラティモアの親戚だとされる血筋の良さ。
Y:まさにR&Bサラブレッド!あとはケヴィン・ロスの一連の作品も充実していました。中でも“God Is A Genius”は、ラッキー・デイ“Roll Some Mo”も想起させる2020年屈指の名曲。
H:タイトルがゴスペルっぽいけど、ゴスペルじゃないよっていう。2枚のEPを合体させたフル・アルバム『Audacity Complete』も素晴らしくて、そこに収録されたライヴも聴き応えがあった。モータウンとヴァーヴの両ロゴが入った『The Awakening』(2017年)も快作だったけど、彼のオーセンティックなR&Bシンガーとしての魅力が、トレンドを意識するあまり消されていたような気もしていて。でも今回は、インディからのリリースで、自分の音楽性に正直なアルバムになっている。
Y:ケヴィン・ロス、ジェイコブ・ラティモア、タンクは全員エンパイア傘下のレーベルに所属してますね。ロイドやサミーもいるし、エンパイアは男性シンガー強し。
H:新世代の男性シンガーだと、2枚目のアルバムだけど、レヴィン・カリの『HIGHTIDE』が突き抜けていたな。ジ・インターネットにも通じる西海岸らしい開放感のあるネオ・ファンクというか。
Y:ゲストも前作に引き続きシド、タイ・ダラー・サインと西海岸勢。メロウなんだけどファンク魂がしっかりあるので、クラブDJからの人気も高かったです。
H:お父さんがマザーズ・ファイネストのベース奏者、ジェリー・シーイなんですよね。それで思ったのは、タイ・ダラー・サインのお父さんがレイクサイドの元メンバー(タイロン・グリフィン・シニア)で、サンダーキャットやキンタローのお父さんもフレッド・ウェズリーがプロデュースしたカメレオンというバンドの元メンバー(ロナルド・ブルーナー・シニア)だったりするように、70年代後期から80年代中期にファンク・バンドで活動した人たちの息子で、LAで育った人たちのファンク魂というか、共通した空気感がある。意識しなくてもバックグラウンドが滲み出ちゃってるような。
Y:直接的にサンプリングをしていないのに80年代の空気を纏っている。DNAに染みついているから自然なんですね。
H:あと、男性シンガーではギヴィオン。サンファみたいな眠たそうな声が独特で、彼は“ヴォイス・オブ・ザ・イヤー”って感じかな。尺的にはEPと言っていいアルバム『Take Time』は、第63回グラミー賞で〈最優秀R&Bアルバム〉にノミネートされた。
Y:元々はドレイクの“Chicago Freestyle”にフィーチャーされて話題を呼んだ人でしたね。

H:その曲が出た時に、ドレイクのファンからサンファに間違えられたという。このギヴィオン、女性ではヴィクトリア・モネイが、2020年R&Bの新人という感じかな。ヴィクトリア・モネイはキャリアが長いけど。
Y:ヴィクトリア・モネイは完全に新作で化けましたね。アリアナ・グランデのベスト・フレンドという触れ込みが先立っていたけど、全米的なタレントになった。セクシュアリティをオープンにして(※彼女はバイ・セクシュアルを公言している)自由を唱えたカリードとの“Experience”も素晴らしかったし、新しいアイコンとしてどんどん成長しそう。
H:他には、ピンク・スウェッツやLonr.あたりがブレイクし始めた印象。ピンク・スウェッツは、まさに全身ピンクで決めて、テディ・ベアをマスコットにしている。
Y:ネクスト・カリードという印象ですね。彼自身がマスコットみたいで可愛らしい。
H:Lonr.は、ライヴを観て、R&B版のジュース・ワールドみたいな印象も受けたんだけど。
Y:確かに見た目はR&Bシンガーっぽくないですね。BETアウォードでもパフォーマンスしていたH.E.R.とのデュエット“Make The Most”は愛聴しました。
H:“Make The Most”はDJキャンパーの制作だけど、Lonr.はH.E.R.のソングライティング・パートナーなんですよね。たぶん本名がイライジャ・ディアス。H.E.R.の舎弟的な存在で、その意味では、サマー・ウォーカーとNo1-Noahに近い関係かな。
Y:お抱えの、とまではいかないけど、勢いに乗ってる女性シンガーが送り出す男性シンガーということで要注目です。

■躍進したレーベル、プロデューサー

H:サマー・ウォーカーは本当に絶好調。レーベルはLVRN(ラヴルネッサンス)所属だけど、インタースコープ傘下にGhetto Earth Recordsという新レーベルも立ち上げて、2020年のEP『Life On Earth』に客演していたNo1-Noaを第一号アーティストとして送り出しましたね。No1-Noaは、今までもインディペンデントで活動してきたけど、公式メジャー・デビューということでいいのかな。
Y:彼が客演していた“White Tee”はダーティーなMV含めて最高でした。しかしインパクトのあるレーベル名ですね。
H:Ghetto Earthというレーベル名は、もちろん誇りを込めたネーミングで、サマー・ウォーカーらしいなと思うけど、“ゲットー”という言葉が特定のコミュニティ以外では、あまり無邪気に使えないというか。2020年は一連のBLM運動の再燃もあって、インナーシティで生まれた、またはインナーシティに住む層に好まれるヒップなブラック・ミュージックを“アーバン”と呼ばないことにした年としても記憶されていくだろうけど、そのタイミングで、“アーバン“とニアリーイコールな“ゲットー”という言葉を冠したサマー・ウォーカーの真意は…とも考えたり。考えすぎかな?
Y:“アーバン”は日本だと“都会的な““メロウな”みたいにポジティブな装飾後として今も捉えられますが、本国では人種そのものを連想させるようになってしまった。思えばかつては“レイス・ミュージック”なんて言葉がビルボードでも使われていたわけだから、言葉も時代とともに進化するのが当然ですが、純粋に音楽用語として置き換えられるワードはまだ定まっていないようですね。
H:“アーバン”に関しては、“都会的な”という本来の意味で日本で使うぶんには問題ないと思うんですが、そう書く時に一瞬躊躇するようになってしまった。2000年代にはソニー・アーバンというレーベルもあったし、ジャヒームとかアーバン・ミスティックが“ゲットー・ソウル”的なコピーで売り出して、それらが音や歌のイメージと合致していていいなと思ったんだけど、今は“ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)”という言葉も好ましくないとされているようだし、将来は“R&B“という言葉さえNGになるかもしれない。グラミー賞のカテゴリー分けに対してタイラー・ザ・クリエイターが「何で俺たち(ジャンルレスな音楽をやっている黒人)はポップスに入れないんだ」と苦言を呈したのもそれに繋がる話だと思うんだけど、タイラーの発言を受けて“ジャンルなんか関係ない“と言い出すと、それはそれでまたおかしなことになる。
Y:アーティストとしての創作の自由さは理解しつつも、ジャンルの存在を丸々消してしまうのもまた違いますからね…。
H:かと思えば、(白人の)ジャスティン・ビーバーは今回のグラミー賞で、R&Bアルバムとして作った『Changes』がR&B部門にノミネートされず、ポップスとして評価されたことに不満を漏らしていて、これはある意味タイラー・ザ・クリエイターと正反対の意見。まあ、ここらへんの話は簡単に決着がつくものでもないので、レーベルの話に戻しましょうか。
Y:そうしましょう。LVRNといえば、ホリデイ・アルバム『Home For The Holidays』も出しましたね。
H:レーベルのクリスマス/ホリデイ・コンピレーションは昔から新人アーティストのお披露目を兼ねていて聴き逃せない。LVRNのホリデイ・アルバムでは、ダニー・ハサウェイの“This Christmas“を歌うイーライ・ダービーが良かったなぁ。あと、モータウンも、ジョイ・デナラーニやティアナ・メイジャー9、アジィアーンといった近年仲間入りしたアーティストの曲からなるEP『A Motown Holiday』を出した。エチオピア・ハブテマリアム率いる現モータウンは、ヒップホップ・アクトも含めて本当に勢いがあって、まさに現代の”サウンド・オブ・ヤング・アメリカ“なレーベル。
Y:ジョイ・デナラーニとティアナ・メイジャー9は自身の作品も出ましたね。両者ともアメリカ出身ではないですが、その分逆にストレートなモータウンの仕様のソウルを聴かせてくれた。ジョイとBJ・ザ・シカゴ・キッドのデュエット“I Believe”は70年代のダイアナ&マーヴィンみたいでした。

H:勢いのあるレーベルといえば、RCAとのジョイント・ベンチャーとなるKeep Coolもですね。今のところラッキー・デイとヴァンジェスが看板アクトになっていますが、ラッキー・デイをスターにしたのが、我らがDマイル。2020年にはラッキー・デイの『Painted』のデラックス版がリリースされて、トニ・ブラクストン“Love Shoulda Brought You Home”のリメイク“Shoulda”が追加されたけど、原曲の作者のひとりであるベイビーフェイスを迎えたあの曲もDマイルの制作。もう15年以上前から活動しているけど、さっき話したH.E.R.の“I Can’t Breathe“も彼だし、2020年の最優秀R&Bプロデューサーと言っていいんじゃないかな。嵐の“Whenever You Call“をブルーノ・マーズと手掛けたというトピック抜きにしても。
Y:異論なしです。ヴィクトリア・モネイの『Jaguar』もそうですね。
H:ヴィクトリア・モネイは、彼女のショート・ドキュメンタリーを観たら、2000年代中盤に在籍していたパープル・レインというグループがうまくいなかくて路頭に迷っていた時、Dマイルの家に住まわせてくれたみたいなエピソードがあって、彼と付き合いが長いんですよね。あと、今はアンダーソン・パーク一派になっているインディア・ショーンも古い付き合いで、彼女のシングル“Movin’ On”もDマイル制作の素晴らしいミディアムだった。良い曲だなぁ〜と思ってクレジットを見るとDマイルということが本当に多い。
Y:その度に「ありがとうDマイル!」と思いました。明確にサウンドのシグネチャーを言葉にするのは難しいんですけどね。

H:それこそ昔のテディ・ライリーとかジャム&ルイスみたいな、これぞ!といったスタイルは掴めないんだけど、超ざっくり言うとメロディとサウンドが明快。リリックや曲の背景も大切かもしれないけど、まず何も考えないで聴いて、いいな、何度でも聴きたくなるな、というのは重要ですね。ジョイス・ライスの新曲“So So Sick”みたいに。
Y:ジョンB.の“They Don’t Know”をサンプリングしていましたね。MVの振付もキャッチーでよかった。
HMVは導入部の日本語が強烈だった。そういえば、ちょっと前にジョイス・ライス“That’s On You“の日本語リミックス(Japanese Remix)で共演していたUmi(ウミ)もジョイスと同じ日系アメリカンですが、Umiは最近、Keep Coolに入ったようですね。そう思うと、ジョイスの曲をDマイルが手掛けたのも何となく納得というか。
Y:ジョイス・ライスもKeep Coolに加入したら、さらに強力ですね。日本語で歌う“That’s On You”のリミックスを聴いていると、初期のクリスタル・ケイにも近い雰囲気。ジョイス・ライスは2021年期待のアーティストのひとりなので、アルバムが楽しみです。
H:ジョイスは曲によってはエイメリーにも通じていますね。日本人の血を引いているということでは、ジェネイ・アイコ、ジョイス・ライス、Umiは親近感があるし、気になる。
Y:プロデューサーでは職人気質が強い人が水面下で活躍していた印象。DJキャンパーなんかもまさにそうですし、ポップ&オークのオーク・フェルダーとか。
H:ギッティことジェフ・ギテルマンも“良曲率“が高い。モルドバ共和国出身で、ストーンズ・スロウから登場したステップキッズというグループにいた人なんだけど、H.E.R.、マック・ミラー、アンダーソン・パークあたりもやってる。アッシャーがBLM運動に触発されて出した”I Cry“もギッティだった。
Y:クロイー×ハリーのアルバムでも数曲手掛けていましたね。
H:クロイー×ハリーといえば、“Do It”に関与したスコット・ストーチの動きがここにきて活発というか、良曲率が増えている。
Y:“Do It”は個人的に2020年で一番聴いた曲かもしれません。プロデュースがスコット・ストーチとは最初気がつきませんでした。
H:最近のストーチ関与曲を聴いていると、アリアナ・グランデの“My Hair”もそうだけど、ザ・ルーツでキーボードを弾いていた彼の出自を思い起こさせるというか、ビヨンセの“Me,Myself And I”(2003年)を手掛けた時のようなメロウネスが感じられるんですよね。で、クロイー×ハリーといえば、同じ姉妹デュオで、Keep Coolの看板になっているヴァンジェス。ナイジェリアにルーツを持つ彼女たちは現代版のジャネイみたいな人たちで、実際にジャネイの“Groove Thang”をカヴァーしているけど、“Come Over”は今年屈指のR&B曲。ヴァンジェスはジェシカのT・ボズ(TLC)っぽい低い声がいいアクセントになっている。
Y:長らくシーンに不在だった女性R&Bデュオが元気で嬉しいですね。2016年にトリオとして話題を呼んだミネアポリスのキングも、期せずして編成が変わり姉妹デュオになっているし。あとはヴァンジェスとクロイー×ハリーの両方に関わっていたケイトラナダや、マセーゴ、ディスクロージャーもR&Bシーンで動きが活発だった。彼らが手がけた曲はクラブでも音の鳴りがいいので、DJとしても重宝させてもらいました。
H:マセーゴのようなブラス奏者でもあるという意味では、プロデューサー・デュオのブラストラックスが僕は大好きで。それこそ彼のアルバム『Golden Ticket』ではタイトル曲にマセーゴがコモンと一緒に参加してましたね。マセーゴはアリ・レノックスの曲にフィーチャーされていていたし、2020年だとアレックス・アイズレーの“Good & Plenty”もドリーミィな曲で素晴らしかったし、Global Citizen Prize企画のカヴァー企画『Stand Up』ではボンファイアと一緒にマーヴィン・ゲイのカヴァーもやっていて、彼の息がかかるとソウルっぽさが増す。
Y:2020年に出たアルバムは、レイト90s〜アーリー00s風の楽曲、マセーゴやケイトラナダ印のダンス・トラック、加えてカリビアン〜アフロビーツのアップ・テンポがお決まりの布陣でした。
H:そうした要素が満遍なく入っていたのがジョン・レジェンドの『Bigger Love』だった気がする。
Y:リリックの内容はもちろんBLMに則している部分もありましたが、ここまでヴァラエティに富んだ楽しいR&B作品って、案外最近少なかった気がするんですよね。
H:さすがEGOT制覇の伝説男。ヴァラエティに富んでいるけど、R&Bとしての軸がしっかりある。感服です。

Y:本人の器量が大きいと色々なサウンドを飲み込めるんだな、というお手本のような作品でした。レディシの『The Wild Card』も同例で、唐突にバッドフィンガー“Without You”のカヴァーがきても、すんなり入ってくる。そういったシンガー自身の存在感はヴェテランの作品に多く感じましたね。
H:レディシはクラシックでオーガニックなソウルを歌う人といった印象が強いけど、そこからハミ出してもレディシはレディシにしかならない。ジョン・レジェンドとレディシは2000年代にブレイクして、今も内容の濃いアルバムを出している。今回の『The Wild Card』はインディに移ってのアルバムになるけど、プロデューサーもほとんど変わらないし、そもそも自主制作盤で注目を集めた人だし、メジャーだろうがインディだろうが、本当に関係ない。それは同様にメジャーからインディに移ったチャーリー・ウィルソンに関しても言えること。ガッツリ歌えるヴェテランは、シーンの最先端にはならないかもしれないけど、いい音楽に古いも新しいもない。
Y:ファンの層が分厚いですからね。自分も含め、どんなリリース形態になっても追いかける根強い人たちばかりでしょう。
H:自分のお客さんがいる人は強い。ラヒーム・デヴォーンやヴィヴィアン・グリーン、アヴァント、ブライアン・マックナイトは、皆同じSRG(SoNo Recording Group)っていうレーベルから新作を出しましたけど、どれも聴き応えのあるアルバムだった。特にラヒームの新作『What A Time To Be In Love』は、今回ザ・カリーグスとの共同名義だけど、ワシントンDC〜フィラデルフィア発の2000年代ネオ・ソウルを今の空気の中でやってる感じで、個人的にはたまらなかった。ラリー・ゴールドがストリングスを担当しているし。
Y:マーヴィン・ゲイのオマージュ〜ダニー・ハサウェイのサンプリング曲へ繋がる流れも美しかった。ヴィヴィアン・グリーンはすっかりクワメとのコンビが定番化しましたね。ゴーストフェイス・キラーが客演した“Light Up”がイヴリン・“シャンペン”・キングの“Love Come Down”と、グランドマスター・フラッシュでお馴染みのリキッド・リキッド“Cavern”を力技でねじ込んだ強烈曲で、無条件に踊れた。
H:SRGは以前のシャナキーみたいで、メジャーから離れた中堅〜ヴェテラン・アーティストの駆け込み寺っぽくも見えますが、上質な作品を送り出してくれますね。SRGよりもう少しメジャー感があるのがE Oneで、ここは昔のプライオリティみたいというか、インディというより準メジャーという感じなのかもしれません。

■ステイホーム期間中のオンライン・イヴェント

H:2020年はEssence Fest.などが簡易のオンライン開催になったりしましたが、印象深かったことといえば?
Y:オンラインのコンテンツに視聴者が慣れていくにつれ、映像戦略が重要なポイントになったのかなと。その中でもクロイー×ハリーは、出演するステージごとに曲のアレンジを変えていたし、撮影の手法も工夫が施されていて素晴らしかった。振り付けやメイクも自分たちでやっているというから本当にすごいです。“Do It”は振付けも完コピで覚えちゃいましたね。
H:クロイー×ハリーの自己演出能力は本当に高い。さすがビヨンセの秘蔵っ子。
Y:あとはSNSを活用した歌自慢チャレンジも盛んでした。They Have The Rangeというページが企画し、課題曲の歌唱動画をアップする #DeborahCoxChallengeや SWVの #RainChallenge は、レディシやメラニー・フィオナ、クイーン・ナイジャといった著名シンガーまで参加する現象に。このハッシュタグの盛り上がりをきっかけに、デボラ・コックスはBlack Music Honors Icon Awardsに選ばれたりもしましたね。

H:TikTokでもNe-Yoの“Because Of You”で踊る#BecauseOfYouChallengeなんかがあって、いくつかのR&Bクラシックがリヴァイバル的に注目を集めましたね。90〜00年代に活躍したR&Bアーティストにスポットを当てた企画としては他にもいくつかありましたが。
Y:Soul Train Awardsで近年恒例になっているフリースタイルのマイク・リレー〈Soul Cypher〉も、シャンテ・ムーアやシャニースがPJモートンやストークリーと一緒に迎えられていて、90年代スロウバックの趣がありましたね。この中だとPJモートンが一番“今感”のある人ですが。

H:毎年、その時期が近づくとラインナップが楽しみですよね。今回はPJモートンが前回までのロバート・グラスパー的なポジションで鍵盤奏者も兼任して、ストークリーもパーカッションを叩いていた。ストークリーは53歳だけど全くイメージが変らず、本当に現役感がある。何故かエリカ・バドゥのDJはなかったけど、みんなエリカにシャウトアウトしていたのも印象的だったな。あと、今回のSoul Train Awardsでは、DJキャシディが始めた〈Pass The Mic〉シリーズの特別編として80年代ファンク〜ソウルのレジェンドたちのマイクリレー動画があったけど、90年代スロウバックという意味では、キース・スウェットから始まる90年代R&Bアーティスト編(Vol.3)は今の空気にフィットしていた。
Y:そうですね。もとを辿るとステイホーム期間中にDナイスが始めた〈Club Quarantine〉の影響も強かったのかなと。DJのインスタ配信企画としては最速だったしアクセス数も多かった。ステイホーム中で家族と一緒にいるからだと思うんですが、世代を超えて愛される定番曲が威力を増して、その流れが一連のスロウバック・ブームに繋がった気もします。
H:DナイスはEssence Fest.やRoots Picnicのオンライン版にも登場して、引っ張りダコでしたね。しかもサラーム・レミのプロテスト・アルバム『Black On Purpose』の先行曲“Black Love”にティードラ・モーゼスと一緒に参加していたり、今年はDナイスの名前を本当によく見ました。ステイホーム中に再注目されたヴェテランDJ。
Y:そして配信企画として最大に成功したのが間違いなくVerzuz
H:ティンバランドとスウィズ・ビーツが企画した、似た者同士のオンライン・バトル・シリーズ。今も続行中で、先日はE-40とトゥー・ショートのベイエリア・ラッパー対決があったけど、R&Bファン的に興味深いバトルが目白押しだった。この番組の影響もあって、アリシア・キーズのアルバム『ALICIA』の“Jill Scott”って曲も、アリシアがジル・スコットvs.エリカ・バドゥのVerzuzを観て思いついたらしいし、アーティスト自身も一緒に熱狂していた。わりと初期のテディ・ライリーvsベイビーフェイスでの音響トラブルも今や良き思い出というか、あれからインスタだけじゃなくてApple Musicなどでも観られるくらいの番組に成長して、映像もクリアになった。Y:何十万人もの人がテディ・ライリーのトラブルを同時に見守りながらツッコむという…あの時のコメント欄のやりとりは面白かった。すぐにパロディ映像も作られましたね。当初はプロデューサー目線での対決企画で、R&Bシンガー/ソングライターとして最初に行われたのは、ショーン・ギャレットvsザ・ドリームだったんですよね。その後のNe-Yo vs ジョンテイ・オースティンで視聴者数が倍くらいに増えて、一気に盛り上がった。
H:ジョンテイ・オースティンといえば、パンデミック阻止を謳った、その名も『Pandemic』なるEPを出しましたね。曲名を全て“Quarantine”に統一した作品集。SoundCloudでのプライヴェート色の強いリリースでしたが。

Y:Verzuzで改めて彼の手がけた楽曲たちを聴くと、本当に名曲ばかり。この勢いで自身作もどんどん出してほしいですね。あとは、ブランディvsモニカのディーバ対決も注目を集めました。旧知の仲であることは間違いないんだけど、モニカが2011年の“Anything (To Find You)”をかけた時にブランディが「これ新曲?」とリアクションしていて、一瞬ヒヤッとしました(笑)
H:ダントツで良かったのは、グラディス・ナイトvsパティ・ラベル。これはもう優勝。グラディスとパティは積み上げてきたキャリア、ヒット曲の多さ、本人たちの存在感、もうどれをとっても完璧で、グラディスがたまに立ち上がって何かに取り憑かれたように熱唱していたのも最高だった。パティとグラディスは個人的にアレサ・フランクリン以上に思い入れがあるディーヴァたちなので。
Y:最終的にはディオンヌ・ワーウィックが登場し、“That’s What Friends Are For”を3人で熱唱するという感涙の展開に。その様子を、今をときめくアーティストたちが同時に視聴しているのも、まさにブラック・コミュニティにおける彼女たちの立ち位置を示している気がしました。R&Bアーティストだけに限らず、ラッパーたちもこぞってコメントを書き込んでいたり。
H:当たり前だけど、R&Bが文化として根付いている証拠。今後はアシャンティvsキーシャ・コールのカードも予定されていて、アシャンティがウィルス陽性で延期になりましたが(※2021年1月9日に延期となるも、再延期が決定)、2000年代にヒップホップ・ソウルの再来的な形で登場した女性シンガーの対決。このタイミングでキーシャがロン・フェアと組み直した新曲を出すようなので、そちらも楽しみです。でも、最近は配信慣れしてしまったのか、有り難みが…
Y:慣れって恐ろしいですよね。配信コンサートも普通のクオリティだと満足できなくなってしまった…
H:ライヴ会場でのライヴを早く観たいですね…という締めもナンですが。

■ヴェテランとゴスペル

H:Verzuzではグラディス・ナイトとパティ・ラベルが最高の対決を披露してくれたけど、新曲ではチャーリー・ウィルソンとスモーキー・ロビンソンの共演曲“All Of My Love”が素晴らしかった。スモーキーはアンダーソン・パークの“Make It Better”(2019年)でもデュエットしていたけど、チャーリーとスモーキーの長老コンビの方が、何だかキラキラしていた気がする。
Y:67歳と80歳の共演とは思えない瑞々しさ。チャーリー・ウィルソンは2021年にニュー・アルバムも出そうですね。
H:シングルも軒並み好曲だったし、アルバムは楽しみ。ヴェテランということでは、スティーヴィ・ワンダーがモータウンを離れてBLM〜大統領選に因んだ新曲を2曲出した。遂にモータウンを離れたわけだけど、アルバムは15年間出していないので、それも期待したい。制作中と噂されているゴスペル・アルバムはモータウン(おそらくモータウン・ゴスペル)から出る予定らしいですが。
Y:新曲のうち“Can't Put It In The Hands Of Fate”はゴーゴーでしたね。ニュー・ソウルの隆盛からおよそ50年経ってもなお、根本的なメッセージは変わらない。
H:そうですね…。ヴェテランのアルバムでは、個人的にはスティーヴ・アーリントンの『Down To The Lowest Terms:The Soul Sessions』がベストだった。ストーンズ・スロウ印の一枚で、MndsgnやKnxwledge、それにデヴィン・モリソンも関わっていて、ファンク・レジェンドを現代の空気で包み込んでいた。その一方で、ビル・ウィザースやベティ・ライトの訃報が届いた…。

Y:ポインター・シスターズのボニー・ポインターも。ポインター・シスターズだと“Yes We Can Can“(73年)、ビル・ウィザースだと“Lean On Me”(72年)といった、BLMの象徴とも言えるアンセムを歌った人たちが続けて亡くなったのは、ガクっときてしまった。
H:ビルの“Lean On Me”に関しては、ビルの生前から911やハイチ地震などの際に人々の心を慰める曲として取り上げられてきて、亡くなった後もBLMなどで同じ役目を果たした。あと、裏方だけどアンドレ・ハレルの他界は、今に繋がるR&Bの礎を築いた人でもあるから喪失感が大きかった。K-Ciやロビン・シックがトリビュート曲を出してましたね。そうした中で、かつてハレルがアップタウン・レコーズのトップとして関与したメアリー・J.ブライジの『My Life』(94年)の25周年記念盤が出たりして。
Y:メアリーは2019年のEssence Fest.でのステージが25周年を祝したセットリストでしたね。シングルのみならず全曲がアンセム化していて、改めてすごいアルバムだな、と。
H:そういえば、ゴスペルのコリン・ホーソーンの新作『I Am』に、メアリー・J.の“You Bring Me Joy”(ネタはバリー・ホワイト)を引用した“Joy”という曲があったけど、その前に登場するアルバムの先行シングル“Speak To Me“がドニー・マクラーキンの歌う“Speak To My Heart”(91年)を使っていて、そのマクラーキンの曲はメアリー・J.の『My Life』で“Don’t Go“にも引用されている。なので、推測だけどコリンの新作は、さりげない『My Life』 25周年トリビュートにもなっているんじゃないかと。で、そんなコリンの新作をメインでプロデュースしたのが、メアリー・J.の近作も手掛けていたDJキャンパーというのだから、なんともよくできた話だなと。

Y:思えばコリンの情熱的なヴォーカルはメアリーの影響も強く感じますし、“Speak To Me”には、メアリー“Be Without You”のソングライターであるジョンテイ・オースティンの名前もある。そして彼女もまた『The Voice』出場者…と繋がり出したら止まらないですね。
H:ゴスペルはR&Bにとってのエンジンみたいなもので、ヒップホップ抜きにR&B云々言えないのと同じで、ゴスペル抜きには成り立たない。そういう意味で、PJモートンがゴスペルのルーツに立ち返った『Gospel According To PJ』をリリースしたのは、R&Bとゴスペルの架け橋となるPJならではのアルバムで説得力があった。その元祖を辿ると、2020年に亡くなったランス・アレンあたりに行き着くのだけど。
Y:112(現在はグループの活動には不参加)のQ・パーカーが男性のR&B/ゴスペル・シンガーを30名くらい招いたシングル“I Need You”を出したり、ロドニー・ジャーキンズもゴスペル・シンガーを集めた”Come Together“というチャリティ・ソングを出しました。こうした世情において、普段以上に幅広くゴスペルの発するメッセージが必要とされたようにも思えます。
H:ロドニー・ジャーキンズはクラーク・シスターズの復活作『The Return』にも関わっていた。そもそも今回の彼女たちの新作は、ミッシー・エリオット、メアリー・J.ブライジ、クイーン・ラティファがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたTV伝記映画『The Clark Sisters : First Ladies Of Gospel』の公開に合わせてリリースされたもので。しかも、カレン・クラーク・シェアードの娘キエラ・シェアードもミッシー・エリオットを迎えた新作『Kierra』を出して、このファミリーらしい親しみやすさを打ち出していた。
Y:キエラとミッシーの“Don’t Judge Me”を手がけたH・マネーことハーモニー・サミュエルズは、ボンファイアのEP『Love, Lust & Let Downs : Chapter One』でも良い仕事をしてました。常々言われてますが、カレン・クラークの歌唱が与えた影響力はR&B界でも大きいですね。直系でいうとフェイス・エヴァンスやSWVのココとか。
H:マライア・キャリーやビヨンセもカレン・クラークからの影響を公言してますね。そういえば、R&Bシンガーですけど、トレイ・ステラという女性シンガーのアルバム『Sorry For The Wait』を聴いていて、一曲目の“Holla”からエイメリーとクラーク・シスターズの合体みたいだなぁと思っていたら、実際にカレン・クラークの影響を受けているみたいで。カニエのサンデー・サーヴィスにも参加していて、なるほどと。
Y:ゴスペルのスピリットを持つ人といえば、BLMを受け母親が作詞したオリジナル・ソング“I Just Wanna Live”の動画をきっかけに、12歳にしてワーナーと契約したキードロン・ブライアントもそう。“I Just Wanna Live”のリミックスにはアンドラ・デイやラッキー・デイも参加していましたね。

H:アルバムはゴスペルでありR&Bでもあるという、インスピレーショナルと呼んだらいいのか、そういう作品。デム・ジョインツがキードロンの動画を見てビートをつけたところから始まった。エモーショナルなのか、ぶっきらぼうなのかわからない独特の歌い方だけど、ジョージ・フロイド事件の直後ということで、ズシンと響いてきた。
Y:ゴスペルとR&Bを行き来する存在だと、マリ・ミュージックもそう。声質がワイクリフ(・ジョン)に似ているので、レゲエっぽく響くときもある。新作『The Book Of Mali』も好きでした。
H:新作はRCAインスピレーショナルから出されていたけど、限りなくR&Bに近いゴスペルといったところかな。2014年の“Beautiful“は今でもよく聴くんだけど、彼はユニークな存在。他にもゴスペルの注目株では、ジョナサン・マクレイノルズが立ち上げたLife Timeっていうレーベルの第一号アーティストとなったDoeっていう女性。”Brighter“で人気が出たんだけど、ジョナサン・マクレイノルズの女性版、インディア・アリーのクリスチャン版と言われているように、オーガニックなゴスペル。名前が似てるR&BのRoeとともに、今後注目していたいシンガーです。そういえば、R&Bですが、もうヴェテランと呼んでいい、我らがKEMのこと話すのを忘れてました。
Y:KEMはビックリするほどに変わらない。けど、何も変わらないじゃないか、というツッコミは野暮なんですよね。それを知っていて求めているんだから。まさに現代のクワイエット・ストーム。
H:新しさを求める必要がない音楽。存在的にはメイズのソロ・ヴァージョン。新作『Love Always Wins』は、モータウン旧本社のスタジオAで50年ぶりにストリングス録りをしたみたいな話から、ディスコ風の曲をやったり、スムーズ・ジャズやゴスペルに接近したりしながらKEMワールドを作り出している。同じく新作を出したトニ・ブラクストンとのデュエットも極上でしたね。絶対的な安心感、安定感。

Y:ジャケのセンス以外は最高でしたね。そういえば今年はシンガーの顔がジャケットに出ているアルバムが比較的多かったかも。いい内容だなと思ったR&Bアルバムは、見事にアーティスト本人の顔がちゃんと出ていた、っていうのは無理矢理ですかね。
H:いや、半分冗談なんだけど、ジャケにシンガーの顔が大きく写る作品は名盤率が高いというのは、よく言われることで。昔のソウルやヒップホップも含めて、特にブラック・ミュージックは、ジャケにおける顔面占有率、顔面じゃなくても本人がしっかり写っているものがいいというか、この人が歌ってる、演奏しているんだという主張があるのがいい。これは趣味の問題なんだけど、幾何学模様みたいなデザインのジャケだと、個人的には親しみが持てなくて…。
Y:それこそジェネイ・アイコは前作『Trip』(2017年)のジャケが幾何学模様だったのに、今回の『Chilombo』では顔が大きく写っていて、音楽的にもR&B度が増している気がする。ジェネイ・アイコは顔を大きく映したアルバムは今回が初めてじゃないですか?
H:EPやシングルでは本人を写した作品もあったけど、アルバムは確かに初めてですね。そう言われてみれば、2020年はアリアナ・グランデ、ブランディ、ザ・ウィークエンド、レディシ、トレイ・ソングス、あと、イラストだけどジョン・レジェンドとか、顔を大きく写したアルバムが多くて、それらが音楽的にも2020年の気分を象徴していた。やはりR&Bは、歌い手本人が前面に出てナンボということでしょうか。
Y:その話に繋がるかわからないですが、H.E.R.のサングラス頻度も少しずつ減ってきていて、だんだんと素顔に近づいている。自信の表れか、本人の心境の変化もあるんじゃないかなあ。
H:彼女はH.E.R.と名乗る前のギャビ・ウィルソンとしての過去を曖昧にするためにというか、謎めいた存在にしておきたくてサングラスをかけていたのだと思いますが、H.E.R.として大ブレイクした今、隠すことに意味がなくなったのかも?
Y:と思いきやサングラス・メーカーのDIFFとコラボレーションした商品も出していましたね。同じサングラス・ユーザーの自分としては、今後の動きにも注目しています(笑)
H:そんなH.E.R.のニュー・アルバムも楽しみですが、H.E.R.といえばセットで出てくるのがエラ・メイ。彼女のセカンド・アルバムにも期待しています。新曲“Not Another Love Song”も良かったですしね。

■第63回グラミー賞のR&B部門

H:最後に第63回グラミー賞のR&B部門についても少しだけ話しておきましょうか。年明けに授賞式(※当初は2021年1月31日に行われる予定が3月14日に延期)が行われますが、ノミネート作品を巡って疑問や不満の声も一部であがっています。もはやグラミー賞のノミネーションや受賞結果で一喜一憂する時代ではないのかもしれないけれど、R&B5部門のノミネート作品を見てみると…

★最優秀R&Bパフォーマンス(Best R&B Performance)
・Lightning & Thunder - Jhené Aiko feat. John Legend
・Black Parade - Beyoncé
・All I Need - Jacob Collier feat. Mahalia & Ty Dolla $ign
・Goat Head - Brittany Howard
・See Me - Emily King

★最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス(Best Traditional R&B Performance)
・Sit On Down - The Baylor Project feat. Jean Baylor & Marcus Baylor
・Wonder What She Thinks Of Me - Chloe X Halle
・Let Me Go - Mykal Kilgore
・Anything For You – Ledisi
・Distance – Yebba

★最優秀R&Bソング(Best R&B Song)
・Better Than I Imagine - Robert Glasper feat.H.E.R. & Meshell Ndegeocello
・Black Parade - Beyoncé
・Collide - Tiana Major9 & EARTHGANG
・Do It - Chloe X Halle
・Slow Down - Skip Marley & H.E.R.

★最優秀プログレッシヴR&Bアルバム(Best Progressive R&B Album)
・Chilombo - Jhené Aiko
・Ungodly Hour - Chloe X Halle
・Free Nationals - Free Nationals
・F*** Yo Feelings - Robert Glasper
・It Is What It Is – Thundercat

★最優秀R&Bアルバム(Best R&B Album)
・Happy 2 Be Here - Ant Clemons
・Take Time - Giveon
・To Feel Love/D - Luke James
・Bigger Love - John Legend
・All Rise - Gregory Porter

H:パッと見た感じ、良い悪いではなくて、これまで僕らが話してきたことと、ちょっとズレがありますね。アレが入っていない云々を言い出すとキリがないけど、これを見ると、改めてR&Bって何なんだろう?と考えてしまう。あえてカテゴリー分けしているにもかかわらず、境界線がハッキリしないというか。ハッキリさせる必要がないと言われればそれまでだけど、例えば〈最優秀プログレッシヴR&Bアルバム〉では、ジェネイ・アイコ、クロイー×ハリーと一緒に、ジャズの方に入っていてもいいロバート・グラスパーやサンダーキャットが並んでいて、これで競うんだ...と。〈最優秀R&Bパフォーマンス〉も、“パフォーマンス“に重点が置かれているのか、ブリタニー・ハワードやジェイコブ・コリアーがノミネートされていて、どれも好きだけど、総合部門じゃなくてR&Bになるんだ...と。どのカテゴリーにも収まらず、何となくソウルっぽいアーティストがR&Bの部門に放り込まれている印象。ノミネートされたアーティスト本人は、どこにカテゴライズされようがそんなの関係ないと言うかもしれないけど、ジャスティン・ビーバーのようにR&Bとして評価されなかったことを嘆く人もいて…
Y : 作品としてはどれも良かったけど、これが今年のR&Bの顔なんだ?と思ってしまう意外な作品が多かった。“アーバン“という言葉が使えなくなったこともあるのでしょうが、カテゴライズって何なんだろう?という命題に向き合った結果、いろいろ収拾がつかなくなったというか。グラミー側の試行錯誤も伺えますね。〈最優秀R&Bアルバム〉にアント・クレモンズの『Happy 2 Be Here』が入っていたのが意外でした。
H:アント・クレモンズのアルバムは好作だった。でも、それならティヤーナ・テイラーは? キアナ・レデイは?といった声も出てくるかもしれない。自分はARBANという日本のメディアで2020年のR&Bベスト・アルバムを20枚選んで簡単なコメントを書いたんだけど、客観的に選んだそのベストとも少し違う。グラミー賞は作品提出締め切りがあるから来年に持ち越されるアルバムもあるだろうし、一概には言えないのだけど。あとはザ・ウィークエンド。R&B部門でも総合部門でもスルーされたのは気の毒だった。

Y:ティヤーナ・テイラーは今年、複数ノミネートされるだろうと予想していたんですが、ひとつも入っていない。ザ・ウィークエンドは、パフォーマンスのオファーがあったにも関わらずノミネートされなかったというのも、余計に問題を大きくしましたね。
H:R&Bのカテゴリーにおいては最多の3部門にノミネートされたクロイー×ハリーは、曲によって異なるということだろうけど、〈トラディショナル〉と〈プログレッシヴ〉という、ある意味正反対な部門に同時ノミネートされていて、もはや基準がよくわからない。基準といえば、例えばディナー・パーティー(ロバート・グラスパー×カマシ・ワシントン×テラス・マーティン×9thワンダー)のアルバムをR&Bとするのかジャズとするのか、もしくはヒップホップとするのか、そこらへんの線引きも、あえてするとなると難しい。ジャギド・エッジ“He Can’t Love U“(99年)のリメイク“LUV U”もあったりしてR&B要素はあるんだけど、それと同じくらいヒップホップの要素もジャズの要素もある。確かに“歌ってる”けど、主役の皆さんがメインで歌っているわけじゃないので「R&Bだ!」と断言できなかったり。あえてR&Bというカテゴリーを設けた場合、個人的には、まず何よりも主役が歌い手であることに重点を置く。そもそもジャンル分けや線引きをしてる方がおかしい、くだらないと言う人もいるだろうけど、そうしたジャンル別のベスト企画やグラミー賞の話になると、この問題にぶち当たる…
Y:それは同感ですね。だからグラミー賞の場合、ノミネートされた作品はどれも最高なんだけど、今のR&Bシーンの空気感としてはどうなんだろうと思ってしまう。そう思うと、Soul Train Awardsのラインナップの方がしっくりくる。迷いがないですよね。

H:ソウル・ミュージックの番組(「ソウル・トレイン」)が発祥だし、基本的には黒人アーティストと黒人聴衆ありきでスタートしたアウォードだから。あとはBET AwardsとEssence Festival…ここらへんがR&Bファンにとって指標になっているのは確かでしょうね。まあでも、何がR&Bで何がR&Bでないかは考えなきゃいけない人が考えるべき時に考えればいいので、2021年も、よいと思ったものをシンプルに楽しんでいきたいです。

■20 Best R&B Albums of 2020

(順位なし)
〈Tsuyoshi Hayashi〉
・Jhené Aiko『Chilombo(Deluxe)』
・Victoria Monét『Jaguar』
・Teyana Taylor『The Album』
・Leven Kali『Hightide』
・Vedo『For You』
・K.Michelle『All Monsters Are Human』
・Tréi Stella『Sorry For The Wait』
・Ledisi『The Wild Card』
・Steve Arrington『Down To The Lowest Terms : The Soul Sessions』
・dvsn『A Muse In Her Feelings』
・Kiana Ledé『KIKI(Deluxe)』
・Liv.e『Couldn’t Wait To Tell You…』
・John Legend『Bigger Love』
・Raheem DeVaughn+The Colleagues『What A Time To Be In Love』
・KEM『Love Always Wins』
・Dornik『Limboland』
・Trey Songz『Back Home』
・Queen Naija『missunderstood』
・Durand Bernarr『Dur&』
・Ty Dolla Sign『Featuring Ty Dolla Sign』

〈Yacheemi〉
・Alicia Keys『ALICIA』
・Brandy『b7』
・Chloe × Halle『Ungodly Hour』
・Durand Bernarr『Dur&』
・dvsn『A Muse In Her Feelings』
・Jhene Aiko『Chilombo』
・John Legend『Bigger Love』
・K. Michelle『All Monsters Are Human』
・Kem『Love Always Wins』
・Kiana Lede『KIKI』
・Ledisi『The Wild Card』
・Leven Kali『HIGHTIDE』
・Lianna La Havas『Lianna La Havas』
・PJ Morton『Gospel According To PJ』
・Queen Naija『misunderstood』
・Ro James『MANTIC』
・Terrell Grice『AN Invitation to the Cookout』
・Teyana Taylor『The Album』
・Vedo『For You』
・Victoria Monet『JAGUAR』

■30 Best R&B Singles of 2020 playlist

(シングル・リリース曲に限定)
★Tsuyoshi Hayashi

★Yacheemi




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