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幸運を呼ぶラッキー・デイの新作

ラッキー・デイの新作『Candydrip』(2022年3月10日リリース)を楽しみにしていた。約3年ぶりのセカンド・アルバム。期待通りの快作だった。おそらく今、US R&Bの世界で最も勢いのあるシンガー。彼を中心にR&Bのシーンが回っていると思うほど。夥しい数の客演もこなしている。自分もこの3年近く“ラッキー・デイ”という名前を何度打ったかわからない。新作発表から1週間、プロデューサー/ソングライター以外のクレジットが見つけられず、「聴き込んだ」とも言えない状態だが、これまでの歩みと今回の新作について簡単に。感想文です。

2019年に発表したデビュー・アルバム『Painted』は第62回グラミー賞で「最優秀R&Bアルバム」にノミネート(シングル“Roll Some Mo”なども含めて計4部門にノミネート)。2020年にはジャケットを変更したデラックス・エディションが出され、翌年にアナログ盤がリリースされた。おおよその内容はbounce誌に寄稿したレヴュー(↓)の通り。字数が少ないので、キャプションみたいな文章ですが。

プロデュースはDマイル。今やトップ・プロデューサーのDマイルについては、「ブルース&ソウル・レコーズ」誌のシルク・ソニック特集Yacheemiさんとの2021年R&B総括トークでも触れている。そのDマイルがブルーノ・マーズと出会うキッカケとなったのは、ブルーノが『Painted』を気に入っていたからだと言われている。彼らは共通の仕事仲間だったジェイムス・フォントルロイを介して出会った。その後ふたりは共同でプロデュース(チャーリー・ウィルソン、嵐など)を行い、これがシルク・ソニックの制作に繋がっていく。大袈裟な言い方をすれば、ラッキー・デイのこのアルバムがなければシルク・ソニックも存在しなかった、かもしれない。

ラッキー・デイはブルーノ・マーズと同じ85年生まれ。誕生日も2週間しか違わない。出身はルイジアナ州ニューオーリンズ(NOLA)。このラッキー・デイ、フランク・オーシャン、オーガスト・アルシーナの3人を自分は“NOLA出身のR&Bシンガー三羽烏”と勝手に呼んでいる(オーシャンの“出生地”はカリフォルニアだが)。NOLA出身だが、近年のPJモートンのような地元密着型ではなく、NOLAの音楽コミュニティとは別のところで活動しているシンガーたち。ラッキー・デイに関しては、企画盤に収録されたウィリアム・デヴォーン曲のカヴァーで同郷のビッグ・フリーダと共演していたりもするのだけど。

現在の彼はLAを拠点に活動している。所属レーベルもLAを拠点に置くKeep Coolだ。Keep Coolは、現在デフ・ジャムの要職に就いているトゥンジ・バログンがRCA傘下に興した気鋭のレーベルで、ヴァンジェス、ノーマニ、マーズ、Umi、フレディ・ギブス&マッドリブなどがいるが、今一番の売れっ子といえば、このラッキー・デイだ。

本名はデヴィッド・デブランドン・ブラウン。ハードコアなリスナーであれば、R&B作品のクレジットにDave BrownもしくはDavid Brownの名前があったことを思い出す人がいるかもしれない。彼は00年代後半あたりからソングライターやバック・ヴォーカリストとして数々のR&Bアーティストと仕事をしていた。例えばキース・スウェットの2008年作『Just Me』。ここに収録されていた”Me And My Girl”のソングライティングとバック・ヴォーカルを担当している。ラッキー・デイが自分の曲として歌ってもサマになりそうだ。

この時、彼はアトランタにいた。2005年8月にNOLAの街を襲ったハリケーン・カトリーナで被災者となったデヴィッドはテキサス州に移り、その後、音楽をやるためにアトランタに移っている。キースとの仕事はおそらくその時期のものだろう。それから今度はLAに向かい、ボーイズIIメン、トレイ・ソングス、メアリー・J.ブライジなどの作品にソングライター/バック・ヴォーカリストとして関与。エラ・メイの“10,000 Hours”や“Own It”にも関わっていた…なんてことは後で知るのだけど。なにしろ彼が“ラッキー・デイ”として世に現れたのは2018年秋。どこにでもいそうな名前のデヴィッド・ブラウンが何者なのか、当時は知る由もない。ラッキー・デイとしてデビューした彼はエラ・メイのデビュー(北米)ツアーにも同行する。

ラッキー・デイとしてデビューする前は裏方としてそれなりにキャリアを積んでいたものの芽が出ず、音楽活動を諦めかけていた時期もあったという。この頃、Dマイルも同じような状況だった。こうして悶々としていたふたりが出会い、意気投合して作り上げたのが、デビュー・シングル“Roll Some Mo”を含むEP『I』(2018年)とEP『II』(2019年)であり、この2枚を合体したアルバム『Painted』だった。ベースやドラムスなどの生楽器を活かし、70年代のソウルやファンクのグルーヴ、90年代後半のR&Bのエッセンスを散りばめながら、トラップなどの現行ビートを適度に取り入れた絶妙な塩梅のサウンド。オールドスクールと今っぽさの合体。それはイコール、Dマイルの作風〜気風であり、left-of-centerを謳うKeep Coolのモットーそのものだとも言える。同じくDマイルが関わるH.E.R.もそんな感じですね。

ラッキー・デイは古風なタイプのシンガーだと思う。ハリケーン・カトリーナによって故郷のNOLAを去る直前、当時19歳だった彼はデヴィッド・ブラウンとして『アメリカン・アイドル(シーズン4)』(2005年)のオーディションに挑んだことがある。そこで彼はサム・クックの“A Change Is Gonna Come”を歌い、ハリウッド予選の切符を手にした。このテのオーディションでは誰もが知る名曲を歌うわけだが、サム・クックにも通じるハスキーな声で実直に歌い込む姿は純朴なサザン・ボーイというか、カルヴァン・リチャードソンあたりを思わせる。最終的に彼はシーズン4のトップ20まで勝ち上がる。勝負曲としてはジャクソン5やスティーヴィ・ワンダーの曲も披露していた。ここで決勝まで行っていたら、今のラッキー・デイはなかったかもしれない。

アース・ウィンド&ファイア(EW&F)が“Can't Hide Love”(75年)を改題セルフ・リメイクした“You Want My Love”(2021年)にリード・シンガーとして招かれたのも、オールドスクールな体質の歌い手であるからこそ。これはもうEW&Fを従えて歌うラッキー・デイの曲と言っていい。プロデュースはベイビーフェイスとデモンテ・ポージー。トニ・ブラクストンの90s R&Bクラシック“Love Shoulda Brought You Home”を原作者のひとりであるベイビーフェイスを迎えてリメイクした“Shoulda”(これはDマイルの制作)が『Painted』のデラックス版に収録されたが、あれと似た手法でリメイクされている。

昨年は女性R&Bアーティストとの共演曲を集めたEP『Table For Two』もリリース。イェバ、マヘリア、アリ・レノックス、クイーン・ナイジャ、ジョイス・ライス、今のR&Bを代表する歌い手ばかりだ。このEP以外でも、ヴァンジェス、キアナ・レデイ、ティアナ・メイジャー9、ネイオ、シニード・ハーネット、セヴン・ストリーター、アリシア・キーズなど、話題の女性アーティストとのコラボは多い。ラッキー・デイを呼べば間違いない、と。R&B界の福男といったところ。

そんなこんなで、2021年からはセカンド・アルバムに先駆けてシングルも出し始めた。アルバム発表までに発表したシングルは3曲。いずれもDマイルのプロデュースとなる。

第一弾シングルは“Over”。以前からライヴでも披露していた曲で、フランシス・レイ作曲の映画主題曲「パリのめぐり逢い(Vivre pour Vivre)」使い。というより、これは同曲を引用したミュージック(・ソウルチャイルド)“Halfcrazy”(2002年)へのオマージュ。その証拠に、2/15(米国時間)に行われたVerzuzのヴァレンタイン・デー・スペシャル「アンソニー・ハミルトンvsミュージック・ソウルチャイルド」でミュージックが“Halfcrazy”を歌った際にはラッキー・デイがサプライズで登場した。ラッキー・デイって、00年代前半におけるミュージックみたいな存在かもしれない。

続く第2弾シングルは“Candy Drip”。これがアルバムのタイトル(曲)になった。金歯のアクセサリー、いわゆるグリルとゴツい指輪つけたブリンブリンなサウス・ラッパー風のジャケットが目を引く。NOLA出身だしなぁ。キャンディ・ドリップ…セクシーな女性とジュエリーをかけているのか、ちゃんと理解できていないのだけど、魅力的な女性に取り憑かれてしまった、でも、何だか思い通りにならない歯痒さが伝わってくる歌。ちょっとぐらついたベースライン、固いスネアの音がアクセントになっていて、霧の中を彷徨っているような気分にもなる。

そしてアルバム発表直前、2022年に入って初めてリリースされた第3弾シングルがリル・ダークを迎えた“NWA”。リリックに警官との衝突を仄めかすようなディープな一節もあって、あのヒップホップ・グループを連想させる。シュコシュコ鳴るリズム・ボックスとキレのあるオルガンの音も印象的。サンプリングのクレジットはないけど、このトラックはティミー・トーマス(先日77歳で他界)のマイアミ・ソウル名曲にして反戦歌“Why Can't We Live Together”をベースにしているのかも。あるいは、同曲を引用したドレイク“Hotline Bling”へのオマージュなのかもしれない。

これらの先行シングルを含めてリリースされたのが、アルバム『Candydrip』。オハイオ・プレイヤーズの75年作『Honey』などを思い浮かべてしまうこのジャケット、顔から胸に滴る液体はローションなのか蜂蜜なのか。バストアップの裸体はディアンジェロ“Untitled (How Does It Feel)”のMVも思い出すが、ファースト『Painted』(オリジナル版)のジャケと連続性を持たせているのかもしれない。どんな意味が込められているのか、わかる方がいたら教えてほしい。

プロデュース、ソングライティングは今回も大半がDマイル(共同制作もある)。Dマイル制作曲の冒頭にスクリューっぽい声でよく入っているプロデューサー・タグ「I think it's time for something new」が聴こえると、ああ、Dマイルがやってるなーと。今回はイントロやインタールードにアレックス・アイズレー(アーニー・アイズレーの娘)も関与。彼女も最近客演しまくっているけど、アレックスの“Good & Plenty”のリミックスにラッキー・デイ(とマセーゴ)が参加した縁もあるのでしょう。本作では端々にアレックスと思われる女声が入っている。彼女は3月30日にジャック・ダインの全面プロデュースによるアルバム『Marigold』を出す予定だ。

アルバムでは、ここのところラッキー・デイの作品で常連となりつつあるマイク“ハニッド”マックレガーもソングライターとして関わっている。US R&B勢のほか、安室奈美恵の曲にも関わっていた人。Dマイルが書いた曲も含めて、ラッキー・デイの曲はメロディやコード進行が本当に洒落ている。

先行シングル以外では、まずスミーノを招いた2曲目“God Body”が上々の出来。ハンドクラップと掛け声が、同じくDマイルが手掛けたジョイス・ライスの“Losing”にそっくりで姉妹編のよう。後半のブラスも効いている。裏声で歌う“Feels Like”は、パーカッションの破裂音なども含めて(80年代の)プリンスへのオマージュだと思う。前作に収録していた“Paint It”の続編といった感じだ。また、“Fuckin' Sound”はディアンジェロのスロウ・バラッドを意識したのではないか。クワイアやオルガンの音も交えてチャーチな雰囲気になる後半も好きだ。“Guess”ではアッシャーのネプチューンズ制作曲“U Don't Have To Call”を引用している。

前作にもあったボッサ・タッチのエレガントな曲もある。チャイルド(Chiiild)をフィーチャーした“Compassion”がそれ。チャイルドはDマイル制作でマヘリアを迎えた“Awake”(2021年)が話題になったが、“Compassion”も同曲を手掛けたチームでプロデュースしている。

ドウェイン・ウィギンス(トニ・トニ・トニ)の息子サー・ディランことディラン・ウィギンスが手掛けたインタールード“Touch Somebody”以降の流れがこれまた美しい。“Used To Be”はマイケル・ジャクソン“The Lady In My Life”にも通じる優美なバラード。M-Phazeとアイダン・ロドリゲスのプロデュースで、彼らは最近だとレミ・ウルフの曲も手掛けていた。前作に収録されたジニュワイン・オマージュな“Karma”にもどことなく似たスロウ・ファンクの“Fever”、イントロからシルク・ソニックぽくノスタルジックに迫る“Cherry Forest”、メロウなサイケデリアともで言いたくなるドリーミーな“Ego”と、ストリングス(ラリー・ゴールド?)も含めたきめ細やかなアレンジにうっとりしてしまった。

新作発表のタイミングで公開されたokayplayerの記事もなかなか興味深い内容だった。R&Bの救世主みたいに言われているけど、本人としては「R&Bという狭い枠に閉じ込めてほしくない。ポップだし、R&Bだし、オルタナティヴだし」とも。数年前、タイラー・ザ・クリエイターがグラミー賞のカテゴリー分けに対して「俺らを“ラップ”や“アーバン”というカテゴリーに押し込めるけど、“ポップ”じゃダメなの?」と苦言を呈していたことを思い出す。とはいえ、ラッキー・デイ、本拠地はR&Bであると考えているようだ。

ちょうど本日(3/18)から、ポートランドでのショウを皮切りに北米ツアー〈Candy Drip Tour 2022〉もスタートする。ツアーにはジョイス・ライスも同行。ジョイス・ライスもケイトラナダと組んだ新曲“Iced Tea”を出したばかり。会場は、全米各地の〈House Of Blues〉をはじめ中規模のライヴ・ハウスがメイン。故郷ニューオーリンズの会場は、ダウンタウンのカナル通り沿いにある〈Joy Theater〉(カレンシーの2015年作『Canal Street Confidential』のジャケもこの劇場前で撮影)。彼のショウは2019年のEssence Festivalで初体験したもののフルでは観ていないので、また観られる日がやってきますように。ダラダラと書いてしまいました…



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