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エラ・メイの新作『Heart On My Sleeve』

エラ・メイのセカンド・アルバム『Heart On My Sleeve』がリリースされた。本国では5月6日発売。輸入盤は通常仕様と別アートワークになるTarget限定ヴァージョン(ボーナス・トラックは未収録)が登場し、約1ヶ月遅れで6月10日には日本盤も発売され(現時点では未入手)、こちらには2016年のEP『Time』からタイ・ダラー・サインとの「She Don't」がボーナス・トラックとして収録されている。

また、日本盤リリースと同じタイミングでベイビーフェイスとのコラボ・シングル「Keeps On Fallin'」のスニペットがインスタグラムなどで公開され、6月17日にリリースされた。このシングルも含め、今回の新作とそれにまつわるアレコレを思いつくままに書き連ねていく。

新作までの歩み

2018年のR&Bを代表するヒットとなった「Boo'd Up」(リリースは2017年)を含むセルフ・タイトルのデビュー・アルバムは同年10月に発表された。その内容については、全米デビュー前からのキャリアも含めて、日本盤CDに掲載(後にUdiscovermusic.jpで公開)した松尾潔さんと私の対談ライナーノーツに記している。現在、キャリアに関してはより詳細な情報がネットにアップされていると思うが、「Boo'd Up」のヒットに至るまでの流れに関しては、この対談ライナーでだいたい掴めると思う。

来日公演(2019年10〜11月)の直前には、デビュー・アルバム後にエラが客演した曲やエラのカヴァー曲などをフォローした拙筆記事も公開している。来日公演は、大好きなエラ・メイをもっと好きになってしまうようなライヴだった。

その後のエラ、つまりパンデミック突入以降の彼女は、シングル数曲のリリースと僅かな客演にとどまり、目立った動きはなかった。とはいえ、僅かな客演がなかなかの大仕事で。まず、アッシャーの新曲「Don't Waste My Time」。ジャーメイン・デュプリとブライアン・マイケル・コックスのアトランタ勢が制作したこれは、松尾さんとの対談ライナーで話していたことが形になったような曲で、我が意を得たりなコラボだった。コ・ライトでは、気鋭R&Bシンガー/ソングライターのヴィドも参加。

ハイ・ファイヴの「I Like The Way」、メン・オブ・ヴィジョン版の「Show You The Way To Go」、トゥループの「Fly Away」、ジャネットの「What's Ur Name」などを溶かし込んだような、TR-808使いっぽいスムーズな曲。これはR&Bファンのツボを突いてくる。

MVには、スヌープ・ドッグ、ジャーメイン・デュプリ、エリック・ベリンジャー、エヴァン・ロスなどなど多くの著名人がカメオ出演していて、この中で歌うエラ・メイが、なんかもうデカい存在になったなーと。

客演では、ナイジェリアのアフロポップ・スター、ウィズキッドの最新作『Made In Lagos』に、US R&B勢としてH.E.R.とエラ・メイが参加。エラは「Piece Of Me」で“エラ・メイ節“としか言いようがない哀感と可憐さが綯い交ぜになったような声でフックの部分を歌っている。プロデュースは、エラの新作にも関わったP2Jが手掛けている。

エラはイギリス(ロンドン)出身だが、アメリカで活動している。日本のメディアではロンドン出身であることが強調され、UK R&Bとして紹介されることもあるが、マスタードと組み始めてからのエラはUSシーンに身を置くシンガーなので、基本的にはUKシーンと関係ない。制作陣もUS勢が中心だし、UK出身のプロデューサーでもハーモニー・サミュエルズ(H・マネー)のようにUSとUKを股にかけて活動する人がほとんどなのだから。UKにはエゴ・エラ・メイ(Ego Ella May)というネオ・ソウル系のシンガーがいてややこしいが、別人です。

思えば、エラ・メイが出演した4年前のEssence Festival 2018は、会場のスーパードームもニューオーリンズの街もエラ一色だった。ちょうど「Boo’d Up」の人気が全米でピークに達していた時で、レストランやバー、クラブ、カーステ、ウォーキングしているお兄さんのポータブル・オーディオ・プレイヤーなど、いたるところから彼女の声が流れてきた。30分の間に4回聴いたこともある。

そんな「Boo’d Up」でエラは瞬く間にR&B界のスターとなった。一方で、今後は否が応でも「“Boo’d Up”のシンガー」という看板を背負い続けていくことになるわけで、それだけに2枚目のアルバムはプレッシャーがかかるだろうな、とも。ソフォモア・ジンクスが思い浮かんだ。

新作『Heart On My Sleeve』

だが、デビュー・アルバムから3年半、届けられた新作『Heart On My Sleeve』が実によく出来ている。“心の内を明かす”と謳ったアルバム・タイトル通り自身の内面を曝け出し、成熟と弱さを同時に見せるようなリリックからは生々しい感情とともに思慮深さも感じられる。アンニュイでありながら華やかさのあるヴォーカルは、もちろん変わらない。

総指揮は後見人のマスタードと彼の右腕ミコ・ヨハネス。マスタードは、彼が主宰する10サマーズ一派のGYLTTRYPらも従えつつ全15曲中6曲をプロデュース。ソングライティングには、前作で「Trip」などを書いたヴァーレン・ウェイド、またプリンス・チャールズも前作に引き続き参加している。

まず冒頭の「Trying」が弦使いの美麗なトラップ系R&Bで、「Boo'd Up」でエラを好きになった人を安心させる。シングルの段階ではまずまずと思っていたボーイ・ワンダら制作の“Not Another Love Song”も、この流れで聴くとしっくりくる。

マスタード以外のプロデューサーとしては、続投となるハーモニー・サミュエルズのほか、Dマイル、ニック・ナック、サー・ノーラン、ジャハーン・スウィートらが参加。だが、基本的にどれもマスタードの作風に沿った作りで、アルバムは全体を通して統一感がある。昨年、エラのSNSではファレルやJ.コールとの作業風景が公開されたりもしたが、今回のアルバムには入っていない。新作に向けてかなりの数の曲を録ったとも聞いているので、それらはいずれシングルや次回作などで日の目を見るかもしれない。

ゲストも、ラッキー・デイ、ロディ・リッチ、ラトといった気鋭のシンガー/ラッパーを招聘。ラッキー・デイ(デヴィッド・ブラウン)は前作の「Own It」でコ・ライトしていたので、念願の共演といったところか。とはいえ、ゲストのカラーには染まらず、どの曲も徹底してエラ・メイの世界。自分のムードを崩さない人だ。

90〜00年代 R&Bへのオマージュは今作でも軸のひとつになっている。先行シングル「DFMU」は、ソングライター・クレジットにドネル・ジョーンズとカイル・ウェストの名前があるように、ドネルの「Where I Wanna Be」(99年)のメロディをさりげなく引用している。

ドネル・ジョーンズの「Where I Wanna Be」はエラのお気に入りのようで、マスタードと出会う前後にドネルの同曲を歌う動画をSNSにアップしていたこともある。

ハーモニー・サミュエルズが手掛けた「Leave You Alone」ではジョデシィの「Feenin'」と思われるコーラスやリリックを織り込んでいる。〈I can't leave you alone〉と歌うところがジョデシィの曲の引用だと思うのだが、アルバムのブックレットには引用のクレジットがないので、“インスパイアされた“くらいの感じかもしれない。

同じく「Break My Heart」も、CDブックレットのクレジットには引用の記載がないが、Geniusにアレクサンダー・オニールの「If You Were Here Tonight」を引用したとあり、確かにギターの音色などはそれっぽい。これをプロデュースしたDマイルは、セヴン・ストリーターの「Taboo」を手掛けた際にも「If You Were Here Tonight」を使っていたので、エラの曲を同じ頃に作っていたとしたら、アレックスの曲のムードを引っ張ってきた可能性はある。

アルバムでは、映画やMVで言うところのカメオ出演的に二組の大御所アーティストが参加しているのも話題だ。

ひとつがパーカッシヴなアップの「Fallen Angel」。これ、たびたび登場するラップの声がリル・キキfeat.ポール・ウォール&UGKの「Chunk Up The Deuce」らしいのだが、皆が話題にしているのは後半に登場するカーク・フランクリンと彼のクワイア(リル・キキとカーク・フランクリンはともにテキサス州出身だが、たぶん関係ない)。彼らの歌が悲しい気持ちをポジティヴに塗り替えてくれるようで、聴きながら熱くなってしまった。

もう一組が「Not Another Love Song」(アルバム・ヴァージョン)と「Sink Or Swim」の終盤でモノローグを披露するメアリーJ.ブライジ(MJB)。これはもう、若きR&BスターのもとにR&Bの女王が人生の指南役として降臨した感じ。ちなみにエラは、MJBが『My Life』をリリースした94年11月に生まれている。

エラとMJBの接近は、R&Bファンにとっては願ったり叶ったり。今年5月、母の日にちなんで行われたMJB主催の「Strength of a Woman Festival & Summit」にもエラは出演した。で、この二人を繋ぐのが、MJBの新作『Good Morning Gorgeous』(先日デラックス版がリリース)でもプロデュースを手掛けたDマイルだったりする。なんかもう、今のR&Bの半分はDマイルで動いている気がする。

ベイビーフェイスの新曲でコラボ

そんな新作の興奮も冷めやらぬ中、ベイビーフェイスとエラ・メイのコラボ曲がリリースされた。冒頭で触れた「Keeps On Fallin'」だ。

プロデュースはベイビーフェイス本人とDマイル。フェイスのSNSでスニペットが披露された時点で予想できたように、これはかつてフェイスとダリル・シモンズが書いたテヴィン・キャンベルの「Can We Talk」(93年)を引用/モチーフにした曲だ。座組みも発想もDマイルの制作でフェイスをゲストに迎えたラッキー・デイ「Shoulda」(元ネタはトニ・ブラクストンの「Love Shoulda Brought You Home」)の続編的なそれ。こうしたリイマジンド〜オマージュ系の曲を作らせたら、近年のR&B界ではDマイルの右に出る者はいない。その意味ではベイビーフェイスよりもジャム&ルイスの作法を継ぐプロデューサーと言えるのかも。

そもそもエラ・メイの「Boo'd Up」は「Can We Talk」ぽいとも言われていたので、これはフェイスによるエラ・メイへのオマージュ返しとも受け取れる。また、松尾さんとの対談ライナーでも触れていたように「Boo'd Up」はフェイスらが制作したジョニー・ギル「There U Go」(92年のサントラ『Boomerang』に収録)をモチーフにした曲だったので、そうした縁もあってのエラとフェイスの共演なのかもしれない。

マスタードではなくDマイルとフェイスが「Boo'd Up」に最も近い曲を作ってしまった。フェイスというよりエラ・メイが主役と言いたくなる「Keeps On Fallin'」は、ベイビーフェイスが今度キャピトルから出すニュー・アルバムの先行曲だという。アルバムの内容やリリース日に関しては、キャピトルから公式アナウンスがあるまで待ちたい。

オールドスクールなR&Bリスナーから「最近のトラップ系にはついていけない」と嘆く声が上がる一方で、最先端の聴き手を自負する音楽ファンからは「90年代のR&Bとか懐古趣味でしょ」と揶揄する声を聞くこともある。両極端な意見かもしれないが、そうしたリスナー間あるいは世代間の断絶を埋めてくれるのがエラ・メイの音楽なのかなとも思っている。

そうそう、新作発表の前に、初期EP3部作『Time』『Change』『Ready』が、「Boo'd Up」を含む『Ready』のリリース5周年を記念して正規アナログ化された。3枚組で、それぞれ盤(カラー・ヴァイナル)の色が違う。これはファン必携ですね。


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