王子様になりたい

私が人生で子どもと旦那の次に愛した人は確実に祖母で、母には愛憎入り混じった感情がずっとあり、それは母が死ぬまで続いたのだが、それはともかく、私は、祖母に、遺言で、「母を頼む」と言われたのだった。
小学校四年生の時のことである。

「あれは弱い人間だから、お前がしっかりしてやってくれ」

明確には覚えてないが、なんか、そんなような事を言われた。祖母は直腸がんで、病院に行くことを嫌ったため、祖母が直腸がんだということは死亡したあとに発覚したことだった。それが原因で、私は警察に取り調べを受けることになる。「なぜ病院に連れていかなかったのか」「保険金はいくらかかっているのか」などと、まるで私が、私と母が、祖母を殺したのではないかと疑われているような気になって、私は下唇を噛み締めながら取り調べを受けた。
母はずっと泣いていて、なんの回答もできなかったため、警察との対話は全て私がした。私は意地でも泣くまいとして、ずっと警察を睨みつけていた。

私は大衆演劇の一座の三代目として生まれ、中学の中ほどまでずっと旅をしていた。私の踊りや歌の師匠は祖母であり、祖母は子役として活躍する私を「筋がいい」「お前の母とは大違いだ」と褒めそやした。
そういったこともあり、私は内心母のことを馬鹿にしていた。母は、根っからの善人で、頭があまりよくなかったため、人によく騙されていた。

祖母は、私のことが好きだった。
私は、祖母のことが好きだった。

そう思っていたのだ。
祖母の遺言を聞くまでは。

結果として、私の祖母への思いは片思いだった。祖母は母のことを愛していた。私への遺言で、母を頼むと言って死んだ。私への言葉はなかったのだ。

祖母が死んでしばらく、また興行が始まった。母は舞台上で泣き、客からの同情を買っていた。
私はというと、どうしても泣けず、それどころか、いち「芸人」として、なんとか祖母の死をネタにできないか、とか、いつか自分が売れるときまで、あの警察の顔と名前を覚えておいて、くそみそに言ってやろうとか、そんなようなことばかりを考えていた。
結果として私の振る舞いは血も涙もないように人々の目にうつり、そもそも私は周りの大人たちから「変な子どもだ」と思われていたので、ますます孤立していったし、誰も私のことを「かわいそうだ」とは言わなかった。意地でも「かわいそうだ」と思われたくなかったのかもしれない。

しかし、内心では、当たり前に、

私は本当はおもいきり泣きたかった。
頭を撫でられたかった。
かわいそうだねと言われたかったし、
がんばったねと褒められたかった。
そして、祖母に、明確に、「お前を愛しているよ」と、言われたかった。

その時に私は思ったのだ。

「この世は弱いものが勝つのだ。どれだけ辛い思いをしていようとも、笑っていられる人間には、いつまで経っても手は差し伸べられないのだ」

そして、昔から好きだったシンデレラや白雪姫やラプンツェルや…そういった物語に出て来る「王子様」はいないと知った。
いや、いたとて、自分のところには来ないであろうということを悟ってしまった。
なぜって、私は、強い、わけではなく、強い、ふりができる人間だから。強い、ふりをしたがるし、できてしまう人間なのだから。

きっと母のもとには王子様がやってくるだろう。だって母は弱いから。守られるべき人間だから。

この呪縛は二十歳をこえてもずっと続いた。

ありきたりな話だが、「お前は強いから」「一人でやっていけるだろ」「お前、俺のこと必要じゃないだろ」みたいな、そんなようなことを、一体何人に言われたか分からない。そして、「あいつは弱いから」「俺が守ってやらなきゃいけないから」「あいつは俺を求めてくれるから」みたいな理由で、まあ、端的に言えば、別れを告げられること、しばしば。恋愛だけではなく友情においてもそういうことはよくあった。

それがあればあるほど私は祖母の遺言という呪縛から抜けられなくなり、呪縛はどんどん強くなっていった。

「でもさ、きっと、おばあちゃんもさ、あなたのこと好きだったと思うよ」

それはきっと、そうだろう。
しかし私は言われていない。
祖母から遺言をもらっていない。
言われていないので信じられない。
私は祖母から愛されていない。

弱くて、善人で、頭が悪くて、人に騙されてばかりいた母は、祖母に愛されていた。もうそれだけで、私は母には一生勝てない。

過去の話を泣きながらできる女は強い、と、私は思っている。本質的に強い。そういう女は殺しても死なない。これは私の恨み節や、自分に対するヒロイックな思いもじゅうぶん含まれているとは思うが、多分きっと真理であると思う。私は泣きながら自分の話はできない。きっと、どんなえげつないエピソードも、笑いながら話してしまう。
それは、「王子様に選ばれなかった自分」を少しでも惨めにさせないための強がりであって、本物の強さではない。ただの悪あがきなのである。

私は今年で35になった。
未だに呪縛は解けないし、王子様は来ない。
旦那も子どもも友人もいるが、その部分において私が満たされることはない。
だって祖母は死んでしまった。
私が愛されていたかどうかは分からない。

前置きが長くなってしまった。
私のもとに王子様は来ない。王子様はいない。

ならばどうするか。

私が王子様になればよいのだ、と、最近思うようになった。

今もどこかで、下唇を噛み締めながら笑っている女の子がいるかもしれない。「お前は強いから」などと言われ、人前でしょっちゅう泣く女のもとへ走り去っていく彼氏の背中を見送る女がいるかもしれない。
私はその子のもとへ飛んでいって抱きしめてやることは出来ないが、こうして、私の文章に触れたりすることで、少しでも、その子の気持ちを楽にできたらいいなあと思う。

大丈夫。
よしよし。
大丈夫だよ。

えらいね。
がんばったね。


愛してるよ。

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