クズ人間と神様人間

今日も一日中考えていたとりとめないぐるぐる思案について言語化してみよっかなーっ書くぞ書くぞ書くぞ

そいえば まえのnoteにも書いていたのだが、このひとは常日頃こんなことを考えてるんだ…というのを踏まえて読んでみてもいいかもしれない。かも…かも?

本題 …まず、今回のおはなしにでてくる すてきな登場人物こと、クズ人間について定義してみよう。今回の場合のクズ人間は、とことんなにをしても誰よりも上手くいかない人間だと仮定してほしい。怠けているとか、やる気がないとか、そうではないのである。人並みにやっているはずなのに、なぜか何故何故か全然うまくいかない それがクズ人間だ。かわいそうだね!

実の所、何故こんな話をするかと言うと、今日1日私はクズ人間役として過ごしたからである。わかりやすく言うと、なにをしてもうまくいかなかった!他人全てが終わらせている作業を、一時間過ぎほどに終わらせたりしたのだ。素晴らしきクズ人間の立ち回りである!なんてことだ!しかもおれ一人だけ!みじめだ!ひどい!……

さて、ここでかわいそうなクズ人間の周りに舞い降りるものがある。それが今回のもうひとつの登場人物、神様人間だ。

クズ人間の日は毎日が大変だ。だってなんでもかんでも上手くいかないのである。運悪く連日クズ人間になった日など目も当てられない。そうすると、人生がどんどんどんどん遅れを取る。どうしよう!このままじゃ周回遅れのおしまい人間になってしまうかも!

そうだ そんな時に現れるのが神様人間だ!  わかりやすく言えば なんてことの無いお手伝いしてくれるやさし〜人間のことだ。事実 今日もとろとろとろと作業をしている私の前に、手を差し伸べてくれた人間がいた。思い返せば、重い荷物をもってクラクラしているとき、苦手なことをいつまでもできないとき、そんなときに彼らはやって来る。

ここで単純な疑問が生じる。 なんでこの人たち おれを手伝ってくれるんだ!? おかしい、かも?見返り…見返り?とりあえず お礼くらいは言うだろう。それが社会常識だし、なによりありがたいからである。けれど、彼らにとってそれ以上のメリットがあるのだろうか?不思議だ。だから 彼らは神様人間なのだ。謎の力に使役され、苦しんでいるぼくらクズ人間のもとに舞い降りる。

さて、彼らは何故手伝ってくれるのか 考えてみようと思う。もちろん、単純な親切心 お友達だから? 目の前で困ってるから! などなど 簡単で道徳的理由はたくさんあるだろう。今回は敢えて、それをとっぱらって 厭らしい考え方で攻めてみたいと思う  今日は  クズ人間の日だし いいよな? クズらしく行こう。

クズ人間のおれの考える、彼らの報酬はこれかと思う。自分ができることを人に説く!教えてやる いいことをしてやる 施しを与えてやる! 神様になる! そう それはきっと気持ちいいんじゃないかと思う それはそれは、すごーくだ。(なんて厭らしいこと!)

こうして 周回遅れのグズを矯正して世界は回っているのだ。

気持ちいい、なんてことを司るのは脳だ。だから、神(神様人間じゃなくて、本物の創造主のほう)はよく考えてるんだなあ〜と思う。思えば、人間を支配しているのは、いつだってほんの少しの親切心と、残り数多の快楽たちなのかもしれない。

さて、今日はクズ人間として一日を全うしたおれなのだが、実の所は昨日もクズ人間だったし、一昨日もだ。ずっとずっとずーっとクズ人間の立ち回りをしている。クズ会の重鎮だ。そんな具合なので、1度でいいから神様人間ごっこをしてみたいのである。この中に、靴ひもが結べなくて、はしがまともに持てなくて、ペットボトルもあけられずベルトも絞められない、最悪のクズ人間に当選してしまった人がいたら名乗りを上げて欲しい。きっと、世界で1番親切なこの私が 神様人間として救いに行くだろうから!

おわりです あったかくして寝ようね。


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