薄くて濃いつながり

たまにしか会わない人と突っ込んで話すと、新たな発見をすることがある。

典型的なのは自分の変化について。それこそ「太ったな」「やせたな」みたいな外見の話から、「昔こんなこと言ってたよな」みたいな考え方に関する話、「あの頃アレにハマってたけど今やってんの?」みたいな行動や環境に関する話まで。

人が時間の経過とともに変わっていくのはごく自然なことだが、いつも会ってる人だと、少しずつ変わっていくから変化に気付きにくいし、今の姿や状態に慣れてしまっているから話題にも出ないけど、たまに会う人にはそれが大きな変化として驚きの対象になったりする。

自分は自分自身に最も近い存在で、自分のことはたいてい知ってるわけだから、そういう変化に意外に気づいていないことがある。だから、そういう驚きをぶつけられると、自分自身でも「あっそういえば」と気づかされるわけだ。

それ以外にも、自分とは異なる環境、異なる立場の人との話は、新たな視点、新たな考え方に触れることができて刺激になる。特に、まったく初対面の人ではなく、以前深く関わっていた人、ときどき接触のある人のように、ある程度気心が知れている人の方が、突っ込んだ話がしやすい(このあたりは人によるのかもしれないが)し、新しい刺激を受けたときの共感や理解もしやすいからなおよい。

Granovetterの「弱い紐帯」の話と似ていて、少し違う。単に情報の広がりという話だけでなく、どれだけ深い情報を得られるか、新たに得た情報をどれだけ信用できるか、といった要素が加わっているのだろう。

というわけで、「薄くて濃いつながり」はよいぞ、という話。

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