伝統は守らなければならない

2005年3月にブログに書いた文章。全文公開で投げ銭的な有料設定をしている。

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世の中にはいろいろな伝統がある。女性は土俵に上げない。50年間国会議員をやると国会に銅像が置かれる。1人殺しただけでは死刑にならない(これは先日破られたが)。右手にナイフ、左手にフォーク。神社では二礼、二拍手、一礼。合併したら社長以下たすきがけ人事。敵対的買収はしない、というのは伝統とはいえないだろうが、敵対的買収に反対する人たちの中には、その成功確率が低いからではなく、和を乱すこと自体が許せないという理由、つまり和を重んずる日本の伝統に反するといった理由で反対する人たちがけっこういるから、その意味では伝統のようなものかもしれない。

伝統は大事だ。何らか実際の必要性がある伝統はもちろんだが、そうでない伝統も大事だ。私たちの社会は、先人たちが築き上げた伝統の上に立っている。伝統のない社会は根無し草のように漂うばかりだ。そういう社会の人々はよりどころなく不安を抱え、ちょっとした変化にも右往左往する。伝統はいったんこわしたら永遠に失われてしまう。維持すること自体に価値があるのだ。

とまあこうなるわけだが、これが時代の変化とともに、だんだん実態に合わなくなってくる。とすると、変えたほうがいいという人たちが出てくる。伝統などくそくらえ。こちらが新しい考え方だと。しかし、現状維持派は動かない。いやそれはちがう。これまでそうやってきたのだからこれからも守っていこう。これが一番いいやり方なのだ。何しろ、現状維持派はたいてい現状での強者だから、そう簡単には変わらない。

正論からいえば、「伝統を守ったほうがいい状況なら守ればいいし、変えたほうがいいなら変えればいい」ということになろうか。伝統は必要があって生まれたもので、必要があって維持されているのだから、必要がなくなったら変えればいいのは当然のことだ。

しかし、だ。たいていの場合、社会の中には伝統を守ることに利益を見出す人と、伝統をこわすことに利益を見出す人がいる。このように利害が対立している場合、上記のような正論は、正論だが説得力がない。異なる意見を持つ人に対する説得力が、だ。いくら自分が正論だと思っても、圧倒的な力を持っていない限り、相手を説得できなければ事態は進展しないことが多い。こういうデッドロックに陥った問題を、私たちはいろいろなところで目にしている。

利害対立を解くのはむろん容易ではないが、議論の前提となっている「伝統は守らねば」については、思うことがある。

多くの場合、伝統を作った人は、それまでの伝統を壊した人だ。これは、伝統に反していないのだろうか。和を乱す行為ではなかったのだろうか。もし過去の例を守ることがいいことならば、新たに伝統を作ることは悪いことだ。何も新しいことをせず、先人から受け継いだものをそのまま次の世代に渡すのがいいということだ。それがもし伝統なら、私たちの社会には何一つ新しいものは生まれない。1万年前の人々の生活様式を守って、洞窟に住んで木の実を拾って暮らしたいか?

たとえばだが、国会議員を50年やって初めて銅像を国会に設置した人は、それまでなかった慣習を作り出したという点で伝統に反している。女性を土俵に上げるのが伝統に反するなら、女性が横綱審議委員会委員になるのも伝統に反している。いやそもそも横綱審議委員会なる制度自体がほんの半世紀ほどの歴史しかない「伝統破り」だ。とすると、「守るべき伝統」とは何だろう。

で、つらつら思うのは、新しいものを取り入れることこそが、私たちの伝統ではないのか、ということだ。そもそも日本人自体が複数の民族の入り混じりでできているし、ことばだって複数の言語や文字を取り入れている。文化に至っては何でもありのごちゃまぜだ。それをうまく消化し、自分たちに適するよう改変して取り入れて出来上がったのが、私たちの社会ではないか。いやもちろん日本人だけではない。人間というものの本質ではないかと思う。

つまり私たちは、伝統を守ろうとすれば、伝統を破り続けていかなければならないのだ。なんだかパラドックスっぽいが、それが実態だ。伝統を破らせたのは、実際の必要性であったり、そのときの人々の好みであったり、いろいろだろう。特にこれだという法則はなさそうにみえる。とすればこれも伝統だ。私たちは必要に応じ、または好みに任せて、伝統を変えていこう。それがわが国始まって以来の正統なる伝統ではないだろうか。

とはいえ、逆に伝統を守ろうとする人々がいるのもこれまた伝統。2つの力のせめぎあいもまた伝統だ。つまり、私たちが今経験しているすったもんだの大半は、古式ゆかしい伝統にのっとったわが国のやり方、なのかもしれない。とすると私たちの社会は、伝統を破るという伝統を守り続けている人たちと、伝統を守ることで伝統を破り続けている人たちからなるわけだ。なんともややこしい話だな。

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文章はここまで。一応投げ銭的な趣旨で有料設定にしておく。もしお気に召しましたら、ということで。

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