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とあるクリスマスにまつわる話(トラカレ2020冬)

 これは、わたしの友達との、昔話──とは言っても、ほんの数年前だけれど。
 
 わたしの友達は、サンタに憧れていた。
 ここで言う"憧れていた"とは、何歳になってもクリスマスイブの夜にサンタクロースが訪れるのを待っていたような微笑ましい感じとは少し違う──いや、これも微笑ましいうちに入るのかも知れないけれど、他の人がどう捉えるのかはわからない。
 あの子は、サンタクロースに"なる"ことを夢見ていたのだ。
 いつからそんなことを言っていたのかは覚えていないけれど(覚えていないのだから、たぶん結構な子供の頃なんだろう)、初めは「こいつは何を言っているんだろう」としか思わなかった言葉も、覚えていないほど何度も聞き続けていれば慣れてくるし、キラキラした瞳で将来はサンタになるんだ! と声を上げる彼女を見ているのも嫌いじゃなくなっていた。とは言っても、まさか本当に彼女がサンタクロースになれると思っていた訳も無くて、ただ笑って聞いていただけなんだけど。
 あの子とはずっとそんな感じで過ごしていたのだけど、高校に入っていくらかした頃に変化が起きた。
 
 本格的にサンタクロースを目指し始めたのだ。
 
 全ての元凶は、商店街の端に店を構えるリサイクルショップ(と、名付けられたガラクタ屋)の女店主である。
 わたし達は掘り出し物探しと怖いもの見たさで時折このボロ家を訪ねていたのだけれど、その日は店に入ってきたわたし達を見るなり声をかけてきた。
「若人たち、良いところに来たね。今日はスペシャルな品物がある」
 そう言って取り出したのは、『サンタクロース選抜試験出願書』と書かれた謎の書類だった。
「何ですかそれ。フィンランドだか何処だかの団体に入れるんですか」
「いやいや、トナカイにソリ引かせて空を飛ぶ本物よ」
 そんなわけ無いだろ子供向けグッズかよ……と思うわたしを余所に彼女は大興奮で書類一式に加えて試験対策問題集(2500円)を購入、サンタクロースへの道を本格的に歩み始めた。それまでは特に中身の無い意気込みだったサンタ願望は一気に具体性を帯び、翌日からは彼女との会話内容に服装規定やらソリの交通法規やらの話が大量に盛り込まれ、不本意ながらわたしの脳にもそのいくつかが刻まれてしまった。この皺が今後の人生で役に立つことは恐らく無いだろう。
「あんなもの売りつけて、何考えてるんですか」
「うちは何も強制しとらんよ」
 試験問題を聞かされる日々に辟易としてきた頃、女店主にそう文句を言いに行ったのだが、のらりくらりと流されるばかり。
「最初から胡散臭いって言ってるんですよ」
「偽物を売りつける趣味は無いし、そこは信じてもらうしか無いねぇ」
「証拠を出してくださいよ証拠を」
「ただの書類に鑑定書が付くわけなかろう」
「ぐぬぬ……」
 悔しいが言い返せない。
「い、いや、わたしの友達に変なもの売りつけてよくわからない勉強させて、遊んでるのが良くないんです!」
「子供がヒーローやお姫様になりたい、言うんと変わらんよ。友達の夢なら応援すれば良い」
「もう高校生なんですよ? 夢見るのは楽しいですけど、現実的な目標だって考えるべきですよ」
 そう、そうだ。進学とか就職とか、考えることがたくさんある時期だ。友達がフラフラして後々苦しむ姿なんて見たくない。
「進路指導の仕事はしとらんからねぇ」
 結局そんなふうに言われるばかりで、成果無く帰る羽目になるばかりだった。くそ、無責任な大人め…….

 そうして彼女の気は変わらないまま、むしろ熱は強まりながら時間は過ぎて、反比例するように空気の冷える季節になった。
 休日の夕方、昼間に買い物を終えて部屋で一息ついた頃に彼女から電話が来た。
『ちょっとお話したいんだ。今から出られないかな?』
『直接、会って話したいことなの』
 電話越しにそう告げる声も、待ち合わせ場所に来た彼女の顔も、普段のそれよりひどく深刻な色をしていた。
「試験を受けに行くんだ。急になっちゃうけど、今晩には出ないといけなくて。だから、その前にちゃんと挨拶したかったの。それに……謝りたくて」
 行ってしまうなんて思ってなかった。そんな事を言われるんじゃないかと思っていた。真逆の考えが頭の中をぐるぐると回って、口からは何も言葉として出力されない。
「いつも私のこと、気にしてくれて。それなのに、それを全部無視するみたいになっちゃって。本当にごめんね」
「だけどね。やっぱり夢だから。どうしても叶えたいんだ。だから、行かなきゃ」
「……どうして、」
 そこでようやく声が出た。
「どうして、サンタクロースになりたいの? そんなの夢にしてる人、他にいないよ」
 ああ、わたしは、この答えを知ってる。
 昔から、何度も聞いてきた。
 
「だって──サンタクロースになれば、世界中みんなにプレゼントが届けられるでしょ?」

 今までも聞いてきたのと、全く変わらない答え。何度聞いても訳が分からない。
 でも本当はわかる気がする。
「そんなこと、しなくてもいいのに」
 だから、やめてほしい。
「サンタになって、世界中飛び回ったって、きっと何も変わらないよ」
 世の中がそんなに綺麗だなんて、わたしは信じてない。だけど、
「うん。そうかも」
 この子はきっと信じてるんだろうな。
「それでも、やりたいんだ」
「──そっか」
「ごめんね」
「謝ることじゃないでしょ。夢、叶えに行くんだから」
「そっか、うん。ありがとう」

 それから、出発の時間まで話をした。
「その、試験? 終わったら、すぐ帰ってくるの?」
「合格したら、そのまま研修なんだって。優秀ならそのまま業務に入るらしいよ。すごいでしょ」
「何を威張ってるのかわかんないけど……じゃあ、不合格で泣いて帰ってくるのを待ってるよ」
「落ちたら傷心旅行で世界一周して帰って来るかも」
「豪遊してるじゃん」
「私の心を癒すには、世界くらいの包容力が要るんだよ」
「わたしで我慢しとけよ。お小遣い無くなっちゃうぞ」
「確かに。お財布からっぽになっちゃうから、落ちたらすぐに帰ってくるね」
「……じゃあ、夢が叶ったら、しばらくお別れか」
「いい子にしてたら、すぐ帰ってこられるよ。サンタだもん」
「じゃあ、会いたい気分じゃなかったら非行に走ればいいんだね」
「ふふっ、ひどいなぁ……それじゃ、そろそろ行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
「……あのね?」
「うん、何?」
「本当はね、たぶん、こうしてずっと何もせずに笑っていられればいいって思ってた」
「知ってるよ。私もそう」

 そのまま彼女は行ってしまって、そのまま数年が経って、まだ帰ってくる気配は無い。携帯も圏外のままだ。周りの人たちも、今ではそんな人は元から居なかったみたいに過ごしている。
 わたしなりに毎年いい子に過ごしていたつもりなのだけど、本場のサンタクロースの審査基準は厳しいらしい。年々自分が品行方正になっていくのを感じる。
 今年も空気の冷たい季節になってきて、あの日部屋に仕舞ったクリスマスプレゼントは今年こそと思いながら仕舞われたまま。古臭くなる前に、中身だけこっそり取り換えてしまおうか悩んでいるけど……そのままにしてしまいそうな気がする。
 

**************

「なんでこんなお話になってしまったのか……」
 やたらと寂しい話が書かれた原稿を読んで、私は首をかしげていた……いや、書いたの私なんですけど。
「気分転換に時期ものの明るい話でも書こう! って思ってたはずなんですけどねぇ」
 手の赴くままに書いていたら出来上がったものは、まるきり自分の何処から出てきたのかわからない代物だったのでびっくり。
「まあ、普通にお蔵入りですかね」
 そう独り言ちて、待ち合わせの時間が近いことに気づく。今日はアーヤさんたち三人と約束があるのだ。
 机の上を片付けて、服を着替えて、鏡を確認して、
 お気に入りのヘアピンを付けて、もう一度鏡を確認して、部屋を出た。



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