彼との電話で僕は月が本物である、本物たらしめることについて説明した瞬間

そんな気は話す手前には全くなかったけれど言いたくなった 彼はいう

月は満ち欠けを繰り返してまたいつものように暗い夜空を暖色の優しい光で照らしている
あの蛍光灯の態とらしいとげとげした光とは違って月は太陽の光を帯びている
だからあの蛍光灯とは決定的に違うのである
確かにもっともらしいと思った

僕は月はどんなに形が変わってもまたそこにあるのであってそれは小さい頃の月を月であると認識するずっと前からそこにいて今日も欠けているけれどもそこにいた
残り続けるということには価値があって、それ自体にのみによって月を語ろうとするのならあの蛍光灯と同じであって、
意味のあるものは得てして残るということで
残るということすなわち意味があるということではないのである

残り続けることを願うということは事物を見ているのではなくて単なる自分の願望の投影を追いかけているだけで空っぽで無機質でニュートラルで

月を見る
満月で綺麗だと素直に喜ぶ
新月なら少しさみしくなる
三日月なら爪みたいとあの日を思い出す

そうやって意味を見いだせるようになった月がまたいつかの空にも浮かんでいるようにきっと大丈夫さと自分に言い聞かせる
ねます

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