干天

雨ごいは必ず成功するらしい。秘訣は、雨が降り続けるまでやる事だそうだ。まあ、賭けに出てやってみたら運良く降ったか、死ぬまでやらされた…気象の知識のあるやつが雨の予兆を見てやった。事の真相はそんなものだろうとは思っている。そして…この国で雨が降らなくなってから10年。誰も雨ごいはしていない。
なぜ、雨ごいで一儲けするってやつも現れないくらいのこんな状況になったのか誰も分からないらしい。気象学の権威だか何かが適当な仮説を並べていたが、「なぜ?」に明確な答えを出せなかった。まあ、科学的に誠実になると断言とかできないし仕方ないな。
しかし、事態は深刻ではあったが致命的ではなかった。この国は海に面していて、海水を真水に変える技術をもっていた。そのおかげで、産業構造や外交関係が大きく変化せざるを得ないくらいには深刻な状況ではあったが、国民が何人も死ぬとかそんな事態にはならなかった。最初の2年くらいに熱中症で倒れるやつや、死んでしまうやつが例年の数倍になった程度だ。
そのうち、国民も「雨は降らない」という前提を受け入れ始めた。農業従事者は仕事を変えるか、海沿いでほとんど水の必要としないブランド野菜だかを作るやつが現れたりした。工場関係は徹底して水を再利用しまくるシステムを作った。そのうち、この国のほとんど水を使用しないシステムを他の国も参考にしはじめた。良いのだか悪いのだか分からないが、人はたくましいという事だ。
私は何をしているかというと、国境警備の仕事についている。こんな雨も降らないような国に密入国しようというやつらを捕まえる。それが私の仕事だ。雨が降らないという異常事態に対して上手く乗り切って産業構造を変えたお陰か、この国はすさまじい発展を遂げた。そのおこぼれに預かろうとして、隣国の貧民がやってくる。そいつらを捕まえてさっさと隣国へ送り返してやるのがこっちの仕事だ。
いつものように、隣国へ捕まえた連中を護送していたら、護送車のタイヤがパンクしてしまう。どうやら、密入国者の仲間がしかけた罠にひっかかったようだ。段々と手がこんできたな。まあ、襲ってきた連中とにらみあってから数時間、隣国からの応援もあってあっさりと事態は収束した。しかし…いろいろな手続きをしなければならず、私はこの国にしばらく留まる事になった。
隣国の中心地まで行って、色々と話をして、本国へも状況を報告するメールをだす。その合間、腹が減る。一応、隣国が食事を用意するのだが…私の担当をしていた役人が親切な奴で「せっかくだからお食事にでもいきましょう」と夕食に誘ってくれた。
なかなか美味い店で食事をして、一息つき役人と話していると急に窓をたたく音が聞こえる。外を見ると雨が降っていた。もう何年も見ていなかった光景。しばらく私は、その様子に呆然としていた。「干天の慈雨」という言葉が頭に浮かぶ。役人がホテルまで送ってくれて、私は自室で明日の用意をすませぼんやりと雨音に耳を立てていた。
窓を開けると土砂降りだ。窓から手を伸ばし、雨粒を受けてみる。胸が急にあつくなってきた。もう、とうになくしてしまったものを見てしまった。かつて、私達に与えられた恵み。どうして…どうしてアナタはいなくなったんだ?私は妙な悲しみに襲われ、逃げるようにベッドに入って電気を消した。雨音がずっと鳴り響いていた。
翌朝、すっかり晴れわたった空の下、水たまりに石を投げて出来る波紋を少しの間ながめて、もう自分の故郷で見ることのない、天からの慈しみに…

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