エルンスト・ユンガー『ヘリオーポリス』

 第一次世界大戦時に従軍し、勲章を受けた軍人にして文学者エルンスト・ユンガーの、積極的にそう話すことのできる代表作。それが『ヘリオーポリス』である。

 この文学者はヴァイマル共和政ドイツにおける右翼革命家(或いは左翼的右翼)と称され、ドイツがナチ党によって支配されることから、その政治的立場の解釈は前知識なしには不可能であろうと思われる。

 その上でこのエルンスト・ユンガーなる作家を、様々な前提知識抜きに語るのであれば『不能的冒険家』であろうと私は考える。
彼自身はある種の魔術的領域と現実主義の入り混じった冒険譚に惹かれる一青年であった。しかし、もはや時代は彼に未知の探検領域を(少なくとも彼にとっては)あまり残してはいなかったのである。

 しかし、彼の想像力の翼は古代から未来に至るまでの領域にまで伸びており、その心底にある冒険心が一種の不全を来した。そうした不能感がこの様々な領域に飛躍しながら自己の記憶領域に帰結する彼の小説『ヘリオーポリス』には表れているように思う。
故に、彼自身の経歴と彼の中にある純粋な欲望の不全、認めることのできない敗北感が入り混じったその心情は正しくヴァイマル共和政と後の分断されたドイツの風土から生じたもののように思える。

 端的に評するならばこの小説は面白い。面白いのだが……基本的に、積極的に他人に勧められる気がしない。前提としての知識領域は幅広く、そもヴァイマル共和政に興味のない人間にとっては酷く退屈なもののように感じ取れるであろうと思われるためである。……その上でこの作品に手を伸ばそうという人々に勧めておきたいのだが、まず彼の著作『砂時計の書』から入って、次にヴァイマル共和政について知ってからにするべきであろうと思う。

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