黒甜郷裏

電車内で座っていると、睡魔に襲われた隣席の人間から傾倒されることが往々にしてある。私の肩が寄りかかるのに至便だからというわけではなく、ベンチに座っている人間は猫も杓子も眠っているのである。元来、生物にとって睡眠の時間は無防備極まりなく、ややもすれば命の危険すらある。それにも拘らず赤の他人に身を委ね、微睡む姿に懐疑の目を向けてしまう。羽毛の布団より筋繊維の肉塊の方が眠りやすいんだろうか。彼らにとって、ゼロ距離で他人と接触する車内は不可侵の安寧の地なんだろうか。昼休みには黒甜郷裏に遊んでいるんだろうか。思索を巡らせても判らないものは判らないので、慣性力に仮託して押し返すことにしよう。

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