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アマルティア・センによる福祉基準human welfare 3

 アマルティア・センによる考察を現代厚生経済学として述べていくことにします。厚生という名称は適切ではないかもしれませんが、価値の問題に真正面から取り組んだ先輩への思いを込めて、この名称を使っておきます。センの議論は社会福祉の教科書にもすでに用いられており、福祉論を語るときに欠かせない存在になっております。広義の福祉としての人間福祉にとって重要な存在になっているというべきでしょう。
 彼は、効用の個人間比較が放棄される時に、残されるのは、まずはパレ-ト最適即ち「個人の効用を減らさずには誰の高揚をも増やせない状態」という価値基準であることに注視致します。しかし、この効用が福祉を反映することを是認はするものの、センは人間の生のなかにある多様な価値的側面をそれのみで測ることに率直な疑念を呈します。そうして人間の生の成果を念頭に置いて、そこには「目標、責任、価値などを形成する能力を持つエージェンシイの面から」見る視点が必要であるとするのです。このエージェンシイについて触れねばなりません。効用は確かに福祉内容を表現してくれます。しかし福祉の広がりを示し表すことはできません。福祉は効用という用語では表現しきれない深さと広がり、人間の主体的側面の奥深くの可能性を内包しています。それをも表現するためには別の用語が必要だと彼は考えているようです。その必要を充足するためにエージェンシイという言葉が選ばれているのだと思えます。それは福祉内容という多様な価値世界を示すとともにそれを達成していく主体的側面をも表現できる言葉です。それはそのような主体と作用という動的な動的状況を教えてくれる用語といえましょう。加えてその作用は価値達成の可能性を包含することを通じてその主体の働きにおける自由をも表現してくれます。またそのような成果を達成する条件をも包括的に表現してくれる言葉でもあります。センはこのような包括性を求め方向性として位置付けているのです。このベクトル性、まさに価値方向性は、人間が持つ可能性を主体性の基にまた条件形成をも伴い創り上げていく。その可能性は表面に留まらず、潜在能力の発揮という深さをもって発揮していく。これはまさに社会福祉がこれまで求めてきた潜在能力の発揮という実践課題と一致することだということ、いうまでもありません。センの議論は彼の言葉でいう潜在能力アプローチ capabilities approachそのものなのです。社会福祉がこれまで実践課題としてきたどのような生き辛さを持った人でもその人がそれぞれに持つ能力其れも潜在的にもつ能力の開発をも含めて発揮できる状況を創り上げていく。センはこの価値の世界をベクトル性として示してくれたのです。ここに人間における普遍的価値が表現されているといえましょう。人間が形作ろうとする方向的価値をセンの現代厚生経済学は教示してくれるのです。人間福祉学は、これを所与としてないし前提として出発していくことになるでしょう
 次にわれわれはこの全ての人間が個々において能力発揮を可能にしていく条件領域に関する議論をしていくことになります。それは、主体的人格論、生活構造論、それを可能にする社会構造論などという領域に渡ることになります。

以上の議論は、牛津信忠著「社会福祉における相互的人格主義 Ⅱ」11-22 久美出版、2008年を参照。


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