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稀代の名作『王様ランキング』特集

原作コミックのみならず、アニメ作品としても2020年代の傑作と評される『王様ランキング』アニメファン以外も巻き込んだ作品の魅力に迫る。

心を打つ健気さ 主人公「ボッジ」

国の豊かさ、抱えている強者どもの数、そして王様自身の強さから「王様ランキング」の順位がつけられている世界。主人公のボッジの父ボッスはランキング七位を誇る剛力の王だったが、物語はこのボッス王が亡くなるところからスタートする。しかし、ボッジは生まれつき耳が聞こえず、口もきけず、まともに剣すら振れぬほどの非力さ。だれがみても弟のダイダのほうが次期王にふさわしい。
だれからも馬鹿にされ、臣下にも見限られるボッジだが、怒ったりひねくれたりもせず、ひたすらに心が優しく、良い国王になるための努力を惜しまない。あらゆる困難がふりかかっても、常に前を向くボッジのひたむきさ、健気さに心を揺さぶられない人はいない。見る人が抱える、あらゆるコンプレックスに立ち向かう「勇気」をボッジは示してくれる。だからこそ名作なのだ。

ボッジの「善意」が周囲を変えていく物語

唯一ボッジの力を信じる仲間のカゲは、暗殺集団「影の一族」の生き残りで、作品中唯一ボッジの言葉を理解できるキャラクターだ。カゲは家族も失い、一人で生きていくなかで泥棒のようなこともやっていたが、ボッジの大きな優しさに触れ仲間となる。その後、ボッジに対して絶大な信頼を寄せるようになる。物語はこのカゲとボッジを中心に進行していくが、彼らに関わる人物たちはみな思惑があって動いている。ただ、ボッジの一点の曇りもない「善意」に触れていくなかで、やがて自身と向き合い、己の身勝手さや小ささを思い知り改心していく。
この作品は、ボッジを介して登場人物たちが自分自身と向き合って、「大切なこと」とはなにかに気付いていく。継母であるヒリングも冷徹な人物のように見えて、ボッジとの時間を回想し愛の深い人物となっていく

王道の冒険譚 度肝を抜いたアクション

一見アニメのトレンドからはかけ離れたキャラクターデザインは、原作の雰囲気を大事にしつつ、現在隆盛を誇る「異世界モノ」とは一線を画すことに成功した。このことによって王道ファンタジー作品として、アニメファンのみならず、普段アニメを見慣れない視聴者からも支持を集めた。
 弟のダイダが国王の座につき、非力なボッジが真の国王にふさわしい人物になるために「外の世界」に修行に出ることで、冒険譚としてもまったく見飽きない展開。他の国の国王との出会いや、自分の長所にも気づけるような剣の修行もあり、父ボッスの真意にも気づくようになる。
 圧巻はアクションシーンの演出。激しい斬りあいなどを一切しないボッジの戦闘シーンを、それでもドキドキしながら見られるような工夫が随所にちりばめられていて一見の価値あり!

「許す」という行為の美しさ

私は『王様ランキング』の最高の魅力は、「許す」という行為の美しさが描かれている点にあると思っている。
 臣下を二分した次期国王問題で、ボッジとダイダのどっちにつくか、という苦しい選択。ダイダ派についた臣下を、ボッジは許すのである。さらに、外の世界に出たときも、ボッジは護衛としてついていた四天王のひとりドーマスに崖に突き落とされたにもかかわらず、彼の苦しい立場を理解して許すのだ。
 自分をないがしろにした人たち、自分を馬鹿にした人たちすら「許す」というボッジの行為は、容赦ない「叩き」が可視化された現実世界において非常に美しい行為に見える。この作品に「完璧」で「潔癖」な人物はでてこない。だからこそ「許し」がある。この作品が見る人に常に「希望」を与えてくれるのは、まさにこの点なのだと思う。

Text/サンキュータツオ

サンキュータツオ プロフィール

1976年東京生まれ。漫才コンビ「米粒写経」として都内の寄席などで活動。
早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了。
アニメ、マンガなどを愛好しており、二次元愛好ポッドキャスト「熱量と文字数」を毎週水曜日配信。「このBLがやばい!」選者、広辞苑第七版サブカルチャー項目執筆担当者。一橋大学などで非常勤講師も務め、留学生に日本語や日本文化も教えている。Twitter:@39tatsuo