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音楽ライターが語る“音楽ファースト”なオーディション番組

音楽系のオーディション番組というものがずっと苦手だった。その理由は主に2つ。一つは、選ぶ側と選ばれる側の圧倒的な立場の違い。オーディションの参加者はどうしても審査員やプロデューサーの目を気にして、気に入られようとしてしまう。審査する側のほうも(当人にその意識はないにしても)参加者の運命を左右するポジションになることで、どうしても高圧的になりがち。その不健康な関係性に視聴者として耐えられなかったのだ。
もう一つの理由は、これはテレビに限ったことかもしれないが、「それ、音楽に関係ある?」と内容が多すぎること。キャラを見極めるみたいな理由でボーカルやダンス以外の要素が審査項目に入れるのは、大袈裟かもしれないが、「音楽を志している若者をバカにしてない?」と思ってしまうのだ。筆者が「THE FIRST」にのめり込めているのは、この2つの要素が(おそらくは意識的に)取り除かれているからだろう。

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SKY-HI(AAA・日高光啓)が代表をつとめる株式会社BMSGが主宰するボーイズグループ発掘オーディション『BMSG Audition 2021 -THE FIRST-』。SKY-HIが自費1億円を投じたことでも話題を集めた同オーディションの中心にあるのは、彼自身の“埋もれている若い才能が非常に多い”というシリアスな問題意識、そして、“アジアはもちろん、世界のマーケットに挑戦できるボーイズグループを作りたい”という明確な目標だ。その評価基準は「クオリティファースト」「クリエイティブファースト」「アーティシズムファースト」。つまり、音楽の質やパフォーマンス、創造性を最優先する姿勢だ。
さらに特筆すべきは、SKY-HIが敬意を持って参加者に接していること。歌やダンス、ラップなどを自由に披露してもらう2次審査の段階から彼は、すべての参加者――ダンスの世界大会で優勝経験のある人から、歌もダンスもまったくの未経験者まで――アーティストとして扱い、最大限のリスペクトと感謝を表し続けている。Huluで配信されている完全版を見ている方はご存知だろうが、こんなにも「最高のパフォーマンスをありがとうございました」という言葉を参加者に投げかける“審査員”は他にいないだろう。また、それぞれの参加者に対し、「あなたの魅力はここです」「こんなところに才能を感じました」「ここを伸ばせばさらに良くなると思います」と成長を促すようなコメントが多いのも印象的。このオーディションに受からなかったとしても、それぞれのキャリアは続くはず。であれば、何かしら有益な体験をしてほしいーーそんな誠実な思いに溢れているのだ。
“音楽ファースト”“参加者に対するリスペクト”に象徴される「THE FIRST」のスタンスは、番組内で本人の口からも語られている通り、SKY-HI自身の経験に裏付けれれている。アイドル視されがちなボーカル&ダンスグループのメンバーとして人気を博する一方、10代の頃からアンダーグラウンドのヒップホップ・シーンで活動。そのプロセスのなかで彼は、“アイドルがヒップホップなんておかしい”という誤解と偏見に苦しんできた。たまたま彼には才能があり、きつい状況を突破できる知性や精神力を持っていたわけだが、そうでなければ(言葉を選ばずに言えば)まちがいなくつぶされていた。“これからの時代を担う若いアーティストには、自分と同じような辛い経験をさせたくない”という強烈なモチベーションに貫かれていることこそが、「THE FIRST」の核なのだと思う。

「音楽と、彼らの心や感情、人生そのものとの距離を縮めるため、審査のためにも育成のためにも絶対に必要」という確固たる理由で行われた4次審査(クリエイティブ審査)には、「THE FIRST」と特徴がこれまででもっとも強く表れていた。3次審査を勝ち抜いた15名を3つのチーム(TEAM A/TEAM B/TEAM C)に分け、同じトラックを用いてオリジナル曲を作り、パフォーマンスするという審査だ。参加者たちは協力しながらリリック、メロディ、コレオグラフを作り上げるのだが、経験、年齢、性格、音楽的志向を含め、すべてが異なるメンバーがいきなりチームになり、楽曲やパフォーマンスを生み出すのは言うまでもなく、とんでもなくハードルが高い。当然、上手くいくチームもあれば、そうでないチームもあり、メンバー同士がぶつかったりもする。その様子を正確に捉え(4次審査は1か月の合宿だが、SKY-HIも基本的に参加者と寝食を共にしていた)、適切にアドバイスを与えるSKY-HIの姿勢は、はっきり言って審査員の役割を超えていた。その真摯で丁寧な接し方、そして、彼の言葉を受け取り、驚くべき成長を遂げる参加者の姿には、どうしても心を揺さぶられてしまった。そもそもMatt Cab、MATZというトップクリエイターが提供したトラックをもとに曲を作り、SKY-HIの助言を受けながら制作のプロセスを経験できること自体、彼らにとっては大きな財産だろう。

3チームはそれぞれの個性とパートナーシップを活かしながら、本当に素晴らしい楽曲とパフォーマンスを生み出した。3チームがどんな思いを込めて曲を作り、それを披露したかは、ぜひHuluの完全版でチェックしてほしいが、個人的に強く感銘を受けたのは、順位発表時における「順位が下がっても評価が下がった人はいない」というSKY-HIの言葉だった。このコメントが意味するのは、“参加者に対する評価と、このオーディションに受かるかどうかは別”ということだろう。オーディションの目的は、主催者が求めるタレント(≒才能)を発掘すること。「THE FIRST」の場合はSKY-HIがイメージするボーイズグループの像に合うかどうかがポイントなのだが、そこに合致しなかったからと言って、参加者の才能が否定されるべきではない。競争が激しくなる今後の審査を見据え、彼はそのことをしっかりと提示しておきたかったのではないか。

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4次審査の結果、12人が残った。SKY-HIは脱落した3人に丁寧に話をし、今後の道筋が見えるような言葉も送った。そして12人に対しては、「彼らに対してできることはただ一つで、こんなすごいグループを輩出したんだ、「ここまで残っていたんだ」って言わせてあげることしかないので。素晴しいオーディションにしましょう。素晴らしいグループにしましょう。よろしくお願いします」と涙ながらに語りかけ、このオーディションにかける決意を改めて示した。

残り2週間となった合宿は、参加者は10人に絞られる。そのなかでSKY-HIが結成されるべきグループのビジョンをどう描くのか、そして、参加者はそれにどう応えるのか。その行く末をしっかりと見届けたいと思う。

text/森 朋之


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