暁のバケモノ

二話

 「日向さん、あれを持っていますか?」
「もちろんです!」
亜瑠さんから差し出されたのは、ネックレスのようなものだった。中心より左側に、青い宝石のようなものが二つ付いている。
「それを首にかけて」
美智さんに言われるがままつけると、青い宝石の中に煙のようなものが生まれ、みるみる宝石が赤くなっていった。
「声を出してみてください」
「あー、あっ!?」
声が変わってる……!?いつも聞きづらいと言われたぼんやりとした声が、アナウンサーのようにはっきりと聞きやすい声になっている。
「この世界では、声が命です。相手にする『ケモノ』は、音で相手を認識する。歩く音なども判断の対象になるが、一番危険なのは声。声は味方とのコミュニケーションに必要不可欠ですが、厄介にもなります。ですからその宝石によって、声を変えています。私達もそうですよ」
そう言いながら、美智さんは首元の宝石を見せてくれる。
「すごい、こんなちっちゃいのでそんなことが……」
「だが、声を変えていても、できる限り『ケモノ』には聞かれれたくない。だから、普段はテレパシーのようなものを使います。その時は、もう一つの宝石を凹ませる」
そう言いながら、彼は赤くなっていない方の宝石をつまむ。ぷにっと凹んだ青い宝石が、今度は紫色に変わった。
『これが使い方ね』
口を開けていないのに、美智さんの少しぼんやりした声が聞こえる。
『水宮くんも』
美智さんがやっていたように、青い宝石をつまむ。
『あ、あー』
『よし。もう一度凹ませるともとに戻せますよ』
もう一度宝石をつまむと、宝石は青色に戻った。
『この道具の欠点は、一人にしか言葉を伝えられないことです。ですから今、日向さんに私の声は聞こえていません』
美智さんが宝石をつまむ。
「ですから、三人以上の相手に呼びかけたいというときは、元に戻してくださいね」
 コンコン
部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、長身の男性だった。
「美智さん、そろそろご予定の時間です」
「わかった。日向さん、水宮くんの班は橘くんのところだから、案内してあげて。水宮くん、これからよろしく」
僕の手をしっかり握った後、美智さんは男性と一緒に部屋から出ていった。
『水宮、宝石つまんで。外出たら普通に話せないから』
『はい』
 
 エレベーターに乗り、三階に向かう。
『水宮は橘くんがリーダーの班に入る。彼は甘党だから、機嫌取りたいときは甘いお菓子を持っていくといいよ』
『え?』
『返事は?』
『はい』
何情報なんだ。まだ会ってすらいないのに。
エレベーターから降り、少し歩いた先にあるドアの前で止まる。
 コンコン
返事がない。
『いるはずなんだけどなぁ…失礼します』
 ガチャ

『!?!?』
『あ、ごっめん!夏楽(から)かと思った。アッハハハハ!!』
人の眼前に包丁を突きつけておいて、「あっはははは」で済ませるのはどうかと思う。
『今夏楽と勝負してんの。相手に自分の武器が触れたら』
『はいあたしの勝ちィ』
『ずるぅっっっ』
音のした方を橘さんの肩越しに見ると、ドアの向こうで、髪を編み込んだ女性がニヤッと笑いながら、橘さんの背中に拳を当てていた。
『今説明してたじゃん話してても避けれんだろ』
『もう一回!』
『あのっ!!』
亜瑠さんが眉間にシワを寄せながら、口を動かした。
『新人来てるし、今からお仕事もあるんですよ。しっかりしてください』
『ごめんごめん。え〜っと、俺はここのリーダーの橘舞風(まかぜ)。こいつは一条夏楽。夏楽は俺のペアで、君のペアは今コンビニに行ってる』
舞風さんは百八十五センチはあるんじゃないかという高身長で、誰にでも好かれそうな笑顔を浮かべている。夏楽さんの身長は僕と同じぐらいで、二人とも歳は僕より少し上だろうか。
『水宮モモです。あの、ペアって?』
『このまま会話はむずいから、部屋入らない?』
確かに。夏楽さんは喋ってるのかもしれないけど聞こえないし、亜瑠さんは怒鳴ったんだろうけど、それも聞こえなかった。
『水宮、入って』
やっと亜瑠さんの声がした。
 部屋の中は想像よりずっと広かった。一軒家である実家のリビングより広い。更に、奥にはドアが四つあった。どこに繋がっているのだろう。
「宝石戻して」
橘さんに言われ、宝石を凹ます。
「ここがモモの新居になるから。また今度荷物送って」
「えぇ、そんなこと聞いてないですよ!?」
「みんなそう。ここはそういうのテキトーなんだよね。情報は自分で集めなきゃいけない。もう決まってることだから諦めな」
「えぇ……」
「それより、」
それよりとはなんだ。
「さっきも言いましたけど、この後橘班に仕事が入ってるんです。スタッフが後から合流するので、それまでに準備をしておいてください.では私はこれで」
 「コンビニスイーツいっぱい買ってきたよぉ〜!」
「あ。ペアくん来た」
僕と同い年くらいだろうか。亜瑠さんと入れ違いに、コンビニのロゴが入ったビニール袋を掲げたメガネを掛けた白髪の男性が入ってきた。
「ねえ僕疲れたから寝る」
「うぇ!?」
唐突すぎる。
「マタタビ、今から仕事あるらしいんだけど」
「じゃあ俺のヘッドホンだけ入れといて。スタッフの人来たら起きるから」
「りょーかい」
マタタビと呼ばれた彼は、そのまま左から三番目のドアの中に入って行ってしまった。
「あれが僕のペア……?っていうか寝ちゃっていいんですか?」
「フフ、あいつ新人にあれって言われちゃってる。そう、あれがモモのペアの、飢貫昏(うつら こん)。自由なんだよね。猫みたいなやつ。寝ないと頑張れないらしいから、寝かしとくの。その分彼強いからね」
「へぇ」
あんなに自由なフラフラしている人間が強いんだろうか。でも、いつも授業中に居眠りしてたやつでも成績いい奴いたよな。そういう感じかもしれない。
「ちょっと、舞風たちも準備して」
「あいよー。モモは荷物を自分の部屋に入れてきて。マタタビの右側ね」
「わかりました」
 これはそれぞれの部屋につながるドアだったのか。こんなにドアとドアの間が狭いということは、中は狭いのか?
 ガチャ
「うわっ」
「意外と広いだろ?」
「ここ僕の部屋ですか?」
「そう」
部屋は、舞風さんたちといた部屋よりは小さいものの、僕が住んでいたアパートより大きい。こういう住み込みのところって、普通自分の部屋は小さいんじゃないのか。というか同じ部屋を二人で使うとかって感じじゃないのか。
 部屋の中には何もなく、持ってきた鞄一つを端っこに置くと、なぜかより寂しく見えた。
「後で頼めば家具とか無料で貸してもらえるから。今日は仕事してる間に布団だけ持ってきてもらえるかも」
「家具まであるんですか!?」
「社長の顔がとてつもなく広いんだよ。頼めば大抵のものは来る。お給料の代わりに外国の珍しいものとか武器とかをもらってるやつもいる。夏楽もそう。武器ばっかりもらってる」
「なんか言ったか?」
「すご……」
いや凄すぎないか。凄すぎやしないか。騙されてないか。とてつもなく今更だけど。
「モモ、なんか武器とかあんの?」
「武器って物自体がよくわかってないです」
とりあえず鞄を置いてリビング(?)に戻ると、夏楽さんの周りに大量の武器が置かれていた。
「鍛えてもないみたいだし、とりあえず護身用のラッパだけ持ってっとくか。舞風、どう思う」
「それでいいと思う」
「ラッ……パ……?」
護身用の、ラッパ?ラッパで、護身?
「モモもここのことほぼ聞かずに入社したんだろ?だいたい準備できたから、この仕事のこと話すよ。ここ座って」
そう言って舞風さんは座り心地の良さそうなソファを指さした。
 「俺たちの仕事は『ケモノ』を捕らえる。または殺すこと。奴らは音に超過敏。歩く音を聴き、歩幅を導き出し、体格まで割り出す。だが、自分と同じような体格の人間なんていくらでもいる。だから、行動はできるだけ静かにってことだけを意識しておけばいい。問題は声。同じような声質でも、奴らの耳は聴き分けられる。だから声を変えているんだが、この声もあまりバラしたくない。だから、このネックレスを使っている」
「だがこれには欠点がある」
「夏楽の言う通り。これによって使えるテレパシーは、一人にしか伝えられない。だからペアがいる。俺には夏楽。モモには」
「昏さん」
「昏でいいよ。俺と夏楽も。さんをつけてる時間すらももったいねえからな」
「わかりました」
「仕事をするときは、基本ペアで活動する。マタタビは多少の経験があるから、最初は任せておくといい。モモの今回のミッションは死なないことと、仕事の内容を掴むこと」
「危なくなったらラッパを鳴らしまくればいい。奴らは騒音が苦手だ。行けたらあたしたちが助けに行く。まあマタタビがそんな状況になる前に終わらせると思うけどな」

 コンコン

『どうぞ』
『なんで私がぁ、ここの担当になるのよぉ!?!?!?!?!?』
『亜瑠さん!?』

 時は少し戻って三十分ほど前。
『アル子ちゃん、お疲れ様』
『だからその呼び方やめて下さいよ』
『かわいいじゃん』
『はぁ』
『アル子ちゃん、サイレントスタッフになりたいって言ってたよね。お試しで今日行けるって聞いたんだけど、』
『ホントですか!?』
『じゃあやるってことでいいね。担当は』
   橘班。

 そういうことらしい。
『サイレントスタッフは憧れで、ずっとやりたかったですけど、なんで橘くんの班なんですか!?』
『知らねえよ。とりあえず入って』
「サイレントスタッフってなんですか」
「あたしもあんま知らないけど、いわゆるサポート役だな。『ケモノ』がいる大体の場所、形態、作戦とかを教えてくれる」
「へぇ。舞風と亜瑠さんは何かあったんですか?」
「さあ、それは全く知らない」
「もう行くのぉ?」
「あ、起きた」
眠そうな目をこすりながら、昏が部屋から出てきた。
「行くぞ」

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