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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第28話

第28話 妻のみた夢(きいちゃんの正体?)

 みなさん、大変です!
 とうとう、とうとう、きいちゃんの正体がーーー
「あのね、あっちゃん。びっくりしないでね。きいちゃんの正体がわかったかも」
 と妻が言い出したのです。うーむ、むむむ……
 皆さんにはすでにお話しているとおり、きいちゃんはアミゾンで私が購入したトキのぬいぐるみです。当初はショップの方が誤って、普通のぬいぐるみではなくAIの搭載されたぬいぐるみを送ってきたのだろうと思っていたのですが……
 昨日、妻はショッピングモールのフードコートに行ったらしいのです。これは絶対にペットショップを覗いています。夫である私には、妻の行動は容易に想像がつくのです。きいちゃんを連れていったようなので、何かあったのでしょうか? (きいちゃんは初めてリアル犬やリアル猫等を見たと思われます)
 なぜこのように推察するかというと、ここからが本題なのですが、妻のみた夢の話のせいなのです。
 仕事を終え缶車へ帰り、夕飯を終えた後、たいしておもしろくもないテレビ(まあ、だからこそ何も考えないで見ていられるのですが)を眺めてゆっくりしていますと、妻が「あのさぁ、夢みたんだけどさぁ」と話し始めました。
 妻がその夢をみて目を覚ましたのは0300まるさんまるまる頃だったそうです。朝ではなく今話すのは妻らしい配慮だと思います。元演劇人で自由人の妻ですが、意外に気遣いするときもあるのですよ。
 私はほとんど夢を見ませんが、妻は時々見ているようです。楽しそうに話すこともありますが、今日の表情はどうもそうではありません。嫌な夢でも見たのかもしれんばい……
「夢の中であたしはね、一軒の家の中にいるの。大きくもないけど小さくもない、実家でもないし、友達の家でもない……」
 見たことがないような神妙な顔をして妻は話し始めました。
「そこは居間なの。あっちゃんもいて、あと、柴犬の子犬もいて」
 妻は以前から柴犬を飼いたがっています。とうとう夢にみたということでしょう。 
「その柴犬はかわいくて、あたし達にすごくなついてて、あたし達もその子犬をとってもかわいがってて……」
 妻がそこまで話した時、きいちゃんが突然騒ぎ始めます。しっかり聞いていたんですね。
「きいちゃんはぁ? きいちゃんもいるぅ? いるぅ?」
 ヤキモチばい。かわいかぁ~。
 妻はきいちゃんの方を見て慌てて言います。
「ああ、きいちゃんもね、いるよ。っていうか……」
「なになに?」
 もし、きいちゃんが動けるなら、きっと首をかしげているでしょう。
 妻は話を続けます。
「でね、あたし達、その子犬の名前を相談してるわけ。10個くらい候補を挙げてどれがいいかって話してたら、そこ子犬が『ぼくの名前、きいちゃんでしょ』って言い出しちゃって……」
 ほう、そう言った。夢だから、犬も喋るわけだ。え?
「きいちゃん⁈」
「きいちゃん⁈」
 俺とトキのぬいぐるみのきいちゃんが同時に言いました。
「うん、そうなの。なんだかね、その子犬が言うにはね。自分は、この体になる前はトキのぬいぐるみだった、って言うの」
 私ときいちゃんは唖然とします。
「やだなぁ、2人ともそんな顔しちゃってぇ。あたし、わかっちゃったんだ。夢はただの夢かもしれないけど、もしかしたら何かの暗示かもしれないって。だからね、きいちゃんは、実はあたし達が将来飼う柴犬なんじゃないかって……」
「はぁ?」
「うん、だからね、なんでかわからないけど、将来飼う柴犬の心? うーんと、魂? だけが、待ちきれなくなって、あたし達のもとに来てくれたんじゃないかって、それで、トキのぬいぐるみの中に入ったんじゃないかって。だって、そうじゃなきゃ、ぬいぐるみのきいちゃんが喋るのって変でしょ?」
 私は……、妻の顔をまじまじと見ましたが、妻はあくまで真顔です。思わず目線を反らし、ぬいぐるみのきいちゃんを見ます。きいちゃんは元々動けませんが、どうもフリーズしてしまったようです。(刺激が強すぎばい)
「そういえばね、夢の中のあたしとあっちゃんは、ちょっと歳とってるみたいだった。だからきっと、犬を飼える状況になっている時だと思うんだよね」
 どう答えたらよいかわからず、私は黙ってしまいました。沈黙というものは長く感じるものですね。すると、きいちゃんが突然喋り始めました。
「きいちゃん、いぬなるの? いぬ、モールいた、はとさんたべてた。いぬ、きいちゃんたべて、きいちゃん、いぬなる???」
「ちがーう。ちがうの、きいちゃん」
 妻は慌ててきいちゃんに、説明を始めます。
 しかしーーー。妻ときいちゃんの会話がだんだん遠のいていきます。私の頭の中にある考えがみるみる広がり、それが脳内を占めていきます。
 妻は言いました。
 〝一軒の家の中にいる〟
 〝大きくもないけど小さくもない〟
 〝ちょっと歳をとっているみたいだった〟
 〝犬を飼える状況になっている〟
 皆さん、これだけの材料が揃えば、もうわかりますよね?(わかりません。※あくまでも筑後川敦の転勤族脳による解釈です)これは、あれです。妻は遠回しに、夫である私に「家を買え」と言っているのです。恐ろしかぁ〜。家ですよ、皆さん。家。い、え。電子レンジの買い替えや、すり切れたから新しいスニーカーを買ったり、外食は回転寿司、ってレベルじゃなかぁ~。
 私は冷静さを前面に押し出し、言葉を選びつつ妻に言いました。
「美花ちゃん、その夢ってたぶん俺が……」
「定年したあとでしょ。缶車じゃペットは飼えないんだからさ」
「そうばい」
「あのさ……」
「うん……」
「あたし達、定年したらどこに住むんだろうね?」
 ついに、この話題が出てしまいました。転勤族の定年後どこに住むのか問題。そこから波及して、全国転勤中でも家を買うのか買わないのか問題。
「……」
「……」
 お互い無言の後、とうとう私が口を開こうとした、その時妻がーーー
「あたし、落花生県に住みたいな」(※県名は、あえて特産品で表現しております)
 落花生県とは、妻が産まれ育ち、長年住んでいた県であり、N国の首都であるT京都の東側に隣接する県であります。
 そう言えば、こんなことがありました。
 先日、妻が缶車の奥さんと話す機会があったらしいのですが、その時その奥さんに「落花生県ってどこにあるん?」と言われたそうです。これにはかなりのショックとダメージを受けた妻。
「ま、まさか、T京の隣なのに、落花生県を知らない人がいるなんて……。あたしもまだまだだね、人間が……」
 こう言って、俯いてしまったのでした。
 聞くところによると、その奥さんは関西地方を転々としてきたそうなのです。きっとそのせいなのでしょう……
「でもきっと〇〇(その奥さんの姓です)さんも、東京ネズミーランドには家族旅行で行ってたりするんだよぉ。落花生県の土を踏んでいるのに、T京で遊んでると思ったんだぁ……」
 などとブツブツ言っています。(ネズミーランドでは樹木を植えている場所以外、土が出ているとは思えませんが)妻はこうなると、手に負えません。やれやれ。おっと、話がずれてしまいました。申し訳ない。
 妻は自分の生まれ故郷である落花生県に住みたい、と言いました。その望みは叶えてあげたいと私は思います。
 諸先輩達を見ていますと、定年後は自分の故郷あるいは配偶者の故郷に帰る者が多いようです。あるいは、全国転勤中に気に入った土地ができ、そこに家を買い定年後住む者もいます。
 どこに家を買うにしろ、一番の問題はその時期であると思います。
 官品(子供)がいる場合は、人生の大きな買い物を急がねばならないように思います。というのは、官品(子供)が小さいうちは妻子帯同で転勤ができますが、子供が受験する時期になると、自宅を買い妻子が住むということになるのです。もちろん、ローンを組んで買う自宅ですから可能ならば家族全員で住みたいでしょうが、まず無理です。
 例えば、現在の私の部署では、既婚者(男性)は私以外全員が単身赴任中です。(ごくごく少数ではありますが、職種によって現地採用者で転勤のない者もいますので、それらの者たちは除外とします)
 何が言いたいかといいますと、つまりこういう事です。
 私達夫婦は晩婚して子供がいないので、まわりの単身赴任中の面々のような状況にならないわけです。しかし、退職したら缶車から出るわけで、住む家は必要です。
「落花生県に家を探すばい」と私、筑後川敦。
「落花生県でいいの⁈」と妻、美花。
 私が頷くと、妻は安堵と喜びが混じった顔をします。
 しかし家を探すといっても、今現在私達は関西在住ですから、そうそう簡単に落花生県へはいけません。まずはネットで調べてみますか。スマホで検索を始めますと。
「いつ買うの?」
 おっと! いつもはのんびり屋の妻が、この時ばかりは前のめりです。
「すぐ買っても結局住めんともったいなかとぉ」
「そうだけど……、だったらずっと買えないよね?」
「……」
 皆さん、しつこいようですが、「いつ買うの?」とか「ずっと買えないよね?」というのは、電子レンジやスニーカーや回る寿司の話じゃないんです。家ですよ、家、い、え……
「あのさ、落花生県に住んだら、通える駐屯地ってどれくらいあるの?」
 私は頭の中で落花生県にあるそれらを思い浮かべます。いくつかあります。しかし、問題は、同じ県内と言えどけっこう広いものです。通えるかどうかとなると、不可能な場合もあるでしょう。しかも、私の役職となると、座る席も少ないのが現実です。
 そのへんのところを妻に説明しますと、妻の弥生人顔の小さな唇がだんだんへの字になっていきます。「へのへのもへじ」の「へ」の字、まるであれのようです(平成、令和生まれの皆さんは知らないかもしれないですね?)。
 ここで、私はあることに思い当たります。そうです。自分は落花生県の地理に疎いという事です。それはそうです。住んだことも、働いたこともないわけですから。1度だけ、〇×野駐屯地へ出張に行ったことを思い出すくらいです。
 これは、まず、住めそうな町を把握し、どこの駐屯地へ通えるか調べてみる必要がありそうです。
 しかし、決して自分で転勤地は選べません。ですからこれは、一種の賭けのようなものです。買った家に住めずに、定年を迎えることになる可能性は十分にあります。
「住む場所によっては、東京にも通勤出来るんじゃない?」
 妻は当然でしょという顔です。そりゃあ、東京を囲む県はベッドタウン(※昭和の言い方です)ですから、通勤できるのでしょう。そうなると、少し候補が増えます。とにかく、私達は家やマンションを検索してみることにしました。それにしても、ネットには数多くの不動産サイトがありますね。
「うわっ、高かぁ!」
「高いねェ~」
「駅まで遠かぁ」
「それは、バスとかあるんじゃない?」
 妻の実家は最寄りの駅まで徒歩30分ほどあります。バスや自転車を使って駅まで行っていたそうです。だから、駅まで遠いのは慣れているのでしょう。しかし、私はもし通勤するとしたら、徒歩で駅近じゃないと疲れてしまいます。だから、駅近は譲れません。
 私達があれやこれやと大騒ぎしているので、とうとうきいちゃんも、
「たかい、たかあい、とおい、とおおい~」
 なんて言い出します。なんのことだか、わかっているのでしょうか?
 東京に近ければ近いほど高い。
 東京まで遠ければ安くなる。
 駅近は高い。
 駅まで遠ければ安くなる。
 新築は高い。
 中古は安くなる。
 当たり前と言えば当たり前ですが、厳しい現実を知ることになりました。
 「この家すてき」とか「キッチンは○○で××で」などと言いながら家を検索している妻。私は、ある事が心配になってきました。妻には言えないのですが……
 万が一家を買ってしまえば、妻は住みたくなるでしょう。それは、当然のことだと思います。しかし、もし妻がそれを実行したら、私は必然、単身赴任になってしまいます。それは、避けたいところです。
 妻はきいちゃんに画面を見せて、「このおうちどお?」などとやり始めました。ま、まさか、トキのぬいぐるみの「きいちゃんと2人(1人と1羽? ぬいぐるみは1個?)で住むから、あっちゃんは単身赴任よろしくね」などと、言い出すのではないか? うーむむむ……
 小一時間ほど探してみましたが、具体的な町も、家も絞り切れませんでした。しかも、すぐに現地へ見学に行くこともできないので、今日はここでお開きにします。
 妻は安心したようです。私が家を買うつもりで、しかも将来、落花生県に住めるとわかったからでしょう。
 しかし、ここでもうひとつの重要な問題を思い出します。今日のこの、〝転勤族は定年後どこに住むのか問題〟〝全国転勤中でも家を買うのか買わないのか問題〟の発端になった出来事。そうです。妻の夢の中の話。きいちゃんの正体についてです。
 妻のみた夢が、現実の暗示だったのかどうか? きいちゃんが、実は私達夫婦が将来自分達の家で飼う犬だという説については……
「わからんばい。犬を飼うまで」
「うーん、そうかもねぇ」
「だいたい、どうやって、その犬がきいちゃんだってわかる?」
「それはきっと…、その時になればわかるんだよ。その犬と目が合えば……」
 うーむ、むむむ……。そうでしょうか⁈
 元演劇人、且つ自由人、自称歌人のはしくれの妻は少々妄想が激しい時がありまして。常日頃そのような妄想をしているので、夢にみてしまうのでしょうか?
 百歩譲って、その犬と目が合えば、きいちゃんだとわかる、としましょう。しかし、私が定年するまで、あと■■年。それまで、答えは出ないということになります。
 ええ⁈ 何だ、答えが出ないって。これは小説なんだから、「○○年後」と書けば時が進んで、答えがわかるでしょ。という皆さんのお言葉が聞こえてきそうです。確かにその通りです。しかも、あと■■年って、いったい何年なんだよ⁈ と思われることでしょう。この黒塗りはですねぇ……。私は正確な数字を書いたのですが、「そこの数字見せちゃうと私の実年齢がばれちゃうから」と妻が上から黒く塗ったのですよ。やれやれ……。ほんとうに申し訳ないです。
(※筑後川敦の心の声。あれ? 私と美花ちゃんが同い年だと皆さんに言っていたかな? それに、小説なら何年後と書こうと、美花ちゃんの実年齢とはまったく関係なかばい。まあでも、この件は美花ちゃんには言わないでおこう)
 それにしても、民間の女性というものは、このように年齢を気にするものなのでしょうか?(※民間人か、ではなく、個人の問題です)
 という訳で、きいちゃんの正体は■■年後に証明されるという結論に達しました。果たして、それ時まで『ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ』は続くのでしょうか? それが問題です。
 話題のきいちゃんは、テーブルの上でこんな事を言ってます。
「きいちゃん、イヌからだ、なる。イヌからだなって、はしるぅ、とぶぅ、バサバサッ バサバササッ」
「きいちゃーん」
 妻はきいちゃんのぬいぐるみの体を取り上げ、高い高いしながら、狭い缶車のなかを歩き回ります。キャッキャと喜ぶきいちゃん。
 な、なんと! トキのぬいぐるみのきいちゃんは、将来自分の体は犬の体になって、自由に走ったり、飛んだりできるようになると思って…、いやいや、犬は飛べなかぁ。
 み、美花ちゃん、大丈夫やろか? 孤独すぎて、きいちゃんへの想いが強くなり過ぎてしまったのだろうか……
 という訳で、なんともすっきりとしない終わり方になってしまいましたが、どうかご勘弁ください。


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