もしもの話
これは、もしもの話。
”串刺姫と呼ばれた少女”が心に秘めていたかもしれない、もしもの話。
「ホテル『ジャック・オブ・ハート』へようこそおいで下さいました」
恭しすぎるくらいに恭しくこちらを出迎えるホテルマン。
「それでは、ご案内をさせていただきます。
まずはごゆるりとおくつろぎください」
”ここ”は、招かれた者がその命を賭けて戦いを繰り広げなくてはならない
デスゲームが行われる場所。
「……………………」
そこに招かれて、私はようやく”あの夢の世界でのこと”を思い出した。
幼い頃に見た夢。
夢の中で味わった、一度きりの心から胸躍る冒険。
そこで出会ったやつらの顔と、名前。
カケルと。フィクスと。おじいちゃんと。
やまむらと。ンエラたちと。おばけと、猿と。
…そして、キュー。
その時の記憶を思い出して。
今、傍らに居るキューの姿を見て。
夢の中でキューとフィクスが行っていた会話を思い出して。
”あの時の話”が指していたのはきっと、これから始まる戦いのことなんだということが分かって。
どうするべきかを考えた。
待ち受けている運命に従うべきか。それとも、変えるべく逆らうべきか。
どちらを選ぶべきかを考えて。
「…………いえ。やめましょう」
一人、そう呟く。
それはまだ、今この場で決めるべきではない話。
もしかしたら、まだここがそうではないのかもしれないのだから。
そう考えて、首を横へと振って。
?を浮かべてこちらを見上げるキューを連れて、私は”舞台”へと入っていった。
****
**
*
けれど。
「故にーーscramble(なんでもあり)!緊張感を保て、フィクス。」
「私の配下ならな。
私の力を与えている以上、それに見合う働きを見せろ。」
「なんと、これは手厳しい。ワタシ、緊張感がほどほどに服を着て歩いているような末裔ですのに……」
対戦相手として現れたのは、いつかも見た青い髪をした男で。
その傍らに寄り添うのは、夢の世界で見た顔で。聞いた名前で。
「────」
口上を聞いて。掛け合いを聞いて。
「しかし、左様に仰せであれば証を見せるしかありますまい。
そして、しかし、されば――」
「フィクスというのはフィフティシックスの略称です。
フルネームはスペードの56ですが、フィクスと呼んでも構いませんよ」
名乗られて。その時、ようやく気持ちが切り替わって。
何だかおかしくなってきてしまった。
だってまるで初めてみたいな口ぶりで。
あの時は自分からなんて決して名乗らなかった癖に。
「そう。頼んでも居ないのに教えてくれてありがとう。宜しくね。
”トカゲ”の誰か」
…だから私は。そんな風に答えて笑って見せた。
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**
*
『もしまた会ったら』
『また一緒にお茶をしたり、勝負をしたりをしない?』
その言葉の通りに。最初はお茶会を開いたわ。
貴方との約束だから。
『忘れてたら、お仕置きをしてあげるんだから』
ちゃんとそう言っていたのに、忘れていたからお仕置きをしたわ。
あの時と同じように犬みたいな格好をさせて、椅子にして。
そして。勝負をした。
結果は私の負けになったけれど……思い出したんだから、”約束”の方は私の勝ちね。
****
**
*
そうして。定められていた未来が訪れた。
私の現在は過去のあの夢へと続いて。
私は石になったけれど、あの子には未来が続いて。また出会えると知っているから。
”行ってらっしゃい”
そう、届かない言葉を伝えて送り出す。
…そして、もう一つ。
これは現在の私とではならないかもしれないけれど。
それでもあの冒険は待っているから。
”また会いましょう”
そう願って。あの子が進む道を送り出した。
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