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ナナビット「この場合」について

ナナビット名義で活動を始めてから3枚目のアルバム「この場合」(spotify / apple music)が2024年7月24日にリリースされた。一応CDという形でも出るのだが、いまどきはサブスクリプションでチェックする人がほとんどではないかと思う(もちろんCDを手にしていただければ嬉しいです!)インディーレーベルのリリースだとある程度の下地がないと作品の制作背景を語ったりといった機会もほとんど無い(FMおだわらのアオバシアワーで2週に渡ってお話できたのは貴重な機会だった、感謝!)ので副読本的なものを書き留めておこうと思う。ただ、これは別に読むべきものというよりかは個人的なログとして捉えてもらうのが正しいかもしれない。

ナナビットは「MIDIを使って何か音楽を作る」という軸で活動しているだけで特に難解なことをしているわけではない。ライブのお誘いがあるとだいたいシーケンサーでMIDI音源モジュールを鳴らしながら、+αでシンセ(大抵はmicroKORG)を手弾きで添えるといった形が定着している。2018年頃、最初は単発のカセット音源のリリースだったのが翌年に柴田さんからのお誘いで初めて実演を披露することになったものの、次は無いだろうと思っていたので、大荷物を持ち込んで、それはそれで面白かったが機材の運搬が大変なことになり、2回目のオファーがあった時からはもう少し機動性を考えないと続けられないなと思い、出音と見た目の面白さのバランスのいい落としどころのあるコンパクトな機材を選んできた。

Roland SC-88STProは1996年に発売されたSC-88Proのディスプレイ省略版

そして去年、2023年2月のライブイベントにお誘いいただいたときにSC-88STPro(ハチプロ)を導入してみた。ハチプロはじつは何度か使うことを考えていたのだが、今まで80年代の機材を使ってきたところで、1996年発売のハチプロはやはり90年代の音がするため、以前の曲との相性があまりよくない。そこでハチプロに合わせて新しい曲を作ることにした。それがそのまま「この場合」の収録曲になっていて、アルバムに収録した音はライブ用に作成したMIDIデータをほぼそのまま活かしている。つまりアルバムで鳴っているMIDI音源はSC-88STProだけで、外部エフェクトなども使っていない。コンプレッサー、リミッターなどはマスタリング時に付加してもらったものだ。

ちょうどその頃からモニタースピーカーにKRK Rokit4(販売終了)を使うようになってる。前作までYamaha MSP3(旧型)を使用していたのだが、MSP3単体では低音の整理が難しく、そこでKRKに替えてみたところ音決めが圧倒的に速くなった。モニターのアップグレードについては、具体的にはYAMAHA HS8など大きいサイズのもの(アメリカで使ってる人が多い印象がある。Quinn XCIIが家を借りてHS8をどかどか鳴らして作ってる動画があって、ああいうのは日本では難しそうだけど憧れがある)あるいはFOCAL EVO50など、を検討してみたのだが、いちおう手持ちのスピーカーを聴きなおしてみたところ、Rokit4がとても優秀なことに気づいたのですぐにメインに据えた。じつはKRK Rokit4自体はもう8年ほど前に購入していたのだが、お店で聴いたときにはとても良かったのが家に持ち帰ったところどうも鳴りが悪く、結局リスニング用にレコードなどを鳴らすだけになっていた。これは設置位置が悪かったことに起因していた。正しい高さに設置すると、全然違う。大枠のバランスがよく見えるようになった。

KRKのマニュアルに記載されている正しい設置方法


決して解像度の高いモニターではないため、余裕があればKRKの上位機種"V4"導入も考えたかったが、当面はこれで問題は無さそうである。アルバム2曲目の「解除キー」などはキックを使い分けていて、MSP3では作れなかったタイプの打ち込みになった。じつは音源以上にモニタースピーカーは重要なのである。

KRK Rokit4

また、下北沢のライブハウスLIVE HAUSの「小さな電子まつり」が季節毎に開催されていて、DJチームのマルサスクルーとの縁もあり、ありがたいことに毎回お誘いいただいているのだが、定期的に実演の機会をいただくことで現場の鳴り、音の選び方や積み方の良し悪しなどを体感することができ、そういったことも今作の音づくりにかなり影響を与えていると思う。

さて、今回もプロデュースは惑星レーベル主催のDJObake(exハーゴーストフレンド)。ライブの音を聴いて、これをそのまま出せばいいんじゃないかと言ってくれたのは前作「モノラルアーカイブ」の時と同じ。うまく拾ってくれた形になった。もっとも半分こうなることは予想してたので、そういうこともあって、MIDIシーケンスのデータはそれなりにちゃんと作成はしていた。ともあれ、それからリリースまで1年以上かかってしまったのは、やはりもう少しアップグレード、例えばもっと歌ものを入れたり、といったことを考えつつも、そこから先がパタリと進捗が止まってしまったのが理由だった。もしかするとこれでもう十分じゃないかなと頭の片隅で思っていたのかもしれない。それで、2023年の末頃にはこれでもうとにかくまとめようということになって、曲名と曲順を決めることになった。

結局1曲だけかねぴー(本業はイラストレーター/デザイナー)に歌を歌ってもらうことになったのだが、DJObakeがかねぴーの歌でシングルを作るというので、その録音日に合わせてナナビットも録らせてもらうことにした。具体的に日程が決まったので何とかメロディーと歌詞らしきものを作って、無事吹き込んでもらうことができた。それが一曲目の「グッドスリープ」。その少し前にRoswell Pro Audio社MINI K87というマイクロホンを入手していたため、録音のモチベーション自体は高まっていた。MIDAS設計のマイクプリアンプを搭載しているBehringerのオーディオインターフェイスUMC204HD経由でDAWソフトのReaperに録っていったが、なかなか面白いテイクが録れたと思う。
Small Mics... HUGE Value! - Roswell Mini K47 vs Mini K87
ちなみに同日のDJObakeの録音は一足先にシングルQtとしてリリースされている。(自分も冒頭で「司会」役で参加している笑)

そして肝心のMIDIデータの作成については、シーケンサーにDominoというフリーの国産シーケンサーソフトを使っている。Windows用のアプリケーションなのだがハチプロとは相性が良く、曲の頭一小節のところにセットアップデータを作成するのだが、音色の管理を含めこれでデータを作っておけば後で100%再現ができるという便利さがある。曲自体は作りながら2週間くらいでできているので、効率は良かったと思う。

Dominoで「この場合」のデータを開いているところ

前作のモノラルアーカイブはタイトル通りモノラルだったが、今回は一応、ステレオになっている。ハチプロには便利なランダムパンという機能があって、MIDIの音符が入ると一音ずつ適当に音を右左真ん中にふりわけてぱらぱらと振り分けてくれる。Prophet'08のPanSpreadとか、NordLead、QY70とか、この手の機能はいろんなシンセに入っていて超便利なのだが、空間演出ではなくて、ただ広げるだけである。欠点は片側だけで聴くと和音が破綻するところだが、それはそれで面白いので特にコントロールせず、採用している。
トラックレコーディングについては、ハチプロを鳴らして録っていくだけだから、普通のレコーディングでは当たり前の「ミックスダウン」という作業は存在していない。「グッドスリープ」のボーカル以外リバーブもほとんど使っていない。ただ、マスタリングを担当するDJObakeからいわゆる「ステム」、つまりドラム、ベース、その他みたいにグループに分けて渡してもらえないか、ということになり(その方が音が整えやすくなる)DAWソフトのReaperに一旦MIDIデータを読み込んで、そこからステムを録音するという作業になった。マスター作業はおまかせで立ち会ってないが、StudioOne (DAW)でマスタリング(音質、音圧、音像の調整)をして、ReaperでCD入稿用のDDPファイルを書き出したと聞いている。StudioOneでもDDPは書き出せるが、ReaperのDDP書き出しの方が機能的に柔軟ゆえ、そちらを使ったそうだ。最近は少しずつReaperユーザーが増えてきている気がする。

「この場合」というのは以前作った"in this case"という曲名の再利用で、そのため曲の方も収録することになった。"in this case"という言葉は機材解説動画などでもよく使われてる言葉なのだが、自分の中では昔NHKで放送されていた「新電子立国」で紹介されていたインターネット黎明期のWebブラウザ「NCSA Mosaic」のPRビデオに出てくる"in this case, a short video like this"という一文が念頭にあった。幸いなことにその動画は動画共有サイトで閲覧ができたため、デザインも担当してくれたかねぴーにも見てもらってジャケットのモチーフとして取り入れてもらった。
新・電子立国「第9回 コンピュータ地球網」

ジャケットの素材としてはこのほかにパソコン音楽クラブの柴田さんがTwitterに上げていた写真(ブラインドの影が壁に映っている自室の風景)も候補に挙げていたのだが、これもうまく取り入れてくれた。写真の使用に関しては前に確認はとっていたが、デザインをまとめる段階で再度チェックをしてもらい快諾いただいた。

デザインに関しては前2作は自分でDTPデータを作成していて、今回も途中まで作っていたのだが、歌の縁もあり、かねぴーに全面的に作成をお願いすることになった。そのため、下北沢のカフェに集まってデザイン打ち合わせをしたのだが、この時が一番制作っぽい光景だったかもしれない。写真に撮っておけばよかった。かねぴーからは後日3つのデザイン案が届いて、その中からいいところを抽出して1つにまとめてもらった。とにかく自分では思いつかないタイプのジャケットになったの良かった。

そのような経緯もあり、制作後半の外枠部分はDJObake、かねぴー、戸川(自分)の三人で進めることになった。1曲目の「グッドスリープ」についてはMVも作ることになり、とりあえず「睡眠」「時間」「移動」をテーマに、自分は近隣を車や自転車で回って撮影、かねぴーはイラスト、DJObakeは編集という具合に分担して完成させた。カメラはCanon G7x mark2とDJI Osmo Pocket(初代)。どちらも夜のシーンを撮るのには現行のiPhoneなどと比較しても感度が足りないのだが、基本的には安定した画を撮ることができた。高速道路などは自転車で20分くらいのところでいい感じの撮影ポイントがあったのだが、こういうのはストリートビューである程度シミュレーションできるのでありがたい。ある日とても夕方の空がきれいな日、G7xmk2と三脚を持って急いで行って、いい画が撮れた。OsmoPocketはジンバルカメラなので車載カメラとして使用。手放しで水平が出るのはさすが、ドローン技術を転用しているだけある。ミニカーの撮影はずいぶん古いデジタル一眼レフNikon D90にマクロレンズを付けてコマ撮りしている。室内の照明はホームセンターで入手した「咲灯」というLEDライトが役に立った。そうして撮っていった短い動画をDJObakeがadobeのAfterEffect&Premierでまとめてくれた。ただ、ミニカーの背景合成などは戸川自身で普段使っているVegas Proで行って、合成済みのものを素材として編集に回した。完成したMVは特に内容は無いのだが、なかなか面白い感じにまとまったと思う。
ナナビット | グッドスリープ | Music Video

以下、楽曲解説というかメモ
●グッドスリープ
当初から歌を入れるならこれかな、という想定だったと思う。メロディの入る余地を残しつつMIDIを作成した。ただ、トラック先行でメロディを作るときは、何度も聞きながら違和感のないメロディを考えるのであまり効率はよくない。今回は大貫妙子(幻惑というすごい好きな曲がある)のような一音一音にことばを乗せていくような感じにしてみたが、作ってみると意外に今どきあまり聞かないタイプの曲になった。かねぴーには録音前ぎりぎりで歌詞とメロディを送ったが、ばっちり憶えてきてくれて、数テイクで無事に録り終えた。

Reaperでのヴォーカル録音

●解除キー
これが一番最初にできた曲で、二種類のキックを使い分ける、というのを試していたら3拍目にドーンと808が鳴る感じいい感じになったので曲としてまとめていった。KRKのモニターが無かったら出来なかったと思う。

●時差式
ハチプロのような音源でMIDIで作るとサンプラーやルーパーのような不自然な切れ目みたいなのがうまく表現できないのでエンベロープなどを弄って元の音色を壊していく必要がある。1拍でループしてるコードもサンプラー風の音色を演出しているつもりなのだが、もちろん全部MIDIで鳴っている。キックが8分音符で鳴ってるのはYMOの「体操」の影響があるのではないかと思う。

●ラウンドアバウト
ハチプロはシンセベースの音色が充実しているのだが、これはベースだけではなくてそのままアナログシンセのライブラリとして使える感じの音になっている。一聴するとアナログシンセっぽい音も、ハチプロなのでもちろんサンプリング音である。低い音のするベース(というのも変な言い方なのだが、「ベース」というカテゴリでも結構低音が少ないものが多いので、聴いて選ぶしかない)を選ぶのに、これもKRKのおかげでさくっと選ぶことができた。けっこうさわやかな感じになってる。タイトルはなかなか決まらなかったが、わりと近所にある「耳をすませば」のモデルになったぐるぐるまわれるロータリーのイメージが合いそうなので、ラウンドアバウトに落ち着いた。

●この場合
上述のように、もともとはパソコン音楽クラブの柴田さんが企画した配信イベント「ホビ」のときに作った曲"In This Case"で、nordleadとSB246を使ったシンセ曲だった。アルバムタイトルを「この場合」にすることになったのでハチプロでリメイクした。トレモロを演出するのにフィルターのカットオフデータを疑似サインカーブにして書いていくのだが、このあたりは三角関数が使えるdominoの便利なところである。ただしきれいに描くとデータ量が増えるので破綻しないぎりぎりの間引きが大事になる。編集でDJObakeが終盤の冗長な部分をすっきりまとめてくれた。曲のことについてはほぼノータッチのプロデューサー氏だが、ときどきこういう魔法をかける。

ホビでの演奏。nordleadとSB-246、シーケンサーはMC-500mk2

●ワイルドサーキュレーター
たまに何用でもなくシンセを鳴らして、面白いのが出来るととりあえずボイスレコーダーに録っておいたりするのだが、それがまあストックと言えなくもない。ほとんどは使えないのだが、聞き返していたらmicroKORGでてきとうにアルペジオ演奏したもので良いのがあった。ただこれは再現が難しそうだったので、ちょうどいいタイミングで紹介されていたAIを利用したオーディオ→MIDI変換のアプリを使ってみた。無事MIDIデータを生成することができたため、エスニックな音で鳴らして曲の骨子が固まった。アメリカのフリーウェイとか唐突に風力発電所群が現れたりして、もちろんこれは風を受けてるのだけどなんとなく野生の扇風機という趣があって、その感じをタイトルに持ってきた。

●ポケットフルオブディメンションズ
配信でリリースしたテレスコープEPのリード曲。これもハチプロ用のリメイクだが、原曲で使っていたD-110の音色も入っているので、聞き比べると全く違うが、印象は同じ感じにしてみたかった。キラキラしている感じが面白いのだが、ジャンル的にどういうカテゴリーになるのか自分ではよくわかっていない、根も葉もない音楽だと思う。

●人工酸素
ハチプロの効果音系の音色は今まで敬遠していて使ってこなかったのだが、水の流れみたいなこの音がけっこう気持ちよく、構わず入れてみた。これも「時差式」と同じような発想で、ルーパーっぽい雰囲気を出してる。終始ワンコードで、わりとうまく構成ができたと思う。主旋律の音色も元はエスニックなベルの音だがスパッと切ると別な表情が出てくる。タイトルに酸素が入ってるのはちょっとエコ意識があるかもしれないが、あまり深い意味は無い。

●あたため
ボイスレコーダーに録り溜めてある落書きの中で、できそこないみたいなフレーズが案外ひっかかる。これもその一つで、ベースだけがスピード感を引っ張る変なトラックだが、なかなか面白い感じになって、自分では気に入っている。もしかすると一番気に入ってるかも。アナログシンセっぽい音色も、ぱっと聞きハチプロっぽくないとこがある。

●ブルーライトブリッジ
TR-707、といっても実機ではなくてハチプロ(ローランドのリズムマシンの音がTR606, 707, 808, 909, CR78と一通り入っている)の8ビートを鳴らしながら作ったトラックがどことなくドネルド・フェイゲンの都会っぽいイメージ(これはシティーポップとはまた違う軸なんだと思う)とくにイントロのシンセリードの音色など。でもそれならLINN DRUMか。歌を入れてみてもいいのかもしれないが、このままで収まってしまった。そういうわけで80sっぽいのだけど、高輝度青色LEDが映し出すクールな夜の橋のイメージは00年代だし、時代が地滑りしている感じのタイトルになった。
ちなみに、マイケル・J・フォックス主演の映画「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」にドナルド・フェイゲンが書き下ろしたエンドロール曲の雰囲気はどこか頭の片隅にあったと思う。いつかこんな曲が書けるだろうか(無理 笑)この映画が素晴らしいのだけど、どういうわけかサブスクとか入らない。実家にレーザーディスクがあるけど輸入ブルーレイを買う勇気は無い。Century's End

追記:8/15に下北沢のLIVE HAUSにて「夏の小さな電子まつり」開催。「この場合」リリース記念の冠をつけていただきました!よろしければふらっと遊びに来てください。このほか7/29(KAOMOZIイベント@頭bar)7/31(LIVE HAUS4周年のプレパーティー)と実演の機会をいただきました。よろしくおねがいします!



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