YMOの問題作BGMとテクノデリックが20年ぶりにリマスタリングされました。


 YMOが1981年に発表した問題作「BGM」と「テクノデリック」がボブ・ラディック氏によるデジタル・リマスタリング音源で再発されました。結成40周年記念の再発企画の一環でバーニー・グランドマン氏によるカッティングによるレコードも注目されています。
 じつは2017年の秋に縁あって直江美樹氏、小池実氏、米本実氏のお三方と共同で「BGM」をレコードで聴くというイベントを横浜の試聴室その3にて開催しました。最初手元にはオリジナルのレコードと海外Restlessレーベルの1992年のにロジャーシーベル氏がマスタリングしたCDがあったのですが、この会のために新たに1981年のA&Mのレコード、1999年のリマスタリングCD、2013年のミュージックオンヴァイナルのレコードなどを入手して比較してみました。結果、リマスタリングされた盤はどのバージョンにもそれなりの問題点があり、いまのところ最初のレコードの音がBGMのリファレンスと考えるのが妥当であろうことを確認できたと思います。この会の様子はTwitterのモーメントに簡単にまとめてあるのでよかったら覗いてみてください。 https://twitter.com/i/moments/920275701411885056

 さて、今回のリイシューは1999年から20年ぶり、3度めのデジタル・リマスタリング音源となります。先にリリースされた大ヒットアルバム「Solid State Survivor」のリイシューはCD/LP共すばらしい仕上がりになっていました。ボブ・ラディック氏は数多くのヒット作品のマスタリングを手掛けていますが、低域から高い音までバランスの良い明瞭な音と適度な高揚感を併せ持つ仕上げが特徴で、バーニー・グランドマン氏はエッジを持たせつつも落ち着いた仕上げが得意だと思っています。Solid~のレコードの方ですが、両氏のバランスが作品のキャラクターと相性の良さを示しているようです。ただし、これが中期YMOの作品についてはどうか。ある意味期待と不安が入り混じった複雑な感覚でターンテーブルに盤を乗せ、結果は果たして予想通りでした。

「BGM」
 低音から高音まで明瞭になり、暗いイメージがかなり払しょくされました。ドラムにパンチ加わって、攻めた音といえます。単純に言えば「かっこいい」。全体的にリミッターが若干効きすぎかな、というくらいに効いていて、音圧は高め。これはオリジナルのレコードと聴感上同じ音量に揃えて聞き比べると音が窮屈なのがわかります。通して聴くとやはりちょっとしつこい味になりますが、今どきの仕上がりとも言えます。曲単位でうまくいってると思ったのは「音楽の計画」。かなりアッパーな仕上がりです(ボブラディック氏らしいといえる)。バランスはレコードよりデジタルの方が良いと思いました。ただ、Solid~と違い、このアルバムはバンドの転換点にあたる作品であり、暗く不明瞭な質感がある意味肝でもあって、この仕上がりはどうなのか、疑問があります。結論としては、これはこれで悪くはないのですが、でも、1981年のレコード盤を聴く機会があればぜひ大きめの音量で聴き比べてもらいたいし、持っていたら大切に扱ったほうがよさそうです。やはりリファレンスだと思います。

「テクノデリック」
 この作品については1981年盤のレコードの仕上がりもあんまり良い印象がありませんでした。若干こもった質感で、今ならローファイといえばいいかもしれませんが、全YMOのレコードの中でもおとなし過ぎな仕上がりになっています。A面最後の「灯」などは音量も小さかったり、意図したにしても少し不合理なところがあって、従っておそらくまだ「正解」の音源が無いのかな、と思っていますし、あるとするとこうした部分を改善しつつ、量感を適度に整えたところに落としどころがあるのかもしれません。
 では今回のマスタリングですが、やはり「攻めた」ニュアンスになっていました。ですが、1曲目「ジャム」から引っかかってしまいます。ここではかなりアッパーな仕上がりですが、当時は自動演奏による(というのは後で知ったのですが)PCMのドラムは無機質で淡々とした印象で、そこにむしろ驚いたわけです。少なくとも自分はそう感じていました。インプロ的な2曲目の「新舞踊」を経て、3曲目の「階段」から生ドラムが登場しますが、キット全体が見える、これまでのYMOの音とはだいぶ違う音作りに驚いたものです。ところが今回はドラムの質感など曲ごとの印象も似通ってしまっています。「テクノデリック」という作品の位置づけとしてはこの質感で合っているか、というと微妙な気がします。また、音圧が高めなのも「体操」などは合っているとは思いましたが、通して聴いたときにちょっとしつこいかな、といったところ。

というわけで
「BGM」「テクノデリック」という二つの問題作のリイシュー音源について簡単にさらってみました。サブスクリプション時代に入り、多くの人が「そこにあるもの」を聴くしかない無い状況で「オリジナルのレコードがいいんですよ!」と言っても聴く術はないわけで、そんな中、今回のリマスターが以前のものよりは改善されている点はあるので良かったと思います。ただこれが決定版!とは言い切れないのは若干残念ではあり、オリジナルのレコードの持つニュアンスが踏襲されていないという点は認識されてほしいかもしれません。ただ現実問題としては音圧の低過ぎるものではリリースは難しいと思いますし、また逆に今だとオリジナルは全く良く感じられない、と思う人がいても不思議ではないのですが、当時はその音で聴くしかったわけで、またバンドとしては半ば伝説化されているこの二作品を聴くにあたっては大衆性という観点からすると(ある意味目論見通り)見限られた作品となったことの理解につながるのではないでしょうか。


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