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【私の好きな曲#9】Kurt Vile / Wakin On A Pretty Day

ひとことまとめ

アメリカのインディーロック・ミュージシャン、Kurt Vileが2013年4月9日に発表したアルバム「Wakin on a Pretty Daze」の1曲目に収録。

アルバムのオープニングを飾る曲にも関わらず、9分31秒というなかなかの大作となっており、聞き手の胆力が試される曲となっている。

長い曲にも関わらず曲の展開は極めてシンプルで、同じメロディー、フレーズが延々と続くだけで、大した盛り上がりも盛り下がりもなく、気づいたらいつの間にか終わっている、そんな曲だ。

この曲を聞くと、どうしようもなくアメリカの片田舎の風景を思い出す。

10年以上前、アメリカの片田舎をのんびりとドライブしたことがある(実際は助手席に座っていただけというのは置いておくとしよう)。内陸部から西海岸に向けて車を延々と走らせた。道路は広く、1車線が車5台分くらいあった。空はあきれるほど青く、地平線を遮るものは何もなく、ただ雲が吸い込まれていった。

店もガソリンスタンドもなにもない、ただのだだっ広い道路。

そんな素朴な、しかし桃源郷のような風景にいつでも連れて行ってくれる曲だ。それが気に入って、繰り返し聴いている。

解説

Kurt Vileは1980年にペンシルベニア州フィラデルフィアの郊外に生まれ、10人兄弟(!)の3番目として育った。

14歳のときに父親からバンジョーをもらい、「本当はギターだったら良かったのに」と思いつつ、それをギターのように弾き、音楽にのめり込むようになる。

彼は自宅でのレコーディングに取り組んでいる傍ら、2000年から2002年までフォークリフトの運転手として低賃金でブルーワーカーとして働いていた。大学に行かなかったことをコンプレックスに感じており、厳しい時期だったと述懐している(The Guardianのインタビューより)。

2003年にAdam Granducielと共にThe War on Drugsを結成。2008年にバンドとしての1stアルバムをリリースするが、Vileは個人での音楽活動に専念することを決心し、バンドを脱退。同年にソロ名義でのアルバム「Constant Hitmaker」をリリースした。

2011年には彼の4枚目のアルバム「Smoke Ring For My Halo」をリリース。これが各方面から高い評価を受け、彼の名は一躍有名になった。

そして2013年に5作目となる本作「Wakin on a Pretty Daze」がリリースされる。冒頭でも延べたように、本作はロックの持ち味である爆発力やカタルシスのようなものは一切排除され、それとは正反対に、終わらない日常の中に没入していくような諦念や個人的内面世界のような風景が淡々と描かれている。

聞く人によっては退屈で最後まで聞いていられないかもしれないが、この「味気なさ」こそがこのアルバムの最大の持ち味だと思う。

Wakin in the dawn of day
I gotta think about what I wanna say
Phone ringin off the shelf
I guess he wanted to kill himself

Wakin on a pretty day
Don't know why I ever go away
It's hard to explain
My love in this daze

夜明けに目覚める
何を言いたいか考えないといけないな
棚の電話が鳴り出した
こいつはたぶん死にたかったんだろう

美しい日に目覚める
どうして離れられないのだろう
説明するのは難しい
この朦朧とした私の愛について

淡々と続く自問自答のような歌詞が、この曲の聞き手に対する距離感を決定づけている。彼は誰かのために歌っているわけではなく、ただ自分のためだけに歌っているようにみえる。

そこには他者に対する奉仕も高揚感もカタルシスもなく、ただ自分との対話だけがある。彼の足取りがそのままギターのストロークになっている。そのせいか、途中千鳥足っぽくテンポが早くなったりしているが、ボーカルのパートに戻ると、そのまま何事もなかったかのように元のテンポに戻る。そこには何の必然性もなく、ただの偶然の産物のように思える。

Vileの自己対話に触発されるように、聞き手も次第に内省的になる。そして、いろいろ考えをめぐらしている間に、何事もなかったかのようにこの曲は終りを迎える。まるで夢のように。

Don't know why I ever go away
It's hard to explain
My love in this daze

なぜ私が離れてしまうのかわからない
この朦朧とした中で
愛について語るのは難しい

この世の中のあらゆることについて、言葉だけで表現するのは難しい。
いっそ"Pretty Daze"な音楽の中に埋没し、朦朧とするだけで充分なことも、きっとたくさんあるのだろう。

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