【臨床疑問】肝硬変を伴わない肝性脳症

10年以上前に胆管癌術後の患者が反復する意識変容で搬送され、脾腫、腹水、汎血球減少、食道静脈瘤、アンモニア高値を認めたため肝性脳症が疑われたが、肝機能は軽度の異常のみで腸間膜静脈-下大静脈シャントを認めたため、portal-systemic encephalopathyと門脈圧亢進症と考えられた症例です。

<ポイント>
・肝硬変がなくても高アンモニア血症による脳症を来すことがある(シャント、薬剤性、代謝障害、感染症など)
※もちろん意識障害+アンモニア高値でアンモニア血症が原因と飛びつくのはダメですが(痙攣後などで結果的にアンモニア高値となる場合もある)

○portal-systemic encephalopathyについて
参考文献:journal of gastroenterology and hepatology 2000(PMID: 11059925)

・一般的に肝性脳症(hepatic encephalopathy:HE)は、肝硬変により肝細胞の解毒能低下やシャント(肝内・肝外マイクロシャントや顕微鏡的シャント)により、血中アンモニア濃度が上昇し、脳症を来す疾患。
・一方で、portal-systemic encephalopathyは、大きな肝内・肝外シャントにより、アンモニアが肝臓を経由せずに脳に到達することで脳症を来す疾患。日本では猪瀬型肝性脳症として知られているようです。

<臨床的特徴>
・シャントは、先天性の異常、手術、外傷などが原因となることがあるが原因が不明なことが多い
・高タンパク食や便秘などの脳症の誘引が存在する
・脳症は繰り返し、非発作期にも構音障害、運動失調などの神経症状が見られ、人格レベルが徐々に低下する症例もいる
・症状は、肝硬変で見られる肝性脳症と違いはない
・高齢になってから発症する患者も少なくない
・症例の多くは、数ヶ月〜数年にわたり異常行動や意識障害を繰り返し、神経症、心因反応、うつ病、認知症、統合失調症に似た神経症状を示す場合がある
・シャントの多くは、左胃静脈、上腸間膜静脈、脾静脈から生じ、左腎静脈に流入したり、下大静脈に直接流入することが多い

<portal-systemic encephalopathyを疑う所見>
肝性脳症が疑われるが、肝硬変を示唆する所見をほとんど認めない
②ルーチンの肝機能検査で肝機能の異常が検出されないか、あるいはわずかだが、血中アンモニア、胆汁酸、ガラクトース濃度が高い(特に小児で)
③画像検査で異常な太い血管が検出(シャント)される
④腹部動脈造影の静脈相で肝臓の門脈流が検出されない

<根治治療>
・B-RTOなどのカテーテルによるシャント閉鎖術
・外科手術

<生活指導>
・高タンパク食、消化管出血、便秘、低K血症、脱水、代謝性アルカローシスを避けるなど肝硬変患者と同様な管理

※他に非肝硬変性の高アンモニア血症、反復性意識障害を来す疾患
・尿素サイクル異常(高シトルリン血症などの先天性疾患)
・薬剤性(プロプラノロール、バルプロ酸、L-アスパラギナーゼなど)
・栄養障害(L-カルニチン、亜鉛の欠乏など)
・胃ヘリコバクター・ピロリ感染、尿素産生菌の尿路感染症(緑膿菌、Proteus)
・血液透析

○非肝硬変性の門脈圧亢進症について
参考文献:journal of hepatology Review 2014(PMID: 23978714)

・門脈圧亢進症(PHT)は、門脈(PV)と下大静脈の≧5mmHgの圧勾配を生じる症候群
・肝硬変PHTは、肝静脈圧勾配(HVPG)の上昇による
・非肝硬変PHT(NCPH)は、HVPGは正常〜わずかな上昇であり、PV圧よりも大幅に低い
・NCPHを来す疾患は主に血管性であり、血流の抵抗部位に伴い解剖学的に分類される(肝前性、肝性:類洞前性、類洞性、類洞後性、肝後性に分類)

画像1

・マニアックな疾患が並んでますが、多いのは血栓、腫瘍、肉芽腫性疾患による各血管の狭窄・閉塞、収縮性心外膜炎のような右心不全、特発性門脈圧亢進症あたりでしょうか。
・発展途上国では肝住血吸虫症がcommonなようです。

<コメント>
・本症例は、術後の門脈狭窄などによる門脈圧亢進症、腸間膜-下大静脈シャント形成が疑われましたが、それぞれの病態の関連性ははっきりわかりませんでした。(PD後のシャント形成はいくつか報告されていました。)
・一般的な肝性脳症と異なり、シャント閉塞術により根治可能な場合もあるので稀だとは思いますが疾患を知っておくのは重要だと思います。
・基礎肝疾患がない場合にもアンモニア血症による脳症を来し得ることは学びになりました。
・反復性の意識障害(意識変容)は診断に難渋することが多いですが、鑑別の1つに加えてもよいかもしれません。

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