見出し画像

五本牧畜(昔の日記)


北の国、萎れた村に、一つの奇妙な噂が広がり始めた。
それは、五本足の牛が見つかったというものである。この噂は、村中の話題を一色に染め、人々の好奇心を搔き立てていた。村の子供は、牛を見に行こう、と騒いだ。大人は、その存在を半信半疑ながらも受け止めていた。

その牛を最初に見つけたのは、牧場主のパンクラトフである。彼は毎朝、早く起きて牛の世話をしていて、その日もいつものように、牧場の見回りをしていた。突然、彼は見慣れない光景に目を奪われたのである。一見はただのホルスタインなのだが、五本目の足が生えていたのである。
パンクラトフは目を凝らしながらもその牛へ近づいた。 五本目の足は、地に足を着け、立派に立っているのである。パンクラトフは驚きと感心と共に、その牛が特に痛がったり、歩きにくくしている様子もなく、他のホルスタインと並んで草を貪っていることに気づき、また驚きを隠せなかった。
パンクラトフはこの奇妙な畸形の牛を村役場まで報告し、すぐに名の知れた大学の生物学者が訪問してきた。教授であるカーンを中心に、彼ら数十人は牛を観察し、採血や遺伝子検査を行った。その結果、この牛は遺伝子異常であることが分かったのである。

「今の所、健康状態に問題はなく、動物の畸形にしてはよくあることだが、正常に機能しているのは珍しい。」とカーンは言った。

このニュースはすぐに村中へ知れ渡り、村の人間らがみな牧場へ押し寄せた。子供は声を上げ、大人は物珍しそうにジロジロと見つめる。写真を撮る人、スケッチをする人、ただただそこかしこに立ち見つめる人、神と崇め奉る者。それぞれが牛を見物し楽しんだのである。
一方で、この牛を不吉な出来事の前兆であると不安を口にする者もいた。しかし、パンクラトフは連中に耳を貸さず、牛を大切に飼育し続けたのである。カーンとそのチームは、五本足の牛の存在が持つ科学的な意義に強く疑問を抱いた。彼らは更に詳しい研究を進めるため、牛の生活環境、食生活など行動パターンを記録した。また、他のホルスタイン牛との比較研究も行い、五本足の牛がどのようにしてこの形態を維持しているのかを調べたのである。

「この牛は進化の過程で重要な手掛かりを提供して呉れるかもしれません。自然界における遺伝子の多様性や突然変異について、私たちが理解を深める為の貴重なサンプルです。」


畸形の牛の存在は、村に変化を齎したのである。牛を見ようと生物学者の観光客などが訪れ、村は活気づいた。地元の人間らは観光客へ土産を売り、停滞していた村の経済は潤った。牛の牧場は生物学者などのマニアの中で観光名所となり、村全体がこの牛のお陰で妙な一体感を持ち始めたのである。
しかし、ある日、牛は急に体調を崩してしまったのである、パンクラトフは発見後すぐにカーンへ連絡し、村中の人間が心配して見守る中、カーンらと村の獣医は牛の診察を行った。観光客による環境の変化などが原因の急性ストレスにより、牛は次第に弱り、遂に動かなくなった。あと5分も早ければ救えていたが、観光客の人だかりが邪魔となり、移動に時間がかかったのである。

牛の死は、村に暗い影を落とした、観光客はパッタリと来なくなり、村の経済は再び停滞したのである。さらに、村の人間は不安と不信に包まれ、牛が齎した繫栄が急速に消え去り、村は暗澹たる気にまみれていったのである。

ある日、村の中で盗難事件が発生し、その後も小さな犯罪が相次いだのである。村の人間は互いに疑心暗鬼になり、親族をも疑い出し、嘗ての穏やかで情にあふれた村の面影はゆったりと消えていったのである。
村の治安は悪化し、若者は次々と村を離れ、人口は減少して空き家が増えたのである。

最後には、村は荒廃し嘗ての活気と繫栄はどこかへ消えていったのである。残された村の人間は畸形の牛を振り返り、その現象が引き起こした一時の栄光と執着の危険性を痛感したのである。

五本足の牛は、生物学的におかしく珍しいものでありながら、村に幸運と繫栄、不幸と絶望を分け与えた。チャンチャン


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?