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【学童保育の現場から 〜創介くんの思い出〜】


わたしが学童保育指導員を始めて真っ先に名前を覚えた子に、創介くんがいる。

どうしてだったかは、思い出せない。目立った感じがするわけでもなく、悪ガキぶりを発揮して手こずらせるというタイプでもなかった。強いていえば口がすこし達者だったかもしれない。2年生にしては理屈っぽいというか、言い返しかたが、なんともフルっていて、それをわたしが面白がっていたという向きはあったかもしれない。たとえば……

「そうだよ」
「え? せんせい、いまそう言ったよな?」
「うん、言った」
「だよね? だったらちゃんと片付けてください」
「だから、いまやろうとしてる」
(といいながら片付けようとしない)
「うん? でもやってないじゃん創介くん」
「もう終わったよ」
「どこが?」
「だからあ、、もう!」……と言ってわざとわたしに聞こえるように、

「そんなこと言うから俺、やらないんだよ」
「言われなかったら、やるの?」
「うん」
「じゃ、もうせんせいなにも言わないよ、な? だからやって」
「言ってるじゃん」
「え?」
「だから、いま、言ってる!」

……言われることがとにかく気に触る、ということなのだろう。再現だから詳細を誇張しているけれど大体こんな感じで、要はわたしが何も言わないよ、と言ったこと自体が、すでになにかを言ったことになってるよ、という理屈らしい。

そういう彼だったが、……ある時からぱったり顔を見せなくなった。同僚のせんせいに尋ねれば辞めたのだという。

「親御さんがねえ、カンカンに怒っちゃってさあ」

ある指導員、これはベテランの女性だが、彼女が創介くんの悪口を親御さんに口走ったのだという。

まさか。おもわず耳を疑ったわたしだったが、どうも本当のことらしく、同僚のせんせいが言うには、ある児童が泣いていたとき、その指導員は、創介くんが一方的にお相手の子を泣かせたのです、いつものことでほんとに困るんです、そういうお子様(創介くん)をあずかっているこちらの身にもなってくださらないと、などと、かれの親御さんに言ったというのだ。

ことの経緯が、どうだったであれ、子供同士がケンカをすればその仲裁をするのが指導員のしごとだ。その過程で怪我をさせたり、泣かせたり、などということが起こればそれを親御に伝えることもまたしごとのひとつになる。けれども。

それを親御のせいであるかのような、しかもよけいな仕事を増やしてもらっては困ります、とでも受け取れる口ぶりで、伝えるなんて……。

「非常識、ですよ」
「……シ!」

当のご本人が近くにいた。それに気づかず声を荒げたわたしだった。でもなぜ目を気にする必要が、あるのだ? そもそも咎められるべきは彼女、本人だろう。そう強い反発を覚えた。

まるで敵を捜す兵士のように、彼女のうしろ姿をわたしはとんがった目つきで、追った。

……結局この話は、放課後クラブの定例ミーティングでも取り上げられ、問題となった指導員の名前が出されることなく、こういうことがあったと聞いております、以後じゅうぶんに気をつけて親御さんの連絡や指導に当たってください、というクラブの代表の訓示で終わった。そして。

創介くんが居ないだけの放課後クラブが、残った。もちろん……わたしも、およそ考えられない言葉を投げつけた指導員も。


いまだ健在である。






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