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カラダの言い訳。私の言い分。



考えがまとまらないことを見守っている。何かの筋道をつけることにはきっとワナがあると疑っている。どうしていいかわからなくなってしまい、不安で、オロオロするし、小さい時から今までの、言われてきたこと、耳に残してきたことを見つけ次第さわっていじくり出したりする。そうかぁそういう訳だったんだな、なるほどと得心する。それでなんとなく落ち着いて、でも落ち着いたところがまた不安になってを繰り返す。いい加減飽きて眠くなる。

だからかは知らないが、カラダの臓器のストーリーを勝手に組み上げてみたりする。。腎臓が慢性的に弱っているらしい。そのくせ特に打つ手はないのだという。腎臓を労わる暮らしをしてください、と医者は言い、その具体的なものは民間療法を含めてあれこれ調べたが、結局、私の場合は腎臓の機能の低下を示す数字だけが一人歩きをしており、これを改善する方法は特にないというのが現状のようだ。

腎臓だけ先にあの世に行きたいのかもしれないし、単純に彼(ジの字)だけ髪の毛の白髪のように老化を進めているということなのかもしれない。そう思っている。わからないしそれこそ彼の勝手なのだろう。悔しいような、怖いような、それでいていかにも自分の臓器らしいなと、それこそこれまでのデタラメな私の生き方、数々の忠告、言いつけを、聞いては受け流し、忘れたころにまた蒸し返すを繰り返して怯え、その反動でまたデタラメを繰り返すという生き方を、思い出す。彼、ジの字もあるがままに生きてきた。他の臓器との兼ね合いに振り回されつつ。俺は俺だ、でもさよならなんて言うなよ、なんて拗ねて。

ただ、一つだけ勝手ついでにもう一つのストーリーを思いついている。それは腎臓が、肝臓などの臓器で言われるように昼夜の時間で活動を変えているとしたら?  というはなしだ。こういう話になる。昼のあいだはおしっこを作って出すつまり体の老廃物を捨てる作業に加えて、水分や他の栄養素などの体に必要なものを吸収している、彼、ジの字は、最近若い頃に比べて疲れやすくそんなに働けない。だから寝ている夜になるともっぱら老廃物を捨てる作業に専念している。栄養を体に戻す作業は昼にやればいいや、カラダさんにはそれで申し訳が立つだろ?  という判断。それで朝起きた時のおしっこの量がやたら増えている。場合によっては間に合わず寝ている時にトイレに行く。

夜間頻尿という、腎機能の低下で見られる所見を都合よく解釈してのファンタジーだ。このおとぎ話をしばらく手元に持っていたい。説得力はないが無難という奴にはなるかもと。少なくとも、理解しようとか、誰かを説得しようとかは一番胡散臭いと思える。ましてや医学的な言葉で脅かされた(ここには書けないようなことを実際言われた)私にとって、わからないことはわからないままにしておきたいのだった。少し意地悪く言うと。

知識や証拠と呼ばれるものを踏み台に他の誰かを決めつけることとは、それはあなたの「ひとごと」だと思う。

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