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「名代 野ぼとけそば やまいち屋」〜食を通して湯宿温泉を支える名店〜


店を切り盛りする女将さんと勝広さん

プロフィール

原澤 玲子さん
1947年2月24日生まれ。群馬県みなかみ町の旧新治村布施出身。上京をして1年後、地元の郵便局へUターン。旦那さんと結婚し、やまいち屋さんへ。平成6年、たくみの里店をオープン。

原澤 勝広さん
1971年12月4日生まれ。湯宿生まれ湯宿育ち。高校卒業後、声優の道へ。宇宙戦艦ヤマト・暗殺教室などの人気作品にも出演。父親の死後、やまいち屋さんの仕事と声優業を続けながら2拠点生活を続ける。現在は湯宿へUターン。


親子三代、湯宿温泉で紡ぐ味と歴史

インタビューの様子

芒種が近づく頃、湯宿を散策しながら、楽しむ休日。ふと、腹ごしらえを告げるお腹の声が聞こえてきました。湯宿温泉の楽しみ方は人それぞれですが、老若男女問わず、共通の楽しみ方があります。その一つが食文化です。

戦後から親子三代にわたり湯宿の食文化を支えてきた老舗「名代 野ぼとけそば やまいち屋」。

素敵な暖簾をくぐるとその先に、蕎麦の心地よい香りが漂い、遊び疲れた心と身体を癒してくれる落ち着いた空間が広がります。

 休日のひととき、仕事の合間、旅の途中と、訪れる理由は様々ですが、店内にはやまいち屋さんの美味しい食事を楽しむお客さんたちの姿がありました。


湯宿温泉での大人の嗜み

名代野ぼとけそば

お店の看板メニューである「名代野ぼとけそば」は、海老の天ぷらや山芋など異なる4つの種類を一度に楽しめる贅沢な一品となっています。

「名代野ぼとけそば」の秘密は、具材だけではありません。北海道産のそば実をメインに、その日使う分のそば粉を石臼で挽いており、実から挽いたそば粉は香り高く、よりコシも強い。一口すすると、香りとコシのダブルパンチでさらに蕎麦をすする勢いは止まりません。

カレーうどん

続いて、カレーうどんを頬張ると口に入るツルツルとした触感は、三種の小麦粉を独自にブレンドしたこだわりと、懐かしいカレーの味と出汁の美味しさが広がります。

ビールとおつまみ

最後に、ビールと一緒にあわせるおつまみは、蕎麦屋さんならではのメニュー。かもの燻製と味噌こんにゃくは疲れた身体に染みる、温泉上がりに大人の嗜みを満喫させてくれます。

箸のとまらない筆者

また、今回はお店の店内だけでなく、湯宿温泉唯一のスナックでお食事をさせていただきました。風情のある店内では女将さんとまるで昔からの友人のように親しく接してもらえました。スナックが営業していたころは、締めの蕎麦を頼まれていたそうです。

スナックの様子

親子三代で紡ぐ食を通した歴史と想い

スナックの様子

さて、お腹もいっぱいになったところで、お店の創業の歴史を聞いてみました。

時代を遡り1945年、第二次世界大戦が終わり、日本は混乱の真っ只中。そんな時代に、先々代の店主は湯宿温泉で「ヤマイチ食堂」をオープンしました。

当時、食糧難の中で食材を確保し、人々に食事を提供することが大変重要な時代。女将さんによると、初代店主はなんとアメ横まで仕入れに行き、地元の人々に美味しい食事を提供していたという。

女将さん「おじいちゃんは鉄道関係の仕事をしていたため詳しかったため、アメ横まで仕入れに行き、戦後の食糧難の時代に食材を確保していました。食堂がなかったから、おじいちゃんがみんな仕入れてきて、最初はラーメンをやっていました。おじいちゃんが手打ちのラーメンを作って、ヤマイチ食堂のラーメンは有名だったみたいです。」

調理の様子

「ヤマイチ食堂」は、まさに地域の食の支えでした。次代の流れを読み、平成元年にはお蕎麦をメインにした現在の「名代 野ぼとけそば やまいち屋」に改装。

そばが中心になっても、創業当初から変わらない『手頃な価格で美味しいお食事をお腹いっぱい召し上がっていただきたい』、『お客様にゆったりと寛いでいただけるお店でありたい』この想いをつむいできました。

しかし、平成13年に先代の店主さんが体調を崩して亡くなられ、現在は女将さんと店主の原澤勝広さんと従業員さんで営み「やまいち屋」の歴史を継承しています。

湯宿温泉の歴史と共に歩んできた「やまいち屋」は、地域の人々にとって欠かせない存在となっています。

調理の様子

湯宿の歴史をひもときながら

店内の様子

「やまいち屋」の歴史を語る上で欠かせないのは、湯宿温泉自体の魅力です。

女将さん「昔は華やかで賑やかでした。浴衣を着た旅館のお客さんもいっぱい道を歩いていて、お店の前の通りは渋滞をしているくらい人が賑わいをみせていました。」

湯宿温泉は、苗場スキー場からのスキー客や観光客で人気を博していました。しかし、高速道路の建設などに伴い、お客さんの流れも、時代も変化。それでも、昔ながらのお客さんが変わらない「やまいち屋」の味と想いを求めて足を運びます。

栄枯盛衰の時代の流れの中で、湯宿温泉と共に過ごす中で、時代が変わっても変わらないもの、それは、「訪れる人と迎える人の暖かさ」です。

インタビューの様子

勝広さん「他県の方が町から来てくれて『ここはいいところだね』と言ってくれると、まだまだ湯宿温泉は捨てたもんじゃないなと感じる部分があります。また、手島さんの『Plants & Coffee ね』ができてから、ご飯を食べに行く機会が増えたり、いろんな企画をしてくれたりするのがありがたいです。」

この湯宿温泉に魅入られて、事業や今回の企画をはじめ、新しいことに挑戦する湯宿の人々の姿勢は、湯宿温泉の未来を紡ぐ歴史を今もなお感じます。


記事を読んでくれた方へメッセージ

改めて、店主と女将さんにこの記事を読んでくれる方へのメッセージや伝えたいことはありますか?

勝広さん

勝広さん「2拠点生活をする期間があった中で、父親のような存在の地元の人たちの存在が大きく、Uターンをして現在「やまいち屋」を営んでいます。湯宿温泉に住む人々の温かさや人間関係の深さに、僕自身も沢山支えられました。」

女将さん

女将さん「湯宿温泉は、温泉地だから、いろんな人が出入りしているので、あまり神経質にならずに過ごせる場所です。「よく来てくれました」と歓迎してくれます。その歴史が培ったおもてなしの心があります。」

湯宿温泉に訪れた際は、ぜひ「名代 野ぼとけそば やまいち屋」に立ち寄ってみてください。美味しいお蕎麦と共に、地域の温かさを味わってください。


「名代 野ぼとけそば やまいち屋」

  • 店舗数:2店舗(本店・たくみの里店)

  • 営業時間:11時〜19時

  • 定休日:木曜日

  • 席数:52席


インタビューを振り返って

インタビューを進めていくうちに、私自身も実家が飲食店で、当時の心境を重ねて自分の話に脱線してしまいました。

みなかみ町に移住して、両親との距離感や家の問題で悩んでいた話など素直に話を打ち明けると、勝広さんは東京からUターンして実家を継いだ決断の話や、玲子さんは、嫁いでやまいち屋さんを先代と先代の女将さん、旦那さんと4人でお店を切り盛りしていたお話も。 

インタビューが終わるころには、私自身の悩みも徐々にとけだし、そんな人の温かみが、やまいち屋さん、そして、湯宿温泉のひとたちの懐の深さがこの町の魅力にふれる時間でした。 


この記事を書いたライター紹介!

渡邉祥汰
1995年生まれの山梨出身。2022年みなかみ町に地域おこし協力隊として移住。2023年に卒業して、一般社団法人だうぱを設立。不登校児童の居場所づくり事業と学童事業の2つの事業をみなかみ町でおこなっています!



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