君のいる夏

光り輝くグラスのなかで、氷がカランと音を立てる。
奈緒はピクリと眉を揺らすと、うなりながらまぶたを持ち上げる。
ぼやけた視界には、前と変わらない景色が広がっていた。
「あれ…いつのまに寝ちゃってたんだろ。」
ソファに座りなおしながら、奈緒は髪をなぞる。
壁時計は、ちょうどお昼の十二時をさしていた。
レポートを終えたのが十一時半頃だったから、三十分近くも寝ていたらしい。
ちらりとデスクへ目を向けると、部屋の主である涼は変わらずパソコンのキーボードを鳴らしていて、こちらに背を向けたままだった。
もしかしたら、奈緒がうたたねをしていたことにも、気づいていないのかもしれない。
(涼ちゃん、すごい集中……)
部屋はそこに住む人の心を表すと、前に先生が言っていた。
涼の部屋はいつ来ても整理整頓されているから、本当なのかもしれない。
(私がひとり暮らしをしたら、こうはなれないだろうなあ)
自室の「惨状」を思い出し、奈緒はソファに沈み込む。
涼に家庭教師をしてもらっていた時は、意識して片づけていたけど、最近は教科書やらプリント、果ては洋服まで盛り込んだタワーが建設されつつあった。
大学に入学したばかりで忙しかったから…ではなく、原因はきっと涼が部屋に来なくなったからだ。
同じ大学に通っているといっても、学年も学部も違うため、事前に待ち合わせをしない限り、キャンパス内で会うのは難しい。
先週から、待ちに待った夏休みに入ったけど、それでも状況は変わらなかった。
涼の就職活動が、いよいよ大詰めを迎えているからだ。
(家庭教師をしてもらってた時の方が、全然会えてたよね)
「先生」が「涼ちゃん」になり、「永瀬さん」が「奈緒」になったあの日から、確かに距離は縮まったはずだ。
けれども、正体不明の何かぼんやりとしたものが視界を覆っている気がした。