バレエ

「コンクール大国」から「バレエ大国」へ脱皮するには

日本は「バレエ大国」なのか?

 先週、モスクワ国際バレエコンクールで日本人ダンサーが受賞した。ローザンヌなど有名な国際コンクールで日本人が上位入賞することは珍しくなく、国際的な活躍は目覚ましいものがある。吉田都、熊川哲也ら有名なダンサーもローザンヌ国際バレエコンクールで開花したダンサーだ。
まさに日本は「バレエ大国」として海外でも評価は高い。

何故だろうか。
 まずバレエ人口の厚みが違う。バレエ教室は全国で1万から1万5千にも上り、町のあちらこちらにある。バレエ人口は40万人とも50万人と言われている。少女時代の「お稽古事」として昔から定着しているのだ。
さらにそこに日本人特有の真面目さ、努力、練習熱心さが加わっている。そういう裾野の広さ、厚みは世界でも群を抜いている。

バレエダンサーは職業なのか?
 しかし問題はその先だ。
日本ではバレエダンサーは職業として成り立っていないようだ。そこで勢い若い才能ある人材は海外流出する。

私はかつてNYに仕事で駐在していた時、世界的なバレエダンサーの踊りをしばしば楽しんでいた。そのNYでは日本人バレエダンサーも下積みながら数多くいた。
彼らによると、日本ではダンサーとして生活していけないと言う。ダンスカンパニーに所属しても報酬はごくわずかで、無給の場合さえある。しかも出演するのにチケットを何十枚も大量に自分で売りさばかなければいけない。そうでなければいい役も得られない。舞台の衣装代も自分の負担だ。バレエを踊ってお金を稼ぐのではなく、お金を払って踊っているのだ。
バレエ教室を開いて、その月謝で生計を立てられれば幸運な方だ。
要するにお金に余裕がないと続けられない仕組みになっている。

 欧米ではそうではない。ダンスカンパニーがダンサーの生活保障をしている。年金もあるので、職業として確立しているのだ。英国ロイヤル・バレエ団、パリ・オペラ座バレエ団、NYのアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のようにダンスカンパニーの多くが劇場の専属で、政府や自治体の支援も受けているという背景がまるで違うことにもよる。
 そうすると才能のある日本人の若手ダンサーは将来のダンサー人生を夢見て、欧米のダンスカンパニーを目指すことになる。その足掛かり、登竜門が国際コンクールなのだ。ここで入賞して有名ダンスカンパニー付属の名門バレエ学校で生活支援を受けながら、学ぶことができる。そしてその後、そのダンスカンパニーで踊る道が開かれる。
 他方、既にそういうバレエ学校でバレエを習っている欧米人はプロを目指しており、必ずしも国際コンクールに参加しなくても、ダンスカンパニーに所属する道は開かれている。

 もちろん国際コンクールの受賞自身は素晴らしいことで栄誉ではあるが、その背景を考えると、手放しで喜べるわけでもない。
才能があってもお金に余裕がければ続けられない日本の仕組みに本質的な問題があるようだ。近年、新国立劇場など劇場専属のダンスカンパニーを持つところが出てきて、徐々に待遇も改善されつつあるようだが、まだまだ例外的だ。ほとんどのダンスカンパニーが特定の劇場の専属ではなく、劇場を借りて辛うじて公演しており、ダンサーの負担の上で成り立っているのが実情だ。

 またその悪影響は子供たちにも及んでいる。ダンサーたちが生計を立てるためにやっているバレエ教室では、バレエを教えることを専門に学ばずしてバレエ教師をしている。それが日本のバレエ教育の現状だ。
欧米のバレエ学校では、バレエ教授法を専門に学んだ者しか教師になれない。子供の骨格の成長を踏まえたうえでの正しい教え方でなければ、子供がその犠牲者になるという。

日本は「芸術家に優しい国」か?
 バレエほどではないが、似たような問題は、他の芸術の世界でも見られる。
ヴァイオリン、ピアニストなどの音楽家も有名国際コンクールでの入賞が登竜門になるのは同じだ。大きな国際音楽コンクールで受賞すれば、一流オーケストラとの共演などの演奏機会に恵まれる。
ではそうでない多くのプレーヤーはどうか。
日本は誰に師事したかによって影響されるような窮屈な世界だ。その中で演奏機会を探さなければならない。また演奏チケットも自分でさばかなければいけない。

 日本は果たして芸術家に優しい国なのだろうか。
 そもそも寄付の文化が根付いていない中で、企業のメセナ活動も低調だ。政府、自治体の文化・芸術関連の予算も貧弱といった資金面の問題もある。さらに職業としてのシステム自身ができていないという根本問題があるようだ。
欧米とは歴史も文化も違うと言ったら、それまでだが、芸術家としての職業が成り立つ仕組みがあってこそ、国民は素晴らしい芸術に触れることができるのではないだろうか。

「コンクール大国」を脱皮して、本当の「バレエ大国」になるために、是非とも取り組んでもらいたいものだ。

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