織子アイコン

アイロン

浅井
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彼のぱりっとして糊のきいたワイシャツを見ていると、私はいつも、鼻唄をうたう母の背中を思い出す。真っ白く丹念に洗い上げた父のシャツをアイロン台に乗せたとき、彼女は決まって、私が生まれるずっと前に流行ったアイドルの曲にのせながら、熱い鉄を滑らせた。袖も襟も、広い背中も、一本一本、丁寧に皺を伸ばす。あの人の身に着けるものは、私が完璧にしてあげるの。そんな声が聞こえる。記憶の中で微笑む母は、まるで思春期の少女のように甘酸っぱい匂いを振り撒いていた。
 そんな母に愛を説かれて育った私は、アイロンかけがとても上手い。母の真似をして、ブラウスにもハンカチにもリボンにも自分で丁寧にアイロンをかけているうちに、中学に上がる頃には誰よりも早く、綺麗に皺を伸ばせるようになっていたのだ。私は母のように、いつか愛する人のワイシャツを完璧にしてあげる日を夢見ていた。

 けれど彼は、私にシャツにアイロンをかけさせてはくれない。仕方ない。彼が家に帰るときに着ているシャツは、よれよれでくたびれていなければならない。ベルトやネクタイやらで締められ、仕事帰りに相応しくしわくちゃになった白いシャツを眺めながら、私は、このシャツに丁寧に糊をきかせるひとを想像してみる。
 顔も知らない彼女の後ろ姿が、母の背中と重なった。

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