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太陽のように温かな母親の人柄が、チャップリンの才能を開花させた ~ 「チャップリン自伝ー若き日々」を読む ②

私の幼い頃、けっして裕福ではなかったが、チャップリンの母ハンナに比べれば、遥かに恵まれていた。
私も外へゆくより家に居る方が好きだったのだが、こんなにも優しく母にしてもらって二人で過ごした記憶は残念ながら残っていない。
あらためて、「ヒトを育てるとは?」と「ヒトにとって豊かな暮らしとは?」とは、どういうことなのかについて考えさせられる。
尚、文末に気になる表現があるが、これは母ハンナが極度の栄養不足などで、精神に異常をきたしてしまうことを指している。

・・・もちろん遊びに出ないで家にけるときもないではなかった。
すると母はお茶をいれたり、わたしの好きな揚げパンを焼肉のたれで揚げてくれたり、また一時間ばかりも本を読んでくれたりすることもある。
実際母は朗読が上手だった。
そしてそんなときには、母と一緒に時を過すことがどんなに楽しいか、マツカーシイの家などへ遊 びに行くよりも、家にいるほうがはるかに楽しいことに気がつくのだった。
さて、その日、部屋へはいってゆくと、母はふり向いて、こわい顔をしてわたしを見た。
わたしは母の様子に少なからず驚いた。やつれきった細い体、じっと苦痛に耐えているような痛々しい目つき。
わたしはなんとも言いようのない悲しい気持がして、なんとか母のためにも一緒に家にいたい衝動と、逆にこのみじめな状態から一刻も早く逃げだしたい欲望とが、わたしの心を引き裂いた。
母は冷やかにわたしをみつめながら、「なぜマッカーシイさんの家へ遊びに行かないんだね?」と訊いた。
わたしは涙声で答えた。「だって、母さんと一緒にいたいからさ」
母は目をそむけて、ぼんやり窓の外を眺めた。「早くマッカーシイさんの家へ行って、夕飯をいただいてくるんだよー家には何もないんだから」
明らかに怒っているような口調だつたが、わたしは強いて気がつかないふりをした。
そして弱々しい声で、「母さんがそういうんなら、行ってもいいよ」と答えた。
母は血の気のない頬に微笑をうかべながら、わたしの頭を撫でた。
「そう、そう、そうおしよ。行っといで」そして、今日は家にいたいのだとわたしが頑張っても、頑として聞き容れなかった。
わたしはみすぼらしい屋根裏部屋に母を一人残して、罪の意識にさいなまれながら家を出たーそのわずか数日後に、恐ろしい運命が母を待ち受けていようなどとは、もとより夢にも知らずにだ。

平成25年刊 チャップリン自伝 ー 若き日々(新潮文庫)P9~10



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