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炭鉱

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昭和30年代まで長崎県内に無数にあり、地域の発展を支えた炭鉱のこと
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2024年2月の記事一覧

地底の記録ー呪詛 坑内馬と馬夫と女坑夫 ③ 武松 輝男 著

※著者も亡くなり、出版社も無くなってしまった。 古書もweb上でも、ほぼ見つけることができない。 このままでは、唯一詳細な「坑内馬」の記録が消滅してしまうと危惧し、ここに写し取っておく。 ・・・は停年時の半分になってしまうような制度にしている。 これでは家庭的か、 あるいは身体的な抜きさしならない事情が生れてこないかぎり、辞めることはできない。 坑内での作業がどれほど危険であっても、仕方がないとあきらめる以外にないのである。 そのような坑内職場へ、 父親が災害で死亡したた

「 竪坑櫓 」

この漢字を見て、すっと(たてこうやぐら)と読めるのは、ある程度「炭鉱」に興味を持っているヒトだけでしょう・・。 「三菱高島炭鉱端島鉱業所」のあった端島が軍艦島と呼ばれるようになった要因のひとつが、この竪坑櫓であることは、言うまでもないのですが、そもそも何故このような櫓があるのでしょうか? 岸壁を壊すような荒波や強風が吹き荒れるこの場所に、このような高さ47mもある櫓を建設すること自体が無謀のようにも思えます。 これは軍艦島にあった第2竪坑櫓です。この櫓の下には地底600