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実家が火事で全焼しました

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2024年1月、近隣からのもらい火で実家が全焼。 火災保険無しの状況の中、多くの方からの支援を受け再起をめざしています。 体験したことが、火事の後始末の手引きになればと記事を公開…
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#全焼

実家が全焼して考えた〜火事の後始末

2024年1月、愛媛県にある実家が近隣からの延焼(もらい火)により全焼しました。 車も2台が全焼、1台が一部溶けましたが、家族7名全員無事でした。 火元はお向かいさんの午前4時の天ぷらの不始末。 家族は家が燃える音で目が覚め、言葉通り着の身着のまま逃げたので助かったそうです。 私は火災当時東京にいて、連絡を受けてから準備し当日夜には現地入りしました。 現地に着いてわかったことは、 ・火災保険に入っていない ・出火者に重過失がない限り損害賠償請求はできない(失火責任

実家全焼からの 1週間(時系列)

前回の記事では、実家全焼の経緯を書きました。 火事発生から1週間の心の動きの変化、実際に行ったことをGoogleカレンダーに残していたので、それと共に振り返りたいと思います。 Day1:動揺私が家族からの着信に気づいたのが、火災発生から6時間後の午前10時。 電話を折り返すと、ご近所さん宅に避難させてもらっているとのことでした。 会話の途中でテレビ局のインタビューが入り、取材に応えていました。 電話の時点でわかったことは、全員無事であることと、パジャマのまま外に飛び

火災発生直後〜避難所生活(火事の後始末 Part3)

前回は、実家全焼から最初の1週間を時系列で振返りました。 今回は、火災発生直後からの避難所生活についてです。 公的支援の現実 火災発生直後、家を飛び出した家族は、裏庭や近くの空き地に避難していたと聞きました。 そこで市の生活福祉課の方から、緊急セット(赤いバッグ)と人数分の毛布を住民票と照合しながら渡されたそうです。 今思えば、生存者確認をしていたのでしょう。 緊急セットは、持ち出し用の救急箱のような内容でした。 幸いなことに、怪我人はいなかったので使うことはあ