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APEX日記18

あいも変わらずぼちぼちAPEXやってます

以下、駄文

チバユウスケが死んだ

訃報を知ったとき、頭が真っ白になった。
有名人やアーティストの訃報でこんなにもショックを受けたのは初めてだった。
とてつもなく寂しい気持ちになった。
そこで初めて、自分がどれだけチバユウスケのことが好きだったのかに気付かされた。

いつかライブに行こうと思っていた。
休養の知らせを知ったとき、すこし不安になった。
ただ、チバユウスケなら大丈夫だろうと思った。
そんな雰囲気の人だった。
活動再開したら絶対にライブに行こうと思っていた。その願いは叶わくなってしまった。

チバユウスケとの出会いは、小6のとき。
家族旅行の車で兄がミッシェルのTMGE106を流していた。
スモーキンビリーの「愛という憎悪」という歌詞を「愛という象」と空耳していてなんだか変な歌詞だなぁと思いながら、強烈に耳にこびりついた。

普段、曲を聞いていても歌詞が自然と頭に入ってこないことが多いのだが、チバユウスケの歌詞はなぜだか自然と頭に入ってきた。チバユウスケの歌詞は聞いていると、洋画を見ているような気分になる。とくにミッシェルの曲。直接的な歌詞の意味はわからなくても、なんだか風景がイメージされる。
その雰囲気がとても好きだった。
そしてあの強烈な声。チバユウスケの曲はチバユウスケの声でなければ成立しない。

献花の会には行くことができた。
受付で赤いガーベラの花を受け取って進んでいくと、sixteen candlesが流れていてライブに来たような気持ちになった。

会場に入るとステージには、たくさんの花でできた大きな赤い星があり、その周りに16本のろうそくが立てられていた。

すごく幻想的でキレイだと思った。チバユウスケの曲は歌詞によく星が出てくるので、イメージにピッタリの献花台だったと思う。

会場の中では、チバユウスケの曲が大音量で流れていた。ライブハウスで聞くチバユウスケの曲はいつもより数倍カッコよかった。本当にライブに行ってみたかった。過去の自分をぶん殴りたい。

献花台への列に並んでいると、シャロンが流れ始めた。なんというか、宝物のような瞬間だった。幻想的な空間の中で大音量で流れるシャロンは流れ星のようだった。あのときのことは一生忘れないと思う。チバユウスケがもういないことがより信じられなくなった。

いつまで経っても悲しいぜチクショー。
生であの声を聴いてみたかった。
あんなカッコいい人いねーぞチクショー。
これからも聴き続ける。
ピース

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