見出し画像

社会寓話【本編無料】鬼が棲む集落

1.事件



むかしむかしあるところ
やまのかげにあるちいさな土地には
ちいさなちいさな集落がありました

そこは村長がみつけた
うつくしい泉のある集落で
少ない村人と、みな幸せにくらしていました

あるとき 村長が財宝をみつけました
たちまち、村は豊かになり、栄え
村人が少しずつ増えました
財宝は労働すればみつかります
村人はいっしょうけんめい労働をしました

そんな生活も数年たったころ、
たいへんなことが起こります

村長が鬼におそわれてしまったのです

鬼は、強欲や怠慢に寄ってくるといわれます
財宝をみつけ、村人をいい労働力だ
もっと稼ごうとおもってしまっていた村長は
あっという間に喰い殺されてしまいました

ー鬼に食べられた者は、鬼になるー

それは、だれもが知っていることでした
どんなに村長に恩があろうと、
鬼と一緒にすごすことはできません

村人たちが怯えるなか
鬼になってしまった村長は
新しい拠りどころを求めて姿をけしました


村人は困惑しました
この集落のことを一番しっているのは村長だから
これからの生活、財宝のさがしかた
わからないことばかりでした
どうしよう、どうしよう、どうしよう


2.選択


(あそこの集落、村長は鬼になったんだって)

別の集落へもたちまちウワサは広まります
集落はすっかり孤立してしまい、
財宝もまったく見つからなくなりました

村人は、この集落を捨てるか
このまま貧しい生活をしていくのか
選択をしなければなりません

それは、とても つらく苦しいものでした

しかし村人は、全員が集落にとどまりました

村人の中から自分が新しい村長になろう、と
立ちあがる人間がいたからです
新しい村長は、別の集落の生まれでした

『あたらしい集落に生まれかわろう』
『オニ村長のことは わすれよう』

その希望を胸に、全員が集落にとどまりました



3.半年後



それから半年がたちました

少しずつですが
集落は活気を取りもどしはじめています
悪いウワサも減ってきて
隣の集落とも付きあいができるようになりました

また、これまで集落にあった
あらゆる決まりごとやまつりごと
すべてに権限があったオニ村長がいない今
村人たちは自分たちで考えて
行動しようとかわりはじめていました

集落のなかには班がいくつもできました
新村長と各班長は何度も話しあい
集落のたてなおし、どうやったら財宝がとれるか
作戦を練りつづけていました

今までどおりとはいきませんが
だんだんと、少しずつ、
また財宝がとれるようになってきました

このままもう半年、1年がんばれば
もとの生活にもどれるかもしれない…
そんな きたい・きぼうが芽生えます


ところが

ある日、班長の一人が
泉のちかくに穴をみつけました
…とてつもなく真っ黒で、おおきな穴
深く、ただならぬ空気がつたわっています
すべてを終わりにしてしまう、
不穏や気味の悪さをまとった穴でした

 財宝をとりすぎたせいなのか
 オニ村長が隠していたものなのか
 自然災害によるものなのか
 財宝の貯蔵法がよくなかったのか

理由はだれにもわかりません
原因を調べられる人は、どこにもいません

ただ、このままではいけない
なんとかしなければならない
それだけは分かりました

けれど、この穴をなんとかするには
泉をみつけたひと、
一番集落のことを知っている人の力が必要です


いちばんしゅうらくのことをしっているひと…


『消えたオニ村長を連れ戻そう』


どこからともなく、そんな声があがりました
声があがったわけではないのかもしれません
ただ漠然と、空気のようなー…
そうするしか道がない、というような

事実、この集落はいまだオニ村長のものでした
オニ村長がみつけた泉にはふしぎな力があります
みつけたオニ村長を主人としていて
他の誰も近づくことをゆるしてくれないのです


穴をふさがなければ、集落は崩壊してしまいます
それに気づいた新村長や班長たちは
オニ村長をつれもどすといいました
実は、オニ村長の居場所を知っていたのです

村人は反対しました
いくらなんでも、とつづけます

 鬼になった村長とはもう会わない
 そもそも原因はオニ村長のせいじゃないか
 オニのことは忘れろといったじゃないか
 一度鬼になった者は信用できない

最もな意見でした
でも、あの黒くて大きな穴は
今の村人の力を総動員しても太刀打ちできない
それを分かっていた新村長はいいました

「鬼も、もとは人間だったのだ」と

いちどはオニ村長をむかえいれてほしい
それは、哀願のようにもみえました
納得できないままの村人のもとに
とつぜん瓦版がくばられました


ー  三日後の申の刻にて、会合をおこなう
  オニ村長が帰集され、思いを語りし ー

こんな身勝手なことがあるものか、と
村人たちは憤りました
過去の人だと思っていたオニ村長が
まもなくやってくるというのです
まだ、鬼になったあのころのままの、オニ村長が

会合には参加しない、という村人もいました
参加する、どんなツラしてるか見てやる
という村人もいました

どうやらオニ村長は人間の姿をしているようで、
ー鬼に食べられた者は、鬼になるー
これすら迷信ではないか
という声まであがりました

「思いを語りし」とはなんなのか
一体なにをしゃべるというのだろう
さまざまな憶測がとびかうなかで
やはり大きな穴は広がるいっぽうでした
穴はより黒く、深く、直径をひろげていきます

新村長と班長はいいました
「オニ村長を、村人で見極めてくれないか」
果たしてその正体は 人間か鬼か…
そのためにも会合が必要だと説きました

何人かの村人は、意を決して
会合に参加することを決めました



4.会合


その丁度 三日後、申の刻

オニ村長があらわれました
半年ぶりにみるすがたは
哀しい人の顔そのものです

オニ村長は文をとりだし、よみあげました
随分とながい時間をかけて
自分がいかに浅はかな人間であったか
悔いる内容をつらつらと語りました

最後には、もう一度この集落をたてなおしたい
村人に協力してほしい、と結びました

村人たちは口々に不信感をぶつけました
しかしオニ村長は哀しい顔をするばかり

 強欲や怠慢があったのか
 半年間どこで何をしていたか
 大きな穴をどうするつもりなのか

どの質問にも、
オニ村長は答えることができません
ただただ哀しい顔をするのです

「大きな穴をどうにかしたい」
「そのために集落にもどりたい」
オニ村長はそう訴えることしかしませんでした

そのさまをみつめる一人の村娘がいます
村娘は気づいていました

オニ村長が謝ったのは文を読んだときだけ
いちどだって自分の心から湧き上がることばで
謝罪のことばを口にしてはいない、
村人の問いにこたえてはいない、と

そして あること に気がつきました
オニ村長の「あるもの」を見てしまったのです

そして村娘は、集落をでようと決意しました
ただ、荷づくりに時間がかかるため
しばらく集落に残ることにしました

村娘だけではありません
多くの村人が、憤りを口にしました
オニ村長と関わりたくない、それが
その場にいた多くの村人の本心でした

いくら人のかたちをしているとはいえ
強欲と怠慢をもってしまったことは明確です
すぐにゆるしたり
受けいれたりすることはできなかったのです

しかし、集落を出る、
となれば重い決断をしなければなりません

老若男女の村人が
これからいったいどうしたものかと
半年前とおなじように いや
半年前よりももっと
つらく、苦しい時間をすごしました

そうしているうち
集落の食糧がなくなってきました
どうやらおおきな穴は、
食糧を吸いとっているらしいのです



5.穴



どうやったら穴をなくすことができるのか
オニ村長はそればかりを考えて
集落をのすみずみを調べてまわりました
けれどわからないのです
とてもむずかしいのです

当然です
オニ村長がしっているのは
泉のことと、財宝のことだけなのですから

自分がいないあいだに突然現れた穴
まったくどうしてこうなった
オニ村長は苛立ちをおさえるのにひっしでした

オニ村長は別の集落から人を連れこみ、
集落にある土地や民家にあがりこんで調べました

突然あらわれるオニ村長に
集落全体が困惑し、恐怖にふるえていましたが
「この集落を立て直すためだ」
とオニ村長は人の顔をして言うのでした

ある民家で、村人がいいました
「気軽にあがりこまないでくださいませ
 別の集落で『鬼をいれた』と
 ウワサがたったらどうするのです」

オニ村長は「それは、どうしたもんかな」と
うわの空でかえします
とにかく、穴をふさぐことしか頭にないのです

穴はふさがらず、食糧がなくなりはじめると

・一日一食マデ
・米ハ気軽ニ食ベルナ

という瓦版がでるようになりました

これに不満をもった4人の村人が
集落を去りました

残った何人もの村人も
集落から去ることを口にするようになりました
しかし でたあとの行くあてもなく、
決断をできずにおりました

そんなとき、ついに口減らしの令が出されます

食糧確保のため、
別の集落から米をもらえることになったのですが
村人全員分は受け取ることができません

村人全員に満足できる量の食糧をわたすため、
何人か村人を追い出すことになったというのです

オニ村長が、追い出す村人を決めました

財宝をみつけるのが得意な村人が
とうぜん、残るのだとおもわれましたが

オニ村長が選んだのは、自分に従順な村人や
遠い血縁関係にあたる村人でした
別集落に知り合いが多い村人も残されました
そして、オニ村長が会合のあと連れてきた
泉について知識のある人間が居座りました

集落の入り口には

『鬼は追い出しました、
 新村長のもとがんばっています』

という看板をたてかけておりましたが、
新村長は集落を去ることになりました
看板が書き換わる様子はありません

オニ村長はいいます
「新村長を訪ねるものには、
 彼は流行病の治療中だとこたえなさい」

村人たちは、叫んでまわりたくなりました

  鬼をむかえいれております
  大きな穴があって大変です

しかし、そんなことを
外に漏らすわけにもいきません
また集落が孤立してしまうからです
まったく、納得できませんでした


そして思い知りました
なぜ半年前に自分たちは集落を去らなかったか

集落から出るのが怖かったわけじゃない
村の仲間たちと
離ればなれになるのが嫌だったのだ、と

オニ村長が「喰われたこと」
…そんなことはもうどうでもいいのです

「喰われる理由があったこと」がゆるせない

あんなに自分たちは苦しんだのに

「のうのうと生きている」ことがゆるせない


これまで つらく、苦しい時間を
すごしてこれたのは
まぎれもなく自分以外の村人たちのためでした

それに気がついた村人は
ひとり、またひとりと
ゆっくり荷づくりをはじめるのでした



6.村娘



会合の日、集落を去ると決めていた村娘がいます
後日オニ村長がやってきて

「すぐにここから出ていってくれないか」

と言いました

こっちのセリフだ馬鹿野郎、
村娘は思わず殴りかかりたい気持ちに
なりましたが、できません

なぜなら、オニ村長の「あるもの」を見ると
何をいっても無駄だとわかったからです

「あなたは村人を支配できる立場ではない」

それが、最初で最後
村娘のせいいっぱいの反抗でした
けれど、オニ村長がその言葉を理解しているとは
到底おもえないのでした


相変わらず、穴はふさがりません
そのあいだ、5人の村人が去りました
さらに4人の村人が、荷づくりをはじめました

一方で、新しい財宝のありかもみつかりました

オニ村長はいいます
『これから最高の集落になるぞ』
財宝をとることさえできれば、
それと食糧を等価交換できるはず
穴のことは、じっくり調べていけばいい

オニ村長は、ぜったいに
集落を手放したくはありませんでした
自分がみつけた泉、自分が築いた財宝の山
あの感覚がわすれられません
村人も、きっとわかってくれる
いや、わかってくれる人が残ってくれている…

オニ村長は今日も泉へむかいます
穴をしらべ、財宝のありかをながめます
結局、村人のすがたに目を向けることは
ただの一度たりともありませんでした



さて、村娘が集落をたつ日がやってきました

オニ村長のすがたはありません
穴をしらべているのです
新村長、班長、残された村人に見送られ
荷づくりをしそこねたまま住処をさります


村娘は集落をぬけたあと、思わずふり返りました
自分がさっきまでいた集落を眺めてみたい
ほんの出来心でした

外からみた集落、そのすがたは…


なんとそれは

一つの おおきなおおきな 暗闇 でした

陽のあたることのない、ちいさなちいさな集落

やまの陰になっているだけだと思っていたけれど
その暗さとはまったく違うものだとわかります

真っ黒で、おおきな、深い、
全てを終わりにしてしまう、
不穏や気味の悪さをまとった暗闇です
これは まるで…

「あの、穴みたいね」

村娘の足は震えていました
自分が信じていたことを思いかえします


ー鬼は強欲や怠慢に寄り、その身体を食らうー
ー鬼に食べられた者は、鬼になるー

本当にそうだろうか、村娘は考えます

自分があの会合でみた「あるもの」、
それは オニ村長の


『かげ』


会合でみたのは、哀しい人の顔をするオニ村長の
『かげ』でした

オニ村長の黒いかげが、
角をはやして蠢いていたのです
すきあらば村人を食ってしまおうという
杜撰で浅ましいすがたでもありました


鬼が喰らうのは、身体ではなく心そのもの
魂を喰われては、見た目で判断ができません

オニ村長の『かげ』
突然あらわれた『穴』 そして
この集落全体をおおった『暗闇』

それらはどれもよく似てみえました

村娘は思います

鬼が好むもの、それは
強欲や怠慢にぬられた魂だけなのだろうか
いや、強欲や怠慢だけともかぎらない
人の弱み そのものにつけ込み、
喰らい、永遠に生きつづけているのだ、と

オニ村長、新村長、班長、村人たち…
さまざまな顔をおもいうかべながら
あの集落には一体 どんな鬼が
どのくらいの数 潜んでいたのだろう
とおもいめぐらせました

自身の心も、何か毒されているかもしれない
そうおもい身震いしました
そして、一晩かけてひとつの山をこえたのです
こんどは、けっして振り返らないで


山をこえて新しい町がみえるころ
昇る朝日が村娘のからだと心を祝福しました

村娘は何も持っていません
お金も、荷物も、集落におきてきたまま
足はどろだらけになっていましたが
気にせずおもいきり駆けだしていきました

その祝福の朝日を、いっぱいに浴びながら





そのころ集落では、

となりの集落からお米をうけとりました
穴の調査はつづいています
あたらしい財宝のありかもわかっています

けれど村人はずいぶんと減りました
財宝をみつけてくれる人は
わずかしかいません

暗闇の集落の中、オニ村長は
人間の哀しい顔をはりつけていい続けます

「この集落にはたくさんの財宝があるんだよォ」
「いっしょにいい夢をみようよォ」

そうして新しく集落にすんでくれる村人を
さがしに出かけるのでした











(善良な村人たちへ
 敬意と感謝をこめておくります)
 23.06.28  5906文字


本編はこちらで終了です

いいな!と思ってくださった方は
下記からご購入ください

(購入していただくと、
 あとがき が 閲覧できます)

7.あとがき〜下記有料〜


…自分と未来は変えられる…

よく聞く言葉です。
だけどそれって言い換えれば
「過去と他人は決して変わらない」

ここから先は

1,010字

¥ 150

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?