橋本倫史『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』試し読み(パーラー小やじ)
市場に吹き込む東北の風 パーラー小やじ・新垣祐紀さん
沖縄の酒といえば、真っ先に思い浮かぶのは泡盛だ。こう書くと、復帰前を知る世代からは「アメリカ世にはウィスキーをよく飲んだ」と反論があるかもしれない。あるいは、ビール党からは「やっぱりオリオンビール」と声があがるだろう。沖縄で飲める酒も今や多様化しているけれど、「パーラー小やじ」で日本酒を目にしたときは新鮮な印象を抱いた。それも、扱っているのは北国の地酒である。
オーナーの千葉達実さん(43歳)は宮城県出身。仙台にある居酒屋「壽哲廸」で修行したのち、2010年に泉崎で「飲み食い処 小やじ」をオープン。ここでアルバイトとして働いていたのが、現在「パーラー小やじ」で店長を務める新垣裕紀さん(31歳)だ。
「僕は南城市の出身なんですけど、こどもの頃からこのあたりに来る機会があったんです。路地が入り組んでて、小さなお店が並んでて、ちょっとわくわくする場所でした。そんな場所に、急にぽつんと足立屋さんが現れて、びっくりしましたね」
大衆酒場「足立屋」が公設市場の近くに進出したのは、2014年秋のこと。まちぐゎーを歩けば、今ではいたるところに「せんべろ」を掲げる店があるけれど、その嚆矢となったのが「足立屋」である。「飲み食い処 小やじ」で働きながら、買い出しでまちぐゎーを訪れていた
新垣さんの目に、昼から営業している酒場は新鮮に感じられたという。
新垣さんが買い出しに足を運んでいたのは、牧志公設市場と、そのすぐ近くにある松尾二丁目中央市場だ。松尾二丁目中央市場には、「タイム」というパーラーがあった。沖縄そばやタコライスが食べられる老舗のパーラーだったが、惜しまれつつも閉店してしまう。その立地と佇まいに惹かれ、「ここで酒場をやらせてもらえないか」と大家さんに相談にしたところ、二つ返事で貸してもらえることになった。なるべく街に馴染めるようにと、改修工事は最小限に留め、店名も「パーラー小やじ」としてオープンした。それが2015年8月2日のことだ。
「オープンした当初は、ちょっと反応が薄かったんです。このあたりには肉屋さんや魚屋さんがあって、昼は賑わってたんですけど、夜になると真っ暗になって、うちだけぽつんと灯りがともっているような状態で。でも、まちぐゎーの方たちが仕事帰りに寄ってくれるようになって、少しずつお客さんが増えていきましたね」
「パーラー小やじ」は、東北のお酒だけでなく、定義山三角油揚げ焼きや、いぶりがっこなど、東北では定番の肴も扱っている。沖縄では馴染みの薄い料理ではあるけれど、「一体どんな味がするのだろう?」と目を輝かせて楽しんでくれる人が多かったと、新垣さんはオープン当時を振り返る。お店を切り盛りする上で大切にしているのは季節感だ。
「沖縄は年中暖かいので、季節を感じる機会が少ないと思うんです。だからこそ、お酒もツマミも、季節を感じられるものを提供できるように意識してます。たとえば、もう少し寒くなるとセリ鍋を出すんですよ。沖縄ではセリという野菜は馴染みがないから、最初は『セリとは何だ?』というところから始まるんですけど、今では『冬はセリ鍋を食べないと』と注文してくださる方もいます」
古来より交易で栄えた沖縄には、チャンプルー文化が根づいている。各地の文化を自由自在に取り入れて、沖縄の文化は形成されてきた。ここ10年のあいだに、まちぐゎーに新しい風が吹き込んで、新たなチャンプルーが生じつつある。
「うちの店でも、東北から仕入れた食材だけじゃなくて、県産品を使うようにしているんです。
やっぱり、すぐ近くに市場があるので、美味しい県産品がたくさん手に入るんですよ。たとえば、つくねピーマンというメニューも、実はピーマンが主役なんです。すぐ近くの八百屋さんで県産ピーマンを扱っていて、これを氷水で締めて、塩を振るだけで美味しいんですよ。お客様に『これ、どこのピーマン?』と聞かれたら、『あそこの八百屋さんのです』と案内する。東北の食材と県産品とを、良い具合にチャンプルーしていけたらなと思ってますね」
毎日お客さんで賑わっていた「パーラー小やじ」も、新型コロナウイルスの影響で臨時休業を余儀なくされた。緊急事態宣言が取り下げられたあとも、人が集まる場所である酒場を再開してよいのか葛藤があった。ただ、お客さんからの励ましの声に背中を押されて、2020年6月5日に営業を再開した。席数は減らし、消毒液も席ごとに用意した。しかし、何より感染症対策となっているのは、「パーラー小やじ」には外壁がなく、常に外の空気に晒されていることにある。
「それはお客さんからもよく言っていただけますね。うちは壁がないから、通りかかったお年寄りの方が席に腰掛けて、注文せずに世間話を始めることもあるんですけど、そういうのも街の風景だと思っているから、そのまま座って話してもらってるんです。あるいは、近所のこどもたちから『水ちょうだい!』と言われたら、水を出してあげるようにしてて。そういうのはこの場所ならではの風景だから、なくならないで欲しいなと思っています」
こどもたちが駆けまわる姿を横目に、秋風に吹かれながら熱燗を飲む。そんな愉しみも、まちぐゎーの定番となりつつある。
(「琉球新報」2020年10月23日掲載)
橋本倫史
『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』
□四六判並製 □336ページ □定価2200円(税込)
□ISBN978-4-86011-476-3
2023年3月中旬発売
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