見出し画像

大評判!書店員の教科書『本を売る技術』の第一講を公開です。

画像4

『本を売る技術』
矢部潤子(本の雑誌社刊)
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114388.html

第一講 咲く場所に置きなさい

最初に教わったこと教えること

矢部 この間、いろいろ整理してたら2007年からリブロ池袋本店閉店までの手帳が出てきたの。懐かしくて見てたら、2007年頃は空欄が多いんだけど、改装した頃(2009年)からだんだん埋まってきてて。
── あら、真っ黒じゃないですか。しかも一日何個も予定が入ってますね。
矢部 サイン会とかイベントがこの頃から圧倒的に増えていったんですね。あと著者訪問も。
── 何時、何時に来る……と書かれてますね。しかも一日に何人も……。著者ってこんなに来てるんですか。
矢部 その間に出版社さんとの商談もあります。
── 僕、30年くらい前に本屋でアルバイトしていたんですけど、その頃ここに書かれているような仕事はほとんどなかったような……。
矢部 ないですよね。著者が書店を訪ねて来るなんて。
── サイン会以外で著者が来るなんて考えられなかったですね。
矢部 あと、増えたのは取材かな。
── それ以外にも出版社が新刊のゲラやプルーフを持って来て読んでくれとか。そんなことも以前はなかったですよね。
矢部 ゲラなんてないですね。見たこともなかった。
── 書店員の仕事ってすっかり変わっちゃいましたよね。
矢部 今は兼イベント屋さんだよね。売場を作るより、何かを企画することが仕事になったのかも。その分、売場作りは疎かになってしまっていると思います。
── やっぱり疎かになってますか?
矢部 店員の数だって減ってるでしょ。今やらなきゃいけない仕事をしていると、売場の仕事ってどんどん後回しになっていっちゃう。本末転倒だと思うんだけど。
── 僕は1年半くらいしか本屋でアルバイトしてないんですけど、その後、出版社に入った時に自分のペースで仕事ができるってこんなに楽なんだと思いました。
矢部 ワタシも今、人生で初めてデスクワークの仕事をしているからその気持ちよくわかります。この手帳みたいな仕事、そのときは楽しい!って思ってたけど、イベント屋さんは嫌かも。
── 一日中振り回されて、何もかも気になって……。
矢部 それで実際には売場は進んでないなんて(笑)。
── 変に充実感はあるから、やった気にはなってしまいますしね。
矢部 でもね、みんな気になってると思います。棚が荒れているとか、あれ注文しなきゃとか。それができないことが、実は書店員にとって一番ストレス。
── その書店員の仕事を教えてくれる人もいなかったりして、いきなり売場を任されている人も多くて、これであってるんだろうかと不安を抱えながら日々仕事をしているような人も多いと思います。
矢部 不安なのはわかります。ワタシも学校を卒業して芳林堂書店に入社した3年間は周りが全員先生だったけど、次に勤めた新所沢のパルコブックセンターでは経験者で入ってるからもう誰からも教われないんだって思って不安になりました。
── 芳林堂での3年間はどんなことを教わったんですか? 
矢部 新入社員を定期的に採用し始めた頃に入社したせいか、先輩たちがすごく期待していたみたいで、とても一生懸命教えてくれました。ただそれが座学だから眠かったけど(笑)。
── ははは。
矢部 でもね、当時の店長が年配の女性だったんだけど、自分の長い読書生活みたいなことを話してくれて、これが意外と面白くて、こんなに本読んできてるんだって感動したのは覚えてますね。
── 出版流通に関する話とかもそこで勉強したんですか?
矢部 店長やフロア主任たちが総出で講師になって、めいっぱいカリキュラムが組んでありました。トーハンや日販が配ってるような新入社員向けのハンドブックを持たされて、読みにくい版元名とかそういうのを一週間くらいやりました。今でも覚えてる。古今書院とか芸艸堂とかね。
その後、全館を3ヶ月間かけて巡回しました。それでワタシの最初の配属は理工書だったの。

新・よくわかる出版流通のしくみ

── 書店員スタートは理工書だったんですか?
矢部 そう。それで、その間にも仕入れの係長だったかな、「君たちがあまり理解できてないと思うから、僕が教えます」って喫茶店に呼ばれて、「常備について喋るからみんなメモとって」とか言って、講義をしてくれました。
── そんな風に丁寧に教えてもらえるなんて今となっては夢のような話ですね。
矢部 その係長のおかげで、書店の仕事が少しわかった感じでした。配属後で、ようやく自分の仕事が始まった頃だったから疑問も湧き出ていて、タイミングも良かった。常備は正確には常備寄託といって、入荷するけれど書店の在庫ではないんだとか、1年経ったら返せるとかそういうことだけじゃない、これは1年間借りていて陳列と補充の義務があるんだとか、新刊委託とか延勘とかいろいろ教わりました。その講義が何回かあって、その度に「質問がなければもう次は講義しない」って言われたから一生懸命質問を考えたりしてました。例えば、その書店では必備カードというのを盛んに利用していて、外見は常備カードにそっくりだったんだけど、そのふたつの違いはなんですか? とか。
── それは真剣になりますね。
矢部 係長も熱心でした。それと、スリップを後ろに差すというのも、その頃売場で教わりました。
── それは新刊で入ってきたときに差し直すんですか?
矢部 そこまではしなかったけど、当時は棚の前にいる時間が長かったから、本を出してはスリップを差し直してました。
── 最後のページに差すんですか?
矢部 最後のページから2枚目くらい。奥付が見えないと不便なので。常備カードがあればそれも隣に差します。
── スリップは奥にしっかり差すんですか?
矢部 そこ聞きますか。ちょっとうるさいですよ(笑)。落ちないように奥に差せって習ったんだけど、それだとレジで抜きにくい。なので、3年くらい経った頃に自分で変えて、背側と小口側のちょうど真ん中くらいに差してました。差す位置も、最後のページから2枚目って習ったのに、本全体の中ほどに変えて、そのページ1枚にはさんでいました。それとね、スリップのボウズは出し過ぎない。ハードカバーだったらハードカバーの上面よりちょこっと出たくらいの感じに揃えたかったなぁ。
── でもボウズの出っ張りはどうしようもないですよね?
矢部 そこは、スリップを折り直します。
── ええっ?! 入荷した本のスリップを折り直すんですか?!
矢部 そうです。一度取り出して、飛び出し過ぎない位置で折り直します。ボウズが出過ぎてると抜く時にヘロってスリップが破けちゃうじゃないですか。破けると番線印押せないから。
── ああ……。ボウズって、飛び出たほうがいいのかと思ってました。飛び出るのが少ないと印刷所に文句言ってたりして……。

画像1

矢部 困りますね(笑)。今はもうスリップに番線印押さないからいいんだけど、昔はスリップに番線印押してそれが注文書として流通していたわけだから。それに常備カードや必備カードは長く使うものだから、とくに大切にしていました。
── 矢部さん自身も後輩や部下を持ったときにはそうやって教えていたんですか?
矢部 パルコブックセンター渋谷店にいた頃が一番教えていたかなあ。まずね、図を書くわけですよ。
── 棚のですか?
矢部 いや、本の流れのね。新刊と新刊じゃないもの。新刊と呼んでいるのは新しい本のなかでも、一応出て3ヶ月が目安なんです、みたいなことをね。さらに新刊と呼んでいるものは委託品といって出版社から借りているもので、支払いはあとでいいのでとりあえず置いて売ってくださいって出版社が取次店に入れて、その取次店から我々本屋さんに撒かれているものなんです、と。そうではない3ヶ月以上前の本は基本的に買切なのでお金はすぐ払う。その代わり、買切ったからにはきちんと棚に置いて売らなきゃならない、その責任があると。そうすると、新人の子は売れなかったらどうするんですか? なんて言ってくるんだけど、売れなかったらどんどん増えちゃうし、売れても注文しなかったらどんどん減っていく。そういうことを教えていくと、へえ、とは思いつつもどんどん頭のなかがゴチャゴチャになっていってるのがわかります(笑)。
── 僕もゴチャゴチャになってきました(笑)。
矢部 例えば新刊だけの本屋を想像してみてって。直近3ヶ月の間に出た本だけ並んで、古い本が一切置いていない本屋ね。そんな本屋には行きたくならないでしょって。それに本屋が新しい本しか置かなかったら、出版社は古い本をどうしたらいいんだ、お客さまは発売して3ヶ月くらいの本しか買えないのかってことになるから、そのために常備や延勘とかいろいろな仕組みと取引条件があって、お店に揃えておくことができているって話をします。
── 勉強になりますね。
矢部 取次もトーハンや日販だけじゃなくて、もっと専門書だけを扱ってる取次とかがいっぱいあって、出版社によって卸している取次が違ったり、うちだっていろんなところから仕入れているって言うと、ひとつの取次じゃないんですかなんて言ってくるから、仕入先がひとつしかなかったら不便なことも出てくるし、あるいは地図だけ得意、学参だけ得意みたいなところから仕入れたほうがしっかり売れるときに商品があって、納期が短いこともあったり、営業の人がきめ細かくアドバイスしてくれたりして、そんなメリットも伝えてあげたり。そういうことをメモ紙に書きながら話します。「そのメモください」って言った子には、その後も教えます(笑)。
── その時点で実はテストされてる(笑)。
矢部 質問もなく、そうなんですねって言ってメモを置いていった人のことは、そのあと忘れます。
── ふふふ。
矢部 棚を担当することになった人には、こんな感じで本が入ってくる仕組み、新刊と既刊の違いや取次の役割などを話します。売場の棚っていうのは、発売後3ヶ月ほどの新刊と、それ以前に刊行された既刊が並んでいて、その新刊部分は、どんどん新陳代謝していくんだけど、新刊委託期間を過ぎて、かつ常備とかの条件が付いていない本は、買い取ったことになるので、売らなければいけないって。それで出て3ヶ月目の本を手に取って、これはこの後、売れるかどうか真剣に考えてみてみたいなことは言っていた。
── 構造がわからないと先に進めないですものね。

画像3

『本を売る技術』
矢部潤子(本の雑誌社刊)
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860114388.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?