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土星

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#詩

コロナ

文庫本から顔を上げてマスクをしたままにおばさんは話しかけてしまう デジタルな呼吸  デジタルな画面を覗き込んでいる青年に目が悪くなるわよって 禁止されているのに 禁止されている  だれかに 禁止されている だれかに話しかけたかったことを今頃思いだす 黄色い嘴の鴨が二匹 彼らにだけは話しかけようかなと思う どうせお互いに言葉は通じないから そうしたらランニング中のお兄さん二人が話しかけてしまって 世界に 話しかけてしまって 心の距離が吹っ飛んでしまって 三才に満た

十五夜

思い出が大きすぎるとつぶれてしまう 満月と取り残される 苦難はあと百万回    異国での日記は広すぎて貴方を救えない  死の穴が小さすぎて今日は濡れた紙に染み渡る   大人になったから同じ味   指先を刺した痛みを数えられないから     輪郭の深さで齢を想像してみる

18歳の #8月31日の夜に

春先から溶け出した空 燃えたぎっている地面を裸足で歩いていて 3秒に一度、海が呑み込みこんでくるのが視界の上方に入り でも決して水辺には手は届かず 穴に落ちていく重力を感じる 夏の終わり、街中で同窓生が私を見つけたとき 私はとうに水底にいて 身体は燃え盛っていて 目の焦点はなく こちらを見据えていた そう彼らは証言する 3月31日から4月1日に変わった瞬間 級友は皆ハチマキを額に巻き始めた、高校三年だもの 私の周りだけ、机も手も黒板も文字も真っ白になったのを 世界が真っ白