異世界、福岡にて 第3話「女王」

 
 タクシーを拾い、俺たちは再び目的地へと向かうことになったのだが、タクさんが運転手に告げたのは「フクオカタワーまで」との事だった。福岡タワーといえば福岡の街を一望できる観光名所だが、この世界では何か違うのだろうか。いや、大きく違うのだろう、と俺は先ほどのマフィアたちのことを思い出してため息をついた。あいつらはいったい何なんだ。それに魔王も……。

「あの、魔王っていったい何なんですか?」
 
 俺がそう訊ねてみると、助手席のタクさんは少し考え込むようなそぶりをするばかりで何も言わなかった。まさか剣と魔法のファンタジー世界のような悪辣な魔王が実在するとは考えにくいが、なにしろ魔王という名称が不安を掻き立てるし、マフィアどもの存在がチラつくのもある。わずかな沈黙ののち、なぜかついてきてしまっていたかざりさんが俺の隣で肩をすくめた。
 
「百道クンは何も知らないの?」

「そうやな。どうもアレかもしれんけん、一応魔王んとこ行こうって話になっとる」

「アレかぁ……そうなんだね」
 
 アレって何?

「じゃあ僕から説明させてもらおうかな?」
 
「えっと、助かります」

「まず、そうだね、うん。魔王はこのフクオカを治めている最高権力者なんだよ。ようするに役職だね。地方ごとに存在してて、キタキュウ地方とかチクホー地方とか他にもたくさんあるけど、今は省いておこうか。それで、ここフクオカ地方ではミズタキさんが支配しているんだ。魔王の仕事は多岐にわたるんだけど、一番は外交かな。他の地方との関係を悪くしないよう、いろいろと気を使うみたいだね。他にも税金そのものを定めたり、その税金の使い道を決めることとか、たくさんやることはあるみたいだよ。僕も細かいことまでは知らないけどね」
 
 ひょっとしてこの世界には県が無くて、県知事みたいなものが魔王なのか、と解釈した。
 
「ずいぶん権限が有りそうですね」

「魔王だからね。でも、そうなんだよ。だから六滅議会ろくめつぎかいがある」
 
 なんて?
 
「六滅議会というのは、魔王が幅を利かせすぎないように動く組織なんだ。つまりは魔王に対する抑止力だね。でも、最近は六滅議会が暴走気味みたいなんだ」

「暴走気味って……」

「うん、漂流物ギフトを集めて魔王との戦争に備えているという噂とか……あ、漂流物ギフトはわかるよね?」
 
「妙な力が使えるようになるとかいうやつですよね」

「そうそう。僕はさっき披露した炎の漂流物ギフトを持ってるけど、他にも持ってるよ。ただ複数同時には使えないし、物によっては結構デメリットもあるんだ。それでも異能の力を使えるようになるのはやっぱり大きいからね。だから六滅議会はもちろん、いろんな人たちが集めてるってわけ。集めるって言っても、どこに現れるのかはわからないんだけどね」

「それって、俺にも使えるんですか?」

「うん、うん。漂流物ギフト漂流物ギフト自身が持ち主を選ぶって言われてるんだ。漂流物ギフトがきみを選べば、きっときみの前に出てきてくれるよ。その日を待とうね」

 かざりさんは幼い子供を諭すように微笑んだ。年齢は俺とそう変わらないように見えるが、常にクールな喋り方をするのでずっとお姉さんに見えてくる。ただ、このひと地面に突っ込んでズッポリ埋まったんだよな、という記憶がチラつくのだけれど。
 
「そうそう、六滅議会の話に戻すとしようか。あれはフクオカンマフィアたちとの繋がりがあるっていう噂があるんだ。ひょっとしたら、先の抗争はその一環かもね。その証拠と言ってはなんだけど、フクオカンマフィアへの取り締まりが少なくなってて、どうにも無法地帯になってきているんだ。僕はハカタに住んでるんだけど、やっぱり酷くなってきてるね。そもそも六滅議会というのが魔王候補に選ばれたことのある人たちで構成された組織だから、それぞれに十分なカリスマがあって、彼らにつく人間が多いせいもあるかな……」
 
 かざりさんはスマホを操作してそのヒビ割れた画面を俺に差し出した。物持ちがいいと言うべきか、割れたまま使い続けるズボラな性格だと言うべきか。ともかく、その見づらい画面上には六滅議会の人間たちを称賛し、魔王を打倒せんとする後援会のような連中によるホームページが表示されていた。そこに記された六滅議会のメンバーはナノカ、ポンツク、ブラブラ、チロリアン、ポルトス、それにネジチョコと明記されている。
 
 偉い人の名前というよりはお土産リストのようだが、彼ら彼女らがフクオカンマフィアたちを牛耳っているとすれば恐ろしい人物たちなのだろう。後援会のホームページは強烈な野太いフォントで勢いと圧の強すぎる文章が羅列されており、いかにもな狂信者感が伝わってくる。それにしてもフクオカンマフィアに魔王に六滅議会に後援会と、どれとも全く関わりたくない。

「あの、トオリモンとかメンベイとかって言ってた、アイツらは結局何なんですか?」
 
「その二人なら……」かざりさんはタクさんに目線を送った。「僕より詳しい人がいるね」

「そげな話、せんぞ」
 
「それなら僕から話しちゃうよ?」
 
「…………」タクさんは口をへの字にして黙りこくってしまった。おしゃべりな方ではあるが、説明はあまり得意ではないし、自分の話をするのも苦手らしい。ただ、自分の事を自分で話すより他人に話してもらったほうが気が楽だというのは、わかる気がする。
 
「うん、じゃあおじさん自身の話は割愛しよう。トオリモンはフクオカンマフィア、プラネッツの幹部だね。僕はあんまり詳しくないんだけど、ハカタの首領《ドン》タクという人物に憧れて成り上がった武闘派マフィアなんだとか。相当にキレてるみたいだよ。見た目からそうだけどね」
 
 トオリモンが上半身裸なうえ頭まで全身刺青まみれだったのを思い出す。あんな恐ろしい大男が憧れたタクさんっていったい何者なんだ……と、タクさんの横顔を見やると苦々しい顔をしていた。あまり触れられたくない話なのだろう。
 
「メンベイはボレロっていう組織の幹部だったかな? ボレロはそれなりに新顔になるね。近頃勢力が強くなってきてるけど、それはカタギからの支持があるからなんだよね。トオリモンみたいな横暴なマフィアから助けてくれるような、昔ながらの任侠ってヤツを大事にしてるらしいから。だからメンベイの方は何かあった時、ひょっとしたら力になってくれるかもしれないよ」

 真っ赤なアフロの大男も、出来れば関わり合いにはなりたくない。悪い人じゃないのかも、と思ってしまいそうだが、その実マフィアなのだから何を企んでいるのかわかったものではない。記憶が飛ぶ前の俺がどうだったのかはわからないが、簡単に人を信じるものではないのだ。

「おい、話しとる場合じゃなかみたいぞ」
 
 タクさんは顰めっ面で前方を睨みつけた。十字路を塞ぐような、極端な渋滞を起こしており、車がどこへも行けない状態になっている。渋滞の大元を辿ると、大型トラックの高さと同程度もあろうかという巨漢の人物が立ち塞がっているようだった。
 
「あれ、アマオウですよ……⁉︎」と、運転手が歯をカチカチと打ち震わせながら言った。

「あまおう……って、イチゴの……?」
 
「そうやな、アイツにかかればどんなヤツでもイチコロばい……」
 
 違う、そうじゃない。
 
「ど、どうすると……?」と、青くなったかざりさんから方言が飛び出した。困惑するかざりさんの足はガタガタと震え、身動きが出来なくなっているようだった。
 
 奇妙なのは、道路の真ん中に立ちはだかるという、大それたことをしている人物がいるにも関わらずクラクションが全く鳴っていないことだった。静寂を破れば死ぬ。そんな緊張感さえ漂うほどに、しんとしている。そんな中、俺たちから見て斜向かい辺りに停まっていた一台の普通車がクラクションを鳴らした。いや、鳴らしたというより、不意にぶつかって鳴らしてしまった、といった短い音だったし、鳴らした本人の表情が青白く見えた。だが、そのわずかな音が巨漢を走らせた。

 あれは人が走っているのではない。そう思えるほど、それは戦車と見紛うような重量感のある突進で左右の車を平然と弾き飛ばし、地面に足跡という名の穴を穿ち、その地鳴りと共に、クラクションを鳴らした男性の元へとやってきた。そこまで近くに来て初めて理解する。その巨漢は、驚くべきことに女性だった。縦にも横にも体格に恵まれすぎたふくよかな女性は、運転席の窓を軽々と素手で叩き割り、震えていた男性の首根っこを掴んで外へと引き摺り出した。
 
「オマエ、アタシの邪魔をしたね」
 
「ま、まちがい、です……!」

「ハァ? アタシが間違っとるっち言いよるとかね?」
 
「そ、お、じあ……!」
 
 首を絞める力が強くなったのか、彼はもはやはっきりとした言葉を絞り出すことさえ困難になったようだった。それに気がついたのか、アマオウはわずかに手を緩める。

「アタシの名前を知っとるか?」

「あ、アマオウさまです!」

「そうか。なら当然何の略かも知っとるよなァ?」
 
「え……? あ、あのそれは、その……」
 
「知らんか」呆れたような顔になったかと思えば、アマオウはほくそ笑んだ。「なら教えてやるけん、最期によう聞いとかんか」
 
「は、はい……?」
 
女王アマオウっちゅうのは! 悪魔! 魔人! オーガ! そして……」アマオウは背中に背負っていた大砲のようなものを取り出し、彼に銃口を向けた。「ウラン弾だよぉぉォォオオオオッ!」
 

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