18.人工呼吸中の集中治療
人工呼吸患者の病態
・呼吸不全とは「外呼吸の障害により血液ガスが異常な値を示し、そのために生体が正常な機能を営み得なくなった状態」と定義
・低酸素血症により、重要臓器への酸素供給が減少し、心機能障害、意識障害、急性腎不全、肝機能障害などが招来される。
・人工呼吸中に肺炎を併発することがあり、肺炎には抗菌薬を使用。
・肺炎の治療と抗菌薬の効果を判定するために末梢白血球数やCRPの動向をチェック
人工呼吸中にモニタリングすべき生体の機能
集中治療とは
①専門的知識や技術をもった医療スタッフを配置
②患者の全身状態
③異常を早期に発見して迅速に治療を行う
・モニタリングすべき項目
重要臓器機能
血液凝固線溶系
代謝栄養状態
感染症の有無と動向
中枢神経系のモニタリングと治療
1.中枢神経機能のモニタリング
・人工呼吸中に脳梗塞や頭蓋内出血をきたすことがある。
・重要臓器障害があれば意識レベルの低下もあり得る。神経学的徴候の観察が最も重要
・人工呼吸中は鎮静薬が用いられるため意識レベルの判定が困難になるため注意
・できれば鎮静薬を定期的に中止して神経学的徴候の観察を行う。
2.人工呼吸中の鎮静
目的:
・患者の快適性、安全性、呼吸管理に対する受容性の改善、自己抜管防止、睡眠覚醒のリズムの確保、酸素消費量の減少、人工呼吸器との同調性を改善
・筋弛緩薬(ベクロニウム、ロクロニウム)には鎮痛、鎮静作用はないため単独使用では疼痛や不安感を除去することはできない
・筋弛緩薬は鎮痛、鎮静薬を併用して使用
・筋弛緩薬により咳嗽力低下し、肺理学療法に支障をきたすため不必要な投与は避ける
3.鎮静および鎮痛薬
・鎮静レベルを一定に保つ容易さから持続静脈内投与が可能な薬剤が便利
・プロポフォール、ミダゾラム、デクストメデトミジンの3つは人工呼吸中の使用は保険認可
・効果発現が速く、半減期が短い、調節性が良い、副作用が少ない、肝機能腎機能に影響を受けないなどの特性を持つものが良いが、これらの条件を満たすものはなくそれぞれの特性を知って使い分けるか、併用する。
①静脈麻酔薬
プロポフォール:
・作用発現早い、短時間作用性、調節性良い、覚醒が速やか
・気管挿管時は静注、人工呼吸中の鎮静では持続静脈内投与
・蓄積、作用遅延はほとんどない、肝腎機能に影響少ない、副作用として低血圧、呼吸抑制
・末梢静脈からの投与では血管痛あり、中心静脈がよい
・脂肪乳剤に溶解されているため、脂肪製剤として用いる認識
・脂肪製剤は微生物による感染が起こりやすいので感染防止の視点から一度開封したものは12時間以内に廃棄
・小児では死亡例あり原則投与禁止
ケタミン:
・強い鎮静作用、静注投与で10〜15分麻酔効果、鎮痛作用は30〜60分持続
・気道反射維持、呼吸抑制少ない、血圧、心拍数、心拍出量、肺動脈圧、脳血流が増加し脳圧は上昇する。
・投与中の悪夢、気道分泌物の増加が見られる
チオペンタール:
・短時間作用性、3〜5mg/kg投与で4〜10分程度の麻酔効果が得られる。
・麻酔導入時や上室頻拍に対する除細動の際の意識消失目的で用いられる
・長時間持続投与すると脂肪内に蓄積して作用は遅延する
・呼吸抑制、循環抑制ともに強い、抗痙攣薬としても用いられる
・組織刺激作用が強く、血管外に漏れると潰瘍や壊死を発生する
・気管支痙攣を起こすことがあり、気管支喘息患者への使用は控える
②静脈麻酔薬
ミダゾラム:
・半減期が短く、短時間作用性、持続静脈内投与で鎮静深度の調節が容易
・呼吸抑制が強く、気道確保されてない症例では注意
・循環抑制作用は軽度
・代謝産物にも活性あり、長期投与では効果が遷延する。
・投与中止後にせん妄や興奮などの離脱症状あり
ジアゼパム:
・抗不安作用、抗痙攣作用、逆行性健忘作用あり。
・静注投与による鎮静作用時間は30〜60分である。
・呼吸循環抑制作用は軽度
・末梢静脈からの静注時には血管痛がある。
・他剤との混合で沈殿物を生じること多い
・作用時間はミダゾラムに比較して長いため持続投与に適さない
フルニトラゼパム:
・鎮静、催眠効果はジアゼパムの10倍程度、呼吸循環抑制作用はほぼ同程度。
・静注により20〜40分程度、効果が持続する。
③メジャートランキライザー
・ドロペリドール、ハロペリドール、クロルプロマジンなど
・神経遮断作用(鎮静、周囲への無関心)や抗精神病作用のほか制吐作用、血管拡張作用
・副作用として錐体外路症状
・遮断作用がある点がマイナートランキライザーと異なる。
・作用時間は静注後5〜6時間程度
・ハロペリドールはせん妄治療薬として使用
④吸入麻酔薬
・イソフルランやセボフルランが鎮静目的で用いられることがある。
・人工呼吸回路の途中から送入する。
・室内の空気汚染を防止するため、呼気は室外に排出する
・気管支拡張作用があるので喘息発作重積発作時に用いられる
⑤デクストメデトミジン
・α2アドレナリン受容体作用薬
・鎮静および鎮痛
・作用発現は速やかで覚醒も早い
・持続静脈内投与が行われるが、開始時に6μg/kg/時の速度で負荷投与したあと。
・0.2〜0.7μg/kg/時の投与速度で調節
・鎮静深度の調節制は良い
・呼吸抑制はほとんど見られない
・人工呼吸からのウィーニング中や抜管後にも継続して投与できる
・患者の快適性確保に優れ、せん妄を起こしにくいとする報告がある。
・当初、保険適用は24時間以内とされていたが、長期投与試験が行われ、制限が解除された
・鎮痛作用は強くないが、投与中は他の鎮痛薬投与量を減量することができる
・副作用として、負荷投与時の一過性の高血圧のほか低血圧や徐脈が知られる。
・不整脈の発生は抑制される
⑥麻薬性鎮痛薬
モルヒネ:
・廉価
・鎮痛作用は強く、5〜10mgの筋肉内投与や静注投与が行われ、4〜5時間の作用が得られる。
・多幸感があり、鎮痛に加え鎮静効果もあると考えられる。
・呼吸抑制が強く、呼吸数が減少する
・血管拡張作用があり、低血圧あり
・腸管蠕動抑制
・繰り返し投与により依存性見られる
・硬膜外投与も行われる
・作用時間が長いので静脈内投与で持続投与は行われない
・硬膜外投与では持続投与される
フェンタニル:
・鎮痛作用はモルヒネの50〜100倍
・持続時間が短いため調節性良い
・術中の鎮痛静注により繁用されている
・人工呼吸中の鎮静には持続静注投与が行われる
・呼吸抑制作用は強く、徐脈、血圧低下などの副作用
⑦非麻薬性鎮痛薬
ペンタゾシン:
・成人で15μgの投与で3〜4時間の鎮痛作用
・筋肉内注射や静注投与が行われる
・呼吸抑制作用がある。
・末梢血管を収縮させ血圧、肺動脈圧を上昇させる
ブプレノルフィン:
・鎮痛作用はモルヒネの25〜40倍
・一回投与量は0.1〜0.2mg
・持続時間は6〜9時間
・副作用として呼吸抑制、嘔気
⑧硬膜外ブロック
・食道癌、上部消化管手術、肝臓や膵臓手術、肺癌などでは術中鎮痛のために持続硬膜外麻酔薬が併用される。
・術後鎮痛にも継続して硬膜外ブロックを併用することが多い
・麻薬性鎮痛薬や非麻薬性鎮痛薬を全身投与するのと比較し、意識低下や呼吸抑制が起こりにくい点が有利
・局所麻酔薬のほかモルヒネ、ブプレノルフィンなど単独または併用
4.鎮静レベルの調節
・家族との面会時は鎮静レベルは浅いのが望ましい
・呼吸理学療法を行う際は患者の協力や十分な咳嗽力が必須となり鎮静レベルは浅い方が有利
・逆に処置が必要な時や睡眠時には鎮静レベルは深い方が良い。
・したがって、人工呼吸中には鎮静レベルを容易に調節できるのが好都合である。
・意識レベルやウィーニングの可否の判定などのため、1日に1回鎮静薬の投与量を調節して確認するのが望ましい
・このためには生体内における半減期が短く、中止すればすぐに患者が覚醒してくるような短時間作用性の薬剤が用いやすい。この目的のためにディプリバンやドルミカム、デクストメデトミジンなどの持続静脈内投与が好んで用いられる
循環管理
①循環系のモニタリング
・心拍出量はまえふか、後負荷、心筋収縮力、心拍数によって決まるため、これらに異常があれば心拍出量は減少する。
・前負荷
収縮する直前に心室にかかる負荷、心室拡張末期容積、拡張末期圧をさす
指標として中心静脈圧、肺動脈圧楔入圧
・後負荷
心臓から血液が拍出される時の抵抗、肺血管抵抗や体血管抵抗のこと
血管拡張薬で後負荷減らすと心拍出量は増加
②循環管理
心拍出量の減少
↓
心電図の異常に注意
↓
中心静脈圧や肺動脈楔入圧を測定、輸血、輸液などの容量負荷
↓
カテコラミンやジギタリスの投与
※カテコラミン:ドパミン、ドブタミン、アドレナリン、ノルアドレナリンがある
※アドレナリン、ノルアドレナリンは末梢血管収縮し後負荷増大
※ドパミン大量投与で末梢血管収縮
↓
左心不全や右心不全でうっ血症状が見られたら、血管拡張薬や利尿薬を使用
↓
血管拡張薬を使用すると心拍出量は増加、血圧は低下、心筋仕事量低下、酸素消費量低下
カテコラミンのような強心薬は心拍出量増加、血圧上昇、心筋仕事量増加、酸素消費量増加
※血圧低い症例は血管拡張薬投与しにくい
・ループ利尿薬(フロセミド)は低カリウム血症など電解質異常に注意
・低カリウム血症では不整脈出やすく、ジギタリス投与中にはジギタリス中毒症状出る
・昇圧薬は末梢血管収縮、血圧上昇、後負荷上昇させ心拍出量減少。
・うっ血症状を悪化させる
・ミルリノリン、オルプリノンなどのホスホジエステラーゼ阻害薬を用いられる。
・心筋収縮力を増強、末梢血管を拡張して後負荷を軽減させる
・心拍出量は増加するが、血圧が低下する
・血小板減少の副作用が出現することもある
腎機能のモニタリングと治療
・人工呼吸中には体液貯留傾向となる
・心拍出量の減少が抗利尿ホルモンの分泌を促進するため
・心拍出量の低下は腎血流の低下を招き、RAA系を活性化させ腎尿細管におけるナトリウムの再吸収とともに体液貯留傾向となる
・感染症がある場合、抗菌薬が使用される。抗菌薬は腎毒性があり注意
1.腎機能のモニタリング
・腎機能悪化で尿量低下、利尿薬に対する反応低下。
・血中クレアチニンやBUNが上昇する。
・尿比重は低下し、尿浸透圧も低下、等張尿に近づく
・クレアチニンクリアランスは低下
・急性腎不全の徴候として高カリウム血症、浮腫、肺水腫、高窒素血症、代謝性アシドーシスなど
2.腎機能の管理
・脱水傾向にした方が肺機能に有利だが、腎機能には不利
・肺機能が許す限り水分補給を行なって尿量を保つ、腎毒性のある抗菌薬を投与する場合には薬物の血中濃度を測定して過量投与とならぬようにする
肝機能のモニタリングと代謝栄養管理
・エネルギー代謝、蛋白合成の中心的役割
・薬物代謝機能や解毒機能もある。
・陽圧換気やPEEPは肝血流を低下させる
・循環不全を合併すれば肝血流が低下し肝臓のうっ血も起こって肝機能が障害される
・重症感染症を合併すれば肝機能障害をきたすこともある。
血液凝固線溶系のモニタリングと治療
・人工呼吸中の肺炎合併、敗血症が呼吸不全の原因となる
・感染症により血小板減少や汎発性血管内凝固症候群(DIC)を発症することあり
・DICは血管内凝固により血小板、血液凝固因子が消費されて減少してしまい、その結果として出血傾向が招来される。血管内にできた血栓で重要臓器への障害も問題
・DICの治療は抗凝固薬、血小板、凝固因子減少に対して補充療法
感染症のモニタリングと感染防止対策
1.全身感染症のモニタリング
・発熱は重要な症状
・重症化で低体温
・感染症では白血球数増加、重症感染症では減少
・CRP上昇は感染症の動向を知る
・血中エンドトキシン上昇はグラム陰性桿菌感染症の指標
・血中β-D-グルカンが真菌感染症の指標
2.人工呼吸器関連肺炎(VAP)
①VAPの定義と予後
・人工呼吸器装着により新たに発生する肺炎
・人工呼吸開始48時間以降に発症する肺炎
・人工呼吸装着前には肺炎が存在しなかったもの
・96時間以内を早期型、それ以後を晩期型
・早期型、口腔咽頭内に常在する黄色ブドウ球菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌が主体
・晩期型、緑膿菌、肺炎桿菌、セラチア菌などの多剤耐性のグラム陰性桿菌が主体
・死亡率増加は20〜55%、在院日数を6日間延長
②起因菌の侵入経路
・汚染された吸入器気の吸入、気管吸引時の不潔操作、口腔内貯留物の誤嚥
③VAP予防策
a:手指衛生
・呼吸回路接触前後の手洗い、手指消毒
b:器具消毒
・呼吸内部の回路を含め滅菌消毒
・人工呼吸器回路は汚染や破損のある場合に交換、定期的に交換しない
・回路内結露は最近増殖の原因、患者側に流入しないように除去
・加温加湿器に滅菌水、補給は閉鎖式システム
・ネブライザーは使用しない方が良い
・人工鼻は使用して良い
c:気管吸引
・気道内汚染を招くことあり、清潔操作、必要最小限
・吸引チューブは一回ごとに使い捨て
・吸引カテーテルの洗浄には滅菌水
・吸引回路、吸引ビンは患者専用とする
d:栄養管理
・経管栄養の目的以外の経鼻胃管チューブはできるだけ早期に抜去
e:人工呼吸中の患者の体位
・仰臥位で管理しない
・上体を30〜45°挙上した頭高位
・側臥位、伏臥位
f:ストレス潰瘍予防薬
・胃内pHの上昇により胃内病原微生物の定着が促進
・ストレス潰瘍予防薬は潰瘍発生リスクにより使い分け
・危険性の少ない患者には投与、危険な患者にはスクラルファートのようなpH上昇しない薬
g:気管チューブ管理
・気管チューブ抜管時や気管チューブを動かす前、体位変換時にはカフ上部や口腔内の分泌物を吸引、除去
h:人工呼吸管理
・ウィーニングプロトコルの作成
・気管チューブの可能な限り早期の抜管
・鎮静レベルの調節
・筋弛緩薬の投与は慎重に
・PEEP付加で分泌物の下気道へのたれ込みを防止
i:その他
・予防的抗菌薬の全身投与は多剤耐性菌による院内感染を招くため推奨されない
ウィーニング
・心不全に基づく呼吸不全に対するウィーニングにおいて
・循環管理を行なって心機能の回復が見られたらウィーニング開始
・鎮静薬の投与は抜管前まで行う
・肝腎機能モニタリング、栄養管理、感染対策はその後も継続して行う
・ウィーニングにより自発呼吸が介した際に循環系に負担がかかってしまう。
・自発呼吸により呼吸筋の活動が生じ、酸素を消費するようになると腎血流が減少し尿量が減少してしまう。
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