17.呼吸不全における全身管理

呼吸不全と生体機能

・呼吸不全は呼吸器疾患に限らず敗血症などの呼吸と直接関係のない疾患でも生じる
・肺から全身臓器への酸素供給と二酸化炭素排出が障害されるので二次的に生体機能の障害が生じる

呼吸不全管理の原則
①原因疾患の治療
②合併症の予防と治療
③生命維持のための支持療法
④精神面の管理
⑤包括的呼吸リハビリテーション

原因疾患と合併症の管理

1.急性呼吸不全における管理
①ARDSとは
・種々の原因に続発して生じる急性呼吸不全の1病態である。
・肺の炎症と透過性亢進を示す
・急性発症で数日から数週継続し、1つ以上の原因を有し治療抵抗性の低酸素血症を示し、びまん性の浸潤影を伴う。
・間質性肺炎、サルコイドーシスなどの慢性肺疾患、他の基準が合致しても経過の合致しない疾患は除外する。

②急性呼吸不全と全身性の炎症反応、敗血症
・ARDSでは感染症、外傷などが侵襲として生体に作用し、その結果として全身性の共通した反応が見られる。
・この生体反応には好中球などの炎症細胞が関与し、腫瘍壊死因子、インターロイキン、その他の炎症性メディエーターが放出。このような全身性の生体反応を伴う病態を総称して全身炎症反応症候群(SIRS)と呼ぶ。
・SIRSの重症なもので臓器障害としての肺損傷の強いものがARDSと考えられる

SIRSの臨床診断基準(4項目のうち2項目)
①体温変化:38℃> <36℃
②心拍数の増加:>90/min
③頻呼吸:>20/min 過換気:PaCo2<32Torr
④白血球数の変化:>1万2千mm3 <4千mm3

敗血症の定義:
・感染症に対する制御不能な宿主反応に起因した生命を脅かす臓器障害
・診断基準は、ICU患者では感染症が疑われ、臓器障害の程度を示すSOFAスコアが2点以上増加している状態とされる。
・迅速SOFAスコア(2項目以上)
①呼吸数22回/分以上
②精神状態の変化
③収縮器血圧100Torr以下

③急性呼吸不全と多臓器不全
多臓器不全:
・低酸素血症、末梢循環障害、全身性炎症反応、それに伴う血管内皮の損傷など共通の基盤として複数の重要臓器の機能不全が生じる
・ARDSと多臓器不全が合併したときに予後不良となる。
・多臓器不全の予防と治療が呼吸不全治療の鍵となる。

④人工呼吸による肺損傷と多臓器不全
・高圧、高換気量の陽圧換気は、肺胞上皮や微小血管内皮の透過性を亢進
・サイトカインや脂質メディエーターなどによる生化学的肺損傷機序と肺胞の過伸展や虚脱、再膨張のような物理刺激による肺損傷機転が考えられている。
・ARDSでは含気のある健常な肺と含気のない水腫肺があり、陽圧換気を行うと健常肺は余計に膨らむ。水腫肺は、虚脱と再膨張を繰り返し肺損傷は悪化する。
・肺損傷が増悪すると肺胞毛細管境界の透過性は亢進し、肺に止まっていた炎症性メディエーターとくにサイトカインが血液中に漏出する。
・この結果、複数臓器の機能障害が発生する。

2.慢性呼吸不全における管理
①予後影響する因子
・PaO2低下
・1秒量低下
・肺活量低下
・最大換気量低下
・運動負荷時PaO2低下

・全身組織の酸素化を示すPvO2低下
・高齢
・低栄養
・胃潰瘍合併
・右心不全合併
・電解質異常

②肺性心
・右室の拡大あるいは右室不全で、先天性心疾患や左心異常によるものを除く
・肺血管床の減少、低酸素性血管攣縮、アシドーシス、多血症などがその発症に関与
・このため肺性心の合併を避けるためには、まず原疾患の治療と管理が必要

③急性増悪
・経過中に気道感染症、右心不全、気胸などを契機として急性増悪を起こす

3.合併症の診断と管理方針
①検査項目と検査目的
・急性期に経過を追跡するために行われる検査と基礎となる病態を把握して長期的な管理を目的とするものがある。

②医療行為と関連する合併症
・血管内、気管、消化管、尿路に留置されたカテーテルによる感染、外傷、出血などが代表的なもの。
・薬剤投与の合併症も少なくなく、とくに副腎皮質ステロイド、抗菌薬、鎮静薬、麻薬などには注意を払う。

全身に対する支持療法

1.水バランスの管理
・ARDSでは、肺毛細血管の透過性が亢進しているため、わずかな肺毛細血管内圧の上昇によっても肺水腫の増悪をもたらす。
・循環動態が安定している限り、血行動態に悪影響を及ぼさない範囲で輸液制限や利尿薬により、肺毛細血管の静水圧を低めに保つ

②栄養の管理
・生理学的な必要性
エネルギー源、必須アミノ酸、必須脂肪酸、ビタミン、微量元素
・薬理学的必要性
免疫能の調整、ガス交換能の改善、感染防御能の向上、炎症の軽減など

①栄養評価と栄養療法
・%標準体重を用いる
・血清アルブミン濃度の低下は予後を左右する
・血清アルブミンは半減期が3週間、レチノール結合蛋白、トランスザイレチン、トランスフェリンなどの半減期の短いものを指標に加えることで動的な栄養状態評価が可能
・いずれの蛋白もCRPなどの急性相蛋白増加時に減少し、体内水分量、腎機能、肝機能の影響を受ける。
・栄養投与の目的が栄養の維持であれば、安静時エネルギー代謝の消費量の30%増しのエネルギー投与
・栄養状態の悪化した状態からの回復であれば50%増しのエネルギー投与
・栄養素のバランスは総エネルギーの20%はタンパク質、60〜70%は炭水化物、20〜30%は脂肪

②ストレスと代謝
・外傷、感染などのストレスがない場合飢餓状態では体内に蓄積されたエネルギー、とくにタンパク質が保存されるように働く。蛋白質異化と糖新生が低下、脂肪は消費されケトン産生が増加
・ストレスが存在する場合、代謝が亢進、術後で数%、多発骨折で10〜30%、重症感染症で20〜60%。
・代謝亢進した場合、脂肪だけでなく体内のタンパク質さえも消費されて高血糖レベルが維持される。

③栄養療法の種類と選択
・食事によって栄養必要量が満たされない場合には栄養療法が適応となる。
・栄養療法には経腸栄養法と静脈栄養法があるが、原則的に可能な限り経腸栄養を用い経腸栄養だけで不十分な場合には静脈栄養を用いる。
・経腸栄養には経口摂取と胃内投与、小腸投与
・静脈栄養には、実施期間が短期間の場合に用いる末梢静脈栄養法と長期化が予想される場合に用いる中心静脈栄養法

④経腸栄養
投与方法の選択:
・原則経腸栄養
・静脈栄養に比較して感染症合併症が少なく、医療コストも低い
・48時間以内の早期に経腸栄養を開始すると72時間以降の開始に比べて感染症罹患率を減少できる。腸管透過性の減少、炎症性サイトカインの活性化、放出を減弱できる
・ショック状態や、経腸栄養開始後に腹満、腹痛、鼓腸、胃内容の逆流もしくは胃内残量の増加、腸蠕動音の減弱などが認められた場合、腸管機能不全、腸管虚血の早期兆候の可能性を考え、精査ならびに経腸栄養の停止

胃内投与と小腸投与:
・チューブを用いての投与では挿入の簡便さ早期開始が可能な点として胃内投与が優れているが、食道への逆流、嘔吐の危険性が高い

逆流防止:
・上半身をセミファーラー位にする
・消化管蠕動運動促進薬の投与
・間欠投与から持続注入に変更する
・チューブの先を幽門に進めて留置、必要により空腸チューブを留置

エネルギーの投与目標量:
・簡易式あるいは間接熱量計を用いて設定し、経腸栄養開始後1週間で目標量の50%以上を目処に増量する

医療事故の防止:
・胃管が誤って気道に挿入されそのまま栄養剤が気道に注入されたことによる死亡事故あり。
・挿入、交換後にX線撮影により確認

⑤静脈栄養
投与方法の選択:
・入院時栄養不良で経腸栄養が不可能
・入院後7日間経腸栄養が不可能
・入院後7日間で経腸栄養単独ではエネルギーの投与目標量に到達不能

エネルギー投与目標量:
・静脈栄養による合併症を防止するためには経腸栄養を増量しながら静脈栄養を減量し、経腸栄養によるエネルギーが投与目標量の60%を超えたら静脈栄養を終了する

中心静脈カテーテルの穿刺部位:
・感染防止から鎖骨下静脈が推奨
・大腿静脈は血栓形成リスクあり
・鎖骨下静脈は合併症として気胸、血胸があり呼吸不全で陽圧換気を施行している患者の場合には、気胸が生じると致命的な合併症となり得るので留置の目的や病態などに応じて穿刺部位は慎重に選択すべき
・エコーガイド下穿刺法またはPICCによる上肢末梢静脈への穿刺も推奨

感染防御:
・中心静脈カテーテル挿入時は、帽子、マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋を使用し、大型滅菌ドレープを患者にかけて高度の感染防止対策を講じる

⑥血糖管理
・炭水化物投与では、高血糖をきたしやすい
・糖尿病や副腎皮質ホルモン投与されている患者は高血糖になりやすくその結果免疫が低下して、真菌症などの日和見感染症を起こしやすい

⑦補充療法
・長期人工栄養管理下では各種欠乏症に陥りやすい
・ARDSなどの重症患者では酸化ストレスの増加が示されている。
・抗酸化ビタミンや微量元素の補充が試みられている

⑧Ⅱ型呼吸不全における栄養療法
・COPD増悪時など肺胞換気量が制限されている肺疾患患者ではカロリーの投与量が問題となる
・投与カロリー特に炭水化物の投与量が増加すると炭素の燃焼に伴い二酸化炭素の産生量が増加するが、COPDなどの疾患では肺胞換気量が増加せず高二酸化炭素血症を起こす
・Ⅱ型呼吸不全には高脂質含有経腸栄養剤の投与を検討

精神面の管理

・集中的治療は患者に著しい苦痛と不安をもたらすことが多い
①肉体的な自由の不在
②意思表示困難
③死への恐怖
④不眠
⑤プライバシーの欠如
⑥痛み

・ICUでは生命を守ることが最優先されるため痛みは注意が払われないことある。局所麻酔や麻薬を使用し、苦痛の除去に努める。
・しばしば急に不安感を示したり、興奮状態になることがある。
・薬剤の副作用、酸塩基平行障害、人工呼吸器の異常、不適切な設定、会話ができない患者の苦痛の表現であるため、これらの原因が除外でき麻薬、精神安定剤を使用する。

包括的呼吸リハビリテーション

・医療職、家族、患者、ボランティアを含めた医療チームによる包括的リハビリテーションが重要
・患者を個別に評価、患者ごとにプログラムを作成、患者個人に対する効果判定、医療チーム全体の成績、プログラムの有用性を評価、結果をもとにプログラム改善

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