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【ネタバレ有】勝ち逃げの苦悩【劇場版ウマ娘感想】

2024年5月29日、ウマ娘の映画を見に行ってきました。ネタバレ有で感想を書いていきます。
筆者は競馬、ウマ娘ともにそこそこのファンであり、そういう目線からの感想になります。


見る前の予想・思うこと

クロフネどうすんの

主人公のジャングルポケットが属する01世代は強いとよく言われる世代ですが、その一端を担っているのがクロフネです。NHKマイルカップを制してマル外として初めてダービーに臨み、紆余曲折を経てJCDを制してダート最強と称される馬。そんな彼が映画には本名で出ないという前情報を聞き、どうすんのよと筆者は思いました。
というのも、題名になっている「新時代の扉」というのにクロフネは大きく関わっているからです。2001年のダービーは初めて外国産馬の出走が許されたダービー。1番人気は内国産馬のジャングルポケット、2番人気は外国産馬のクロフネで、新しい時代のダービーを内国産馬と外国産馬のどちらが制するのかというレースでもありました。これを内国産馬のポッケが勝ったことは日本競馬界の進歩を象徴するイベントであり、そこで実況が発したのが「新時代の扉」という言葉でした。
でもクロフネがいないらしいというので、タイトル回収どうすんのよと思っていました。あと、そもそも内国産外国産のレギュレーションを設定に盛り込めるのかという。

覇王の落日どうすんの

ポッケの新時代要素といえばもう一つ、テイエムオペラオーを下して世紀末覇王の絶対王政を打破したというのがあげられるでしょう。
2000年のテイエムオペラオーは文字通り無敵で、あらゆる危機的状況を打破して古馬王道グランドスラム(春天・宝塚・秋天・JC・有馬の中長距離G1完全制覇)を成し遂げ一時代を築きました。これをJCで打破したのが他ならぬポッケです。PVなどを見た感じ、これをクライマックスに持ってくるのかなという感じでした。
こう書くとめっちゃええやんという感じなのですが、実際のところポッケが挑んだ段階でオペラオーは絶対的な存在ではありませんでした。始動戦の産経大阪杯で連勝が途切れ、宝塚で宿敵のメイショウドトウに、秋天では伏兵のアグネスデジタルに敗れていたのです。大阪杯は休み明けの調整を兼ねての出走、そもそもドトウとはずっとG1でワンツーを獲り続けていたのでツートップの体制は変わっていない、デジタルはオペラオーの弱点を突く形で勝った、というのが実際なので依然オペラオーの強さに曇りはなく、それをポッケが下したのは間違いなく偉業です。とはいえこれを映画で全て描くとクライマックスの盛り上がりに水を差すことになるので、このあたりの取捨選択をどうするのかなというのが見る前の関心ごとの一つでした。(2期テイオーのJCのように、端折った方がドラマ的な盛り上がりに有効にもなりえます。)

テイエムオペラオー(上)を大外強襲の奇策で打ち破ったアグネスデジタル(下)(JRA公式Youtube https://youtu.be/557urGosWG4?si=sPDxxcHY0N4spwjs より)

タキオン怖くね?

キービジュやPVを見て、シンプルにタキオンがなんか怖いなと思いました。
私がアプリで見てきたタキオンは変わった部分が多いけど自分の感情に素直で、何を企んでるかは分からないけど何を思っているかは分かる、ちょっと純情な可愛い女の子でした。ところがどっこいPVやキービジュのタキオンはずっと狂気的な笑みを浮かべてて何を思っているか分からなくて、赤面することなどついぞなさそうな、マジのマッドサイエンティストなのです。
怖かったのです。

可愛いね

見た後の思うこと

勝ち逃げされる側とする側の苦悩

作品全体のテーマとして、筆者はこれを強く感じました。
タキオンの幻影を追いかけ、苛まれるポッケ達01世代。
自らの怪我を悟り、それに意味を与えようとしながらも自らの本能に苦しむタキオン。
勝ち逃げしなかった世界線の自分というタラレバに心惹かれるフジキセキ。
不本意な勝ち逃げをフジキセキにもたらしてしまったトレーナー。
競馬に限らず、強烈な才能を持ちながら怪我などで早期に引退などに追い込まれた人物とその周囲には、ただ辞める苦しみだけではなく、もし続けられていたらという苦悩が付きまといます。天才の放つ強烈な輝きに、「脳が焼かれる」ような苦悩です。
それをどうにかポジティブに捉えようとするタキオンや、時を経ることで彼女なりの答えを見出したフジキセキなど、各キャラクターがそれぞれの形で向き合っていく姿が印象的でした。

ジャングルポケットという主人公の唯一性

勝ち逃げの苦悩を描くうえで、ポッケというのが最適な主人公だったのではないかと思いました。
ポッケは同世代にタキオンがいて、勝ち逃げされながらも自分の道で強さを示した馬の代表格です。一方で、ポッケはフジキセキと同じ馬主・厩舎・鞍上と共に戦った馬であり、勝ち逃げする側だったフジキセキとも浅からぬ因縁を持っています。そうした意味で、ポッケは勝ち逃げされる側とする側の両方の苦悩を物語に取り込める良い主人公なのです。
競馬の歴史で勝ち逃げする形になった素質馬はそれなりにいて、フジキセキやタキオンもそうですし、パッと浮かぶ範囲でキングカメハメハ、ドゥラメンテ、サニーブライアン、古い例だとカブラヤオーなどもそれにあたるのではないでしょうか。しかしながら、彼らのライバルを見回しても勝ち逃げの両側面を持った馬はポッケだけなのではないかと思います。

タキオンというキャラの描き方

タキオンのキャラ付けが非常に魅力的にできているなと感じました。
キャラデザにアレンジが入ったことで序盤の不気味な感じや圧倒的な実力、それらを通してポッケが感じた敗北感が色濃く描写できていたように思います。また、全体を見た後ではタキオンが運命の中で自分をどうにか納得させようとするのと走りたいという本能との間で板挟みに遭う、等身大の天才という魅力的なキャラに仕上がっているとも思いました。
ソシャゲのシナリオだとどうしても主人公を一人に絞ってそのサクセスストーリーを描かなければなりませんし、少なからずプレイヤーに媚びたキャラクターになってしまう部分もあります。そういう意味では映画のタキオンは不気味で愛嬌がなく、破滅の運命の中にいる、ソシャゲでは描きづらいキャラのはずです。ソシャゲの特徴がうまく作用して良いストーリーになっているキャラクターもいますが、映画のタキオンを見るとそれだけでは描けない魅力もあるのではないかと感じました。

ポッケの咆哮

PVでも出てきたポッケのダービー後の雄たけびについて、PVを見た段階だと単に「中盤の山場でこれをやって盛り上げるのかなあ」というぐらいの感想でした。
ところが、映画で見るとこの雄たけびにとても複雑な感情がこもっているのだと感じました。ダービーを勝つことの喜びだけでない、払しょくできないタキオンへの敗北感、リベンジできないことへのやるせなさなどの感情がないまぜになった雄たけびというか絶叫で、感情が滅茶苦茶になって内からあふれ出るような叫びです。一方でその感情は外部の人からは分からないものであり、作中で周りの人はこれを歓喜の咆哮だと思っているのです。
この雄たけびは史実に基づいたネタであり、史実のポッケもダービーで勝ったのちに大声でいななき、実況がそれを勝利の咆哮だと言ったというものです。ネット上などではこのいななきは他の馬が帰ってしまい寂しくなって発したものという見解が主流になっています。こういう複層的な部分までを作中に落とし込んでいるのに競馬ファンとして感心しました。
また、この咆哮がポッケ本人と周囲の感情の相違を際立たせ、こののちのポッケが精神的に追い込まれていく展開が受け入れやすくなっているとも思いました。周囲の喜びと気丈にふるまうポッケを見ていると心が痛いのよ。

チラ見えフジキセキ

新時代の扉の意味

先述したようにクロフネ云々の部分で新時代要素を入れられないのではと思っていましたが、このタイトルはタキオンを通して別の意味が付与されることになりました。曰く、タキオン自身が従来の限界を超えたスピードを見せつけ、それに脳を焼かれた他のウマたちもまた闘争心と努力の先に新たなスピードの地平にたどり着き、それらが新時代を開くのだと。
なるほどね、と。
思えば、タキオンはサンデーの次のリーディングサイアーを獲った馬であり、その高い巡行力から他のサンデー産駒とは別の段階に達したために足を壊したともいわれています。そして同期のマンハッタンカフェもまたリーディングサイアーを獲得しタキオンとともにポストサンデーの時代を作った馬です。新時代の扉という言葉は何もポッケのためだけにあるわけではないのです。
更にいえば、卓越した馬がホースマンの目標となり、遺伝子を次世代につなぐことで界隈のレベルが上がり、新たな時代が作られるという流れは競馬界で連綿と行われてきたことでもあります。
タイトルの意味をポッケだけに乗せられない分、他の部分で物語に組み込んできたか~と思いました。

競争条件ドン!

今回の映画で印象に残った演出が、レースの前か後ろにレース場の空撮からの競争条件(レース場、距離、馬場状態等)の文字が画面全体のドンと出るものです。最序盤のフジキセキの弥生賞でこれが出て「カッケ~」となったのですが、そのあとでまた別の発見があったのです。
それはポッケのホープフルステークス。控室で勝負服を着ているところでウマ娘のファンとしては「あーG1やね」となるのですが、そのあとのレースが始まるときの「阪神2000m」の表記で
「なるほどウマ娘は時間軸が現代だからレース体系的にはG1のホープフルステークスだけど、条件は史実のラジオたんぱ杯に合わせて阪神なのね」となるわけです。
これ、オタクの大好物。
そしてこの敗戦後にオペラオーの有馬があるわけですよ。「なるほどレーススケジュールが史実準拠だからホープフルの後に有馬があるわけね」となり、そこからやたら再現度の高い「テイエムは来ないのか」の実況。オタクニヤニヤが止まりませんでした。

映画館で映える影の構図

この映画の魅力として常に作画とカメラワークが良いというのがありますが、その中でも特に個人的に良かったのは物理的に暗いシーンの描き方です。
例えば皐月賞後に3人がタキオンの研究室に詰めかけるシーンは、夕方の赤く薄暗い空気感の中で窓際で逆光になっているタキオンが非常に物語の内容とマッチしていた上に、映画館の暗い環境が夕方の光の具合を良く再現していて没入感が高かったように思えます。左にポッケ、右にタキオンを真ん中の荷物を隔てて移す構図もシネスコをフルに活かしていて良いですね。
他に、自販機の前でポッケとフジキセキが話すシーンもすごく良かった。真っ暗な夜、自販機の光に照らされる2人に手前のシダレヤナギが影を落とす構図。映画館の暗闇の中だからこそ、自販機の発光がリアルに表現され、ヤナギの影も鮮明に映り、美しい絵だと感じました。

少し気になった部分

やはりと言いますか、オペラオーの敗戦はあまり描かれていませんでしたね。正直描いてしまうと物語的にブレてしまうので仕方ないと思いますが、どうしても一抹の寂しさのようなものは感じてしまいました。
あと、ジャパンカップでポッケが客席のタキオンの方を見るシーン。最終直線に入ってからなので客席はポッケから見て右にあるはずなのですが、ポッケの目が左を向いているように見えて気になりました。筆者の見間違いなのか、そもそもポッケが見ていたのは客席ではなかったのでしょうか。

ウマ娘未視聴の方は何を思うのか

正直、以前筆者はこの映画を見ることにあまりモチベーションがなかったのですが、ウマ娘未視聴の先輩から「PV見た感じ作画がよさそうで気になっている」という話を聞いて初めてPVを見て、映画の鑑賞を決めたという経緯があります。その先輩も映画を見て「面白かった」とおっしゃっていたのですが、筆者が映画を見る中で「ここ初見の人はどう思うんやろうな」という部分がいくつかあったので今度会ったときに感想を聞いてみたいです。
・フジキセキのトンデモ勝負服
この雰囲気の映画で出てくることはないかなと思っていたので、終盤に着て出てきたときは甚だビビりました。あの風紀崩壊勝負服を見て、初見の方は何を思ったのでしょうか。
・説明なしで始まるウィニングライブ
アニメ版などでは序盤の話で説明があるのですが、映画ではそもそもライブの描写自体がなかった気がするので筆者は存在を忘れかけていました。そんなところで最後の最後に突然ライブが始まり、正直筆者もビビりました。初見の方はどれぐらいビビるのでしょうか。

風紀

ざっくりしたまとめの感想

全体として、スポ根として面白い物語で、常にカメラワークと作画が素晴らしい良作でした。
物語が面白いのでウマ娘や競馬を知らない方でも楽しめますし、それらのファンだとなお楽しめると思います。

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