夜更け

 白い地面にはふたりぶんのくぼみが落ちて、点々と続いています。あたりはすっかり青い光に染まり、時おり橙色のかげが夜を四角く切り取っていました。息をひそめながら、白はゆっくりと重なってゆきます。てのひらを握りしめると、ひえた体温が、先ほどまでそこにあった温もりを知らせるでしょう。
 きみは足をとめて振り返りました。呼吸とともに霞む景色に、ちいさな足あとが、ずっと見えています。ふたりぶんであったはずのそれらは、片方がいつのまにかふっつりと途絶えてしまって、いまはひとりぶんの靴のかたちをかたどっているのでした。
 白い息をひとつこぼして、きみはふたたびこれから向かう方へと足を踏み出しました。静かな夜です。静寂が耳の奥をどんどんと叩いています。見上げた空はほんのりと明かりをたたえているように見えました。その彼方へまたたく星の光を思うたび、心臓にさみしさが降りつもります。いまだ鮮やかだと思っていた記憶が、実際には少しづつ褪せていることを知ったときのような。こんなにも眩しい新緑の木々が葉を落とす季節を思ったときのような。取り戻せないさみしさが、すこしずつ降りつもります。
 ひとりぶんの足あとは、どこまでも続いてゆきます。その道のりには、きみはもういないのでした。かわりに、きみがいだいたさみしさと、握りしめた温もりが、そこにあったのだということだけは、きっとたしかなことなのでした。
 きみには、どうしても伝えなければならないことがあるのでした。それは、いくつもの夜を重ねたそのさきに、だれも、きみさえも雪のように溶けてしまうのだとしても、夜になれば星のあかりがぼくらの足もとに影をともしてゆくのだということです。
 いまは眠っていましょう。かかえきれないさみしさは枕もとへ。忘れきれないいたみには、雪あかりと、ちいさな足あとをひとつ。そこにはぼくの温もりを置いてきました。いつか数千年のそのさきに、星の祈りが届く夢を見ています。大丈夫。たとえ白が世界を覆っても、きみの隣にはぼくがいたのですから。

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