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『幻詠集』試し読み

幻詠集 げんえいしゅう


   序

 西へ征く風が肋骨を透過する。うつろな心音は足跡にかげを落とし、窓際の席は空席のまま。うつくしきものはわが脳の奥に在って、誰にも見ることはできない。或いはきみの心臓の底に在って、誰にも掴むことはできない。平行線を描いた視線は地に落ちた。砂場に忘れられた玩具のように、夏に死にきれなかったかげろうのように、あわい幻のなかに。

目次

残響に雨………………七
深海の庭より………………一四
Looking-Glass Tea Party………………一六
妖ノ杜………………一九
黄泉還り………………二一
桜の花の散る頃に………………二三
焔にのせて、葬送を………………二六
拝啓 キャロル………………二九
青に溺れ………………三三
夢は足跡………………三八
ノスタルジアの残骸………………四九
人を儚み夢を見る………………五四
透明なグラス………………五七
その青は藍よりいでて………………六二
夏に霧る………………六四
水葬祭………………六六
遠き山に陽は落ちて………………六七
深淵の花………………六九
二六時の空白………………七一

残響に雨

夢のような朝が消える
白の音
光の射す庭
だれもいない街
ひとりの朝
鍵盤のうえを まろびゆく ゆびさき
よみがえらない夜
黒の旋律
歩く
遠く彼方
箱庭 回廊
孤独の花園
ふりかえらない
廻る記憶
さよなら と
遠ざかる憧憬
落ちていく どこまでも落ちる
静かな朝の光に白い横顔
             揺れる
雫 黒曜石
オルゴールの箱

それでもわたしをあいしてくれますか?
青い街を歩く ひとりで
あなたの手をひく
戻れない夏
遠い景色
鼓膜をふるわせる
過ぎ去る季節
おそれが響きくる
石段のさき
緑の杜
灯籠
歩く
雲がたつ
響きくる
青い空のさきに灰色の雲が
雨がぬらして流してゆく
炭酸の透明
後ろ姿が見えない
霧の森の奥
ひとりの夕ぐれ
ひとり ひとり わたしはひとり
だれもいない街
あなたはどこにもいない

黒い影  裏側
追いつけない もう どこにも逃げられない
                戻れない
凛と 共鳴 剥離
世界はからくり仕掛 偽物
ツギハギの空想
静かなおそれ
不安をたたきつける音

  青い丘にさよならを告げる
  箱庭の門はとじる

禊のさき
痛みのそのさき
詩集も歌も
欠片の色を失くして
いつかだれかが吐いたことばの
美しい物語 霧のなかの森

永遠のねむり そこに消える
生きていく
地の底の彼が
ふたたびめざめないよう

雨の降る 土のにおい

  暗い森の奥 永い旅
    終わりのない祝福
  よろこびと絶望
海鳴りが響く
鍵盤
 ピアノ線
 手をのばしても届かない
  雨の降る庭
  一生このままで生きていく

黒い影を揺らす別れの手紙
雨の音
心音をふるわせる旋律が

   響く  響く


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