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平和の鐘と唱題 735 79年目の祈り

■2024(令和6)年8月6日 735 79年目の祈り
(動画の2:32~)

 今日は令和6年8月6日、79年目の広島原爆の日を迎えました。広島市では朝8時から式典が行われ、その様子はNHKが生中継をしていました。私は生中継は見ることができませんでしたが、録画して視聴したところです。

 まず初めに献花、そして原爆投下の8時15分に平和の鐘を鳴らし、1分間の黙祷が行われます。続いて、何人かの人が登壇。まずは広島市長による平和宣言、そして広島市の小学生二人による平和への誓い、岸田総理大臣挨拶、江﨑広島県知事挨拶、そしてグテーレス国連事務総長のメッセージを中満事務次長が日本語で代読しました。それぞれのメッセージに大切なことが盛り込まれていましたが、中でも特に心を震わせてくれた江﨑広島県知事のメッセージについて少しご紹介をしようと思います。

 メッセージはまず、原爆投下という凄惨な歴史的事実を現代に語り継ぐ大切さに言及します。被爆者の方々が「誰にも二度と同じ苦しみを味わってほしくない」という強い思いで自身の経験を長年語り続けて来られたけれど、79年が経ち一人また一人とお亡くなりになっていく。その言葉を次世代に繋げる取り組みを行っていると報告します。

 話は転じて、鳥取県の青谷上寺地遺跡を訪問した際の経験談になります。弥生時代の腰骨や頭蓋骨などに矢が刺さった跡がそのまま残っている、弥生の昔から人間はそのような戦争を続けてきたのだ、と。ここから江﨑知事は次のように話を継ぎます。

翻って現在も、世界中で戦争は続いています。強い者が勝つ。弱い者は踏みにじられる。現代では、矢尻や刀ではなく、男も女も子供も老人も銃弾で撃ち抜かれ、あるいはミサイルで粉々にされる。国連が作ってきた世界の秩序の守護者たるべき大国が、公然と国際法違反の侵攻や力による現状変更を試みる。それが弥生の過去から続いている現実です。

広島県HP「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(令和6年)における知事あいさつ」

 NHKの中継は、湯崎知事がここを読み上げている時、NHKのカメラは駐日イスラエルの大使の表情を画面の中央で捉えていました。更に続きます。

 いわゆる現実主義者は、だからこそ、力には力を、と言う。核兵器には、核兵器を。しかし、そこでは、もう一つの現実は意図的に無視されています。人類が発明してかつて使われなかった兵器はない。禁止された化学兵器も引き続き使われている。核兵器も、それが存在する限り必ずいつか再び使われることになるでしょう。
 私たちは、真の現実主義者にならなければなりません。核廃絶は遠くに掲げる理想ではないのです。今、必死に取り組まなければならない、人類存続に関わる差し迫った現実の問題です。

広島県HP「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式(令和6年)における知事あいさつ」

 素晴らしい認識だと思います。知事挨拶の全文は広島県庁HPで読むことが出来ます、多くの方にご一読いただけると喜びます。

 世界では戦争が繰り返されています。特に中東では、イスラエル建国以降「やられたらやり返す」という報復の連鎖が現代まで続いています。

 一方、日本は79年前に敗戦し、アメリカ主体の進駐軍の指揮下で新たな国づくりを行いました。高度経済成長とバブルを経て、平成そして令和の今に至ります。この79年間、日本は平和のうちに歴史を積み重ねることができたのです。

 アメリカに原爆を落とされた憎しみが報復感情を掻き立ててもおかしくなかった。そうならなかった理由には、もちろんいろいろなことがあるでしょう。しかし、報復の連鎖が断ち切られたこと、唯一の原爆被爆国として非人道的な核兵器を拒絶し「このような悲劇を繰り返してはならない」という思いが79年にわたって力強く続いていること、そして今日の式典で読み上げられた平和宣言や総理大臣・広島県知事挨拶のように、世界で起きている戦争に胸を痛め、被害者に涙をこぼし、このような争いのない世界を祈ることができている。

 そのような日本の現代史を、私は誇りに思います。

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