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【最高裁】争点解説②

8.被上告人の主張

被上告人の答弁としては、

不当利得容認説の不都合性として、

①「狭義の人傷一括払」における不具合があること
②事後的な調整手続が裁判外の手続において機能しないこと
③遅延損害金・弁護士費用負担の不均衡があること
④加害者が無資力の場合に被害者が不利となること

を主張している。

9.①狭義の人傷一括払

本件は、いわゆる「人傷一括払」に関する事案であるが、被上告人は、「狭義の人傷一括払」において、不当利得容認説の結果に問題が生じる旨主張している。

「狭義の人傷一括払」とは、人傷社が被保険者に対して、人傷保険金(アマウント)に加え、自賠責保険金を併せた金額を支払う場合である。

このような狭義の人傷一括払いは本件とは異なるケースであり、実際にどの程度このような支払い方法がなされているかは不明であるが、要は本来不当利得として容認された部分を返還するという事後調整が、狭義の人傷一括払では行われないことにより、加害者の自己負担を強いられるということになるというものである。

事後調整を行わないのは、人傷社がすでに自賠責保険金部分以外に人傷保険金(アマウント)を支払っているためであり、調整すればアマウントを超える支払いが発生してしまうという趣旨だ。

【CASE】
総損害:200万円(過失割合 被害者3 対 加害者7)
保険給付:100万円(アマウント)+自賠責保険部分50万円
人傷社は、150万円支払った後、50万円を回収することになるため、100万円を支払ったことになる。
人傷社が、不当利得分(40万円)を調整として返金することになった場合には、人傷社は合計140万円を負担することになり、アマウント(100万円)を超えた支払いを求められる。
※通常アマウントは5,000万円、1億円等であるがこれまでの説明との整合のため簡略化している。

10.②調整手続

現在、不当利得容認説を前提とした事後調整手続は、東京地裁平成21年12月22日判決に従った「自損企2010−29」を前提に処理が行われている。
しかし、この処理は、判決・裁判上の和解を前提としたものであり、裁判外紛争処理機関で示談が成立した事案についても、取り扱いの対象外とされている

よって、自賠責保険の処理が目的という無意味な訴訟が誘発されることになってしまうという主張である。

11.③遅延損害金・弁護士費用

これは従前から指摘されていた点であるが、自賠責保険部分が、損害賠償としててん補されないことで、その部分に関する遅延損害金、弁護士費用の負担が課され、かつ処理にあたり自動車保険を使用すると等級ダウンという不利益を被ることが不公平な結果をが生じるという主張である。

12.④加害者が無資力の場合

不当利得容認説によれば、事後調整前に、調整部分について損害賠償責任の負担を加害者は負担することになるが、加害者が無資力の場合には、それが実現されない(支払うことができない)ケースが多く、結果的に被害者に負担が生じてしまうという主張である。

13.意見書

山下典孝青山学院大学教授から意見書が出されている。
山下教授の意見としては、
・人傷保険金の支払いに関しては、人傷社から被保険者へ一連の手続等において、支払われる保険金が、人傷保険金と自賠責保険金の立替払部分が含まれる説明を受けていることからすれば、本件協定書における条項の文言のみを根拠に、人傷一括払における人傷社の自賠責保険金回収が当事者間の意思解釈に反するとは言えない。
・不当利得容認説については、狭義の人傷一括払においてどのように整理されるか言及されていないこと、不当利得容認説の立場でも被保険者を代理して被害者請求する点について一筆取っている場合には検討が必要とされていること(森健二裁判官論文)、現状の約款では判決又は裁判上の和解がなされた場合は裁判基準で代位する条項となっており、被保険者は保護されていること等から人傷社と被保険者との間の取り決めを、人傷社と自賠者との間の事情と誤解し、それを理由に加害者に対し損益相殺を否定し、加害者の利益を害するという不当な結論を導くものである。
・遅延損害金や弁護士費用についてや賠償金の調達など、加害者側で回避できない不利益を被ることなどの不利益を被らせることの合理性がないことから、不当利得容認説が時代遅れの理論であり、脱却を図るべきである。
という意見が述べられている。

なお、山下教授は、東京地裁平成21年12月22日判決の判例評釈において、結論として、

「人傷一括払制度自体を見直すか、人傷一括払制度を維持した上で、被害者から加害者に対して損害賠償請求がなされた場合には、本件判旨の立場に従い、加害者(任意自動車保険会社)は賠償金を支払い、その上で、自賠責保険金の支払いを受けた人傷保険会社と加害者(任意自動車保険会社)との間で精算する方法を採らざるを得ないものと考える。」
「[損害保険判例研究]<23>人傷保険会社による自賠責保険金の回収と損益相殺との関係が争点とされた事例」山下典孝、損害保険研究73巻2号199頁

としている。
本意見書が人傷一括払制度自体を見直すものという主張で無い限りは、改説したように読める。

14.原審判決後に出された文献まとめ

以下は、筆者が確認した原審判決後に出された本件に関する文献である。

【判旨反対】
・佐野誠「『人傷一括払』における人身傷害保険者による自賠責回収額は加害者の損害賠償額から控除すべきか」福岡大学法学論叢第66巻第3号、2021年12月
・常磐重雄「交通事故損害賠償における人身傷害補償保険を巡る諸問題」横浜法学第30巻1号、2021年9月

【判旨賛成】
・古笛恵子「人身傷害保険による自賠責保険損害賠償額の回収について」保険毎日新聞2021年12月3日、同月6日
・山下典孝「人身傷害補償保険会社が、被害者の同意を得て加害者の加入する自賠責保険金を回収した場合において、これを加害者の被害者に対する弁済に当たるとして、損益相殺を認めた事例」判例時報2499号149頁、2022年1月
・山下典孝「人傷一括払における不当利得容認説は維持できるか」金融商事判例第1634号1頁、2022年2月

・「人身傷害保険会社が被害者である被保険者の同意を得て加害者の加入する自賠責保険金を回収する場合、人身傷害保険会社が受領した自賠責保険金は被害者と加害者との間においては加害者の過失部分に対する弁済に当たるとされた事例」金融・商事判例1617号44頁、2021年6月
・木村健登「いわゆる『人傷一括払』と人傷社による自賠責保険金の回収」ジュリスト1565号119頁、2021年11月
・高野真人「人傷保険に関する最新の注目すべき判決」交通事故損害額算定基準28訂版346頁、令和4年2月


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