戻入時返金の念書の有効性

1.戻入時返金の念書とは

生命保険契約等で早期解約に至った場合に、手数料を保険会社に戻入することがあるが、戻入が発生した場合に従業員から会社に対して(一部でも)返金させる扱いをすることがある。

また、退職後でも、「戻入が発生した場合には返金する」といった内容の覚書が作成されているケースがある。

「保険会社から乙(募集人)の取り扱う保険に戻入が発生した場合、甲(保険代理店)に戻し入れなければならない。」

といった規定である。

そもそもこの規定は有効なのだろうか。

実際に退職した募集人が保険代理店(の代理人弁護士)から内容証明郵便が届いたので相談された事例もあった(そのときは有効性の観点から「放っておいてよい」とアドバイスしてその後請求されることはなかった)。

保険代理店と募集人の関係が業務委託で、そのような合意がなされているのであれば、その合意に従うことになるが、ご存知のとおり保険代理店と募集人は雇用関係(出向・派遣含む)にしなければならない。

雇用契約等を締結している従業員との関係で、保険代理店から募集人に対し返金を請求することは可能なのであろうか。

2.賠償予定の禁止

雇用契約に適用される労働基準法には、賠償予定の禁止という規定がある。

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

この規定は、資格取得費用の返還制度(資格取得費用を援助し、○年以内に退職した場合資格取得費用返金しなければならない制度)などで有効性が問題となるが、戻入時返金合意はここでいう賠償予定の禁止にあたらないか。

この規定は、労働者が違約金や賠償予定額を支払わされることを恐れて労働関係の継続を強制されること等を防止する趣旨である。

戻入時の返金もいわば損害賠償といえるのではないか。

しかし、本条は損害賠償の金額をあらかじめ約定せず、現実に生じた損害について賠償を請求するという形式となっている以上、本条が禁止するところではないとされている(昭22.9.13発基第17号)。

通常、戻入時の返金合意は、「戻入が発生したら10万円」等で規定するのではなく、戻入額に応じてとなっているが通常だと思われるので、賠償予定の禁止には違反しないと考えられる。

3.会社から従業員への賠償請求は自由なのか

となると、戻入の規定は有効なのだろうか。

基本的な考え方として、従業員の責任により、会社に損害が発生した場合、会社は従業員に対し損害賠償請求をすることができる。

たとえば、従業員の不注意で自損事故を起こしてしまった場合に、会社から従業員に対し修理代を請求する場合などである。

しかし、そもそも会社は従業員が働いたおかげで利益を上げている。にもかかわらず、従業員が損害を発生させた場合のみ従業員に負担させるというのは不公平ともいえる。

このような、会社のために従業員を使い、利益を上げている以上、会社は従業員による事業活動の危険を負担すべきだという考え方がある。これを報償責任の法理という。

この法理は、民法715条等の使用者責任(従業員の第三者に対する損害賠償責任を会社が負担する)の問題であるが、この法理から、会社から従業員に対する損害賠償請求も信義則上、制限されると考えられている。

保険契約の解約に至る理由は様々であり、保険募集人の違法行為等により手数料の戻入になるような事案は損害賠償請求としての返金請求も考えられるが、保険募集人の何ら過失のない短期解約による戻入自体は損害賠償請求を構成するのは難しいだろう。

また、手数料収入が給与に強く反映されている報酬形態である場合などではない限りは、返戻の合意書の効力は限定的であると理解しておくほうが無難である。

4.賞与の算定根拠にするのは?

ちなみに、戻入を賞与などの算定の根拠とすることは労基法上も問題がない。賞与についてはそもそも法律上支払う義務もないが、支払う場合においても経営者に裁量が認められている。

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