保険会社から保険代理店に対する求償について(代理店賠責)

0.はじめに

保険代理店が説明義務違反等で顧客に対し、損害賠償責任を負う場合には、その所属保険会社等(以下、単に「保険会社」という)も賠償責任を負う。

(所属保険会社等及び保険募集再委託者の賠償責任)
第283条
 所属保険会社等は、保険募集人が保険募集について保険契約者に加えた損害を賠償する責任を負う。

保険業法

保険会社は、保険代理店に委託をするについて相当の注意をし、かつ、これらの者の行う保険募集について保険契約者に加えた損害の発生の防止に務めたときには、上記の賠償する責任を負わない(免責)。

第283条
 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
1〜3(略)
4 保険募集再委託者の再委託に基づく特定保険募集人又はその役員若しくは使用人である保険募集人(以下この条において「保険募集再受託者等」という。)が行う保険募集については、所属保険会社等が当該保険募集再受託者等に対する再委託の許諾を行うについて相当の注意をし、かつ、当該保険募集再受託者等の行う保険募集について保険契約者に加えた損害の発生の防止に努めたとき。

保険業法

これは、民法第715条で定める使用者責任と同様の法規制であり、民法の使用者責任において判例上上記のような免責が認められた例はなく、事実上の無過失責任に近い運用がされていることから、保険会社の賠償責任についても、実際に免責が認められる場合は限定的であると考えられている。

(使用者等の責任)
第715条
 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2〜3 (略)

民法

1.求償権

保険会社が賠償責任を負う場合、その保険会社は、保険代理店に対して求償権を行使できる。
つまり、賠償した額について、その賠償することになった原因である保険代理店に請求することができる。

第283条
4 
第1項の規定は所属保険会社等から保険募集人に対する求償権の行使を妨げず、また、前項の規定は保険募集再委託者から保険募集再受託者等に対する求償権の行使を妨げない。

民法の使用者責任についての判例上(最判昭51年7月8日民集30巻7号689頁)、使用者の被用者に対する求償権の行使は、信義則上制限される場合があるとされており、保険業法上の損害賠償責任にもそれは基本的に妥当する考えられている。

実際には、どの程度、求償権行使は制限されるのであろうか。

2.制限される考慮要素

まず、判例検索において保険業法第283条4項(及び保険募集取締法第11条2項)が争点となった事例を検索したが見当たらなかった。

そもそも代理店賠責の事例が少ないことや、保険代理店の賠償責任についての紛争があっても、保険会社が紛争の相手になっていない場合も多いこと、仮に保険会社が紛争の相手となっていても、裁判でかつ判決まで至るケース(和解等)も少ないためと思われる。

求償についての文献の記載では以下のようなものがあった。

「所属保険会社等は、保険募集人の保険募集によって利益を得ており、一方で、多くの場合、保険募集人が十分な資力を有しないことから、双方の間の具体的事情に応じて、信義則上求償権が制限されるという解釈が認められよう。」

「保険業法逐条解説」関西保険業法研究会p132


「信義則上の制限があることを前提としても,私利を図るために行った不法 行為,例えば,前述したような保険料名目での金銭の詐取などについては, 保険契約者に悪意または重大な過失がないかぎり,所属保険会社の責任は免 れないが,当該保険代理店に対する求償権は制限されないことにはおそらく 異論はないであろう。
他方,職務行為の一環として情報提供義務違反があるような場合はどうか。具体的には,保険会社の監督面での不注意などの帰責性があるか否か,保険募集人の独立性(指揮監督関係の強さ)や,賠償資力の有無等によって,総合的に判断せざるを得ないであろうが,信義則に照ら民法715条の責任については,任意保険への加入の有無,すなわち加害行為による損害分散に対する配慮が問題となることが多いが,近時においては,保険代理店が法的責任を追及されるリスクを回避する手段として,保険募集人賠償責任保険に加入することで,保険募集人自身が損失の回避・分散を図ることが可能となっている。このような事情も,一定規模の保険募集人,とりわけ大規模な法人代理店等については,全面的な求償権行使が許容される根拠となり得よう。」

遠山聡「大規模乗合代理店と所属保険会社の責任」保険学雑誌第635号

なお、平成26年改正保険業法において、保険会社のみならず保険代理店自らが体制整備義務が課されることになったことにより、それが「求償権の行使が制限される程度を弱める方向で考慮される」との見解もある(細田浩史「保険業法」弘文堂)。

ちなみに、使用者責任の求償権行使が問題となった前記最判では、
「その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情」
が考慮要素とされた。

保険業法における、保険会社と保険募集人の関係は、保険代理店という「委託」のみならず、保険会社の役員、使用人(従業員)という立場がある。
そして、保険業法第283条は保険代理店の募集についての賠償責任のみならず、役員、使用人の募集についての賠償責任の規定も含まれている。つまりは、保険募集人に対する求償の規定は、保険代理店に対してのみならず、保険会社等の役員、使用人に対するものも含まれる。

保険代理店に対する求償については、いわゆる使用者責任について判断された考慮要素を基本的に踏襲して考えられる部分もあろうが、保険代理店に対する求償については、委任関係であることを踏まえると、考慮要素自体をどこまでおなじように考えるかという問題がある。

また、保険会社から保険募集人に対する求償権行使については、役員、使用者に対する請求より、保険代理店に対する請求のほうが制限されないと解釈されると思われる(保険会社から直接に指揮監督を行うことができるのかどうかが異なるため)。

以上も踏まえ、

保険会社側の問題(監督面での帰責性)
・保険代理店側の問題(違反行為の態様、賠償資力)

は当然基本的な考慮要素になると思われる。

では、保険会社の監督面での不注意はどのように判断されるべきか。

法的には、保険会社は、保険代理店に対して、保険募集の的確な遂行を確保するための措置を講ずる必要がある(保険業法第100条の2、保険業法施行規則第53条の11(省略))。

(業務運営に関する措置)
第100条の2
 保険会社は、その業務に関し、この法律又は他の法律に別段の定めがあるものを除くほか、内閣府令で定めるところにより、その業務に係る重要な事項の顧客への説明、その業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱い、その業務を第三者に委託する場合(当該業務が第275条第3項の規定により第三者に再委託される場合を含む。)における当該業務の的確な遂行その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない。

保険業法

賠償責任の根拠となる義務がなにかによるが、基本的に同条の対応がどこまでできていたかという問題になると思われる。
もっとも、保険会社の保険代理店への関与の仕方は、情報提供の頻度、内容、監査の頻度、内容等がどの程度行われているかによって考慮されると考えられる。

また、問題となる募集に際して、保険代理店から保険会社に対し、見積内容の確認等が行われていることもあると思われるが、その際の説明内容等もここでいう監督面として考慮されると考えられる。

保険会社側の問題としては、その義務違反の程度が問題になると思われる。過失が軽過失であるのか重過失であるのか、その違反の内容も例えば、情報提供義務違反が明らかであるケースなのか、意向把握の態様が不十分であるケースなのか等が考慮されると考えられる。

なお、賠償資力の問題としては、主に保険代理店において代理店賠償責任保険に加入しているか否かという点が重要な要素になると思われるが、本来賠償責任保険とは法律上賠償すべき損害を担保するものであるところ、賠償責任保険に加入しているから法律上賠償すべきというのは少々理解しづらいところもあるので、このことは制限の程度に大きく影響を与えるべきではないと思われる。

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